第10話 元老院議長は今日も威厳がありすぎる
天気は晴れだが太陽の光は程々の、雲がまばらに流れる穏やかな午後。
ゼネクスは、妻ジーナと二人、リビングでティータイムを楽しんでいた。
ジーナの淹れた紅茶に、ゼネクスが舌鼓を打つ。
「ふぅ、ジーナの茶は、この老いた体に染み渡るわい」
「あら、そんな年寄りじみたことを言って。あなたはまだまだ元気じゃありませんか」
「おかげさまでまだまだシャキッとしておる。これもお前のおかげじゃ、ジーナ」
「ありがとうございます」
ゼネクスはふと窓を見る。
「しかし……ワシの威厳はどうにもならんのう。さっきも買い物に行ったが、ワシが通ると背筋を伸ばす者が多くて……。これではとても親しみのある元老院議長とは言えん」
ゼネクスが威厳を減らそうとする行動をすればするほど、威厳は増えていく一方である。
実態を置き去りに、今や大賢者や騎士団長、そして皇帝ですら敵わない存在、のような言われ方をされている。
「まあまあ、いいじゃありませんか」
「何がじゃ?」
「私は自分の夫に威厳がないよりは、威厳がある方がいいですわ。この間も、威厳があるからこそミナを守れたんじゃありませんか」
ジーナが穏やかに微笑む。
「そりゃま、そうかもしれんが……」
「それに、あなたの威厳はあなたが人生をかけて身につけたもの。それを否定してしまうのは威厳が可哀想ですわ」
ゼネクスはニヤリとする。
「威厳が可哀想、ときたか」
「長年一緒に頑張ってきたのに、あなたから『お前はいらん』と言われてるようなものですから。私がもしその立場だったら、悲しくてたまらないでしょうね」
「それはそうじゃのう」
ゼネクスにもほんの少し、自分の“威厳”に対し愛着のようなものが湧いてきた。
「さすがジーナじゃ。ワシを説得する方法を心得ておる」
「それはもう、何十年の付き合いですから」
ゼネクスはハハハと、ジーナはホホホと笑う。
直後、ゼネクスはテーブルに出ていたビスケットを頬張る。ポリポリと噛み砕き、飲み込む。
その歯は、今でも軟骨ぐらいなら容易く噛み砕けるほど頑丈だ。
「だが、ワシは諦めてはおらんぞ。“親しみのある元老院議長”をな」
「でしょうね。私も、あなたが諦めたところを見たことがありませんから」
ゼネクスとて、威厳だけで今の地位を勝ち取ったわけではない。
「異種族に疫病が蔓延した時、議会が“放置”を決め込んだのに、あなただけは諦めず、彼らを助けようと議会で熱く主張なされました。作物を生み出す農家の軽視があまりにも酷いと、議会で吼えたこともありましたっけねえ」
「昔の話じゃよ」
ゼネクスは髭を指でいじり、照れ臭そうにする。
「あなたならやれますわ。それに私がついていますから」
「ありがとうよ、ジーナ」
威厳がありすぎる元老院議長ゼネクスも、妻の前では自然体でいられる。
ゼネクスはこれほどの妻をめとったワシは本当に幸せ者だ、と心から思った。
元老院議長の挑戦は終わらない。
これで第一章終了、次回から第二章となります。
元老院議長ゼネクスの更なる活躍をご期待下さい!
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