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9 外出

「すごいわ。こんなデザイン」

「あ、ありがとうございます」

「これ、どうやってるんですか。繊細な模様だし、時間かかりそう。これも素敵」


 店主や店員たちに製作したレースのハンカチを見せれば、反応は上々だった。むしろ褒められすぎて恐縮してしまう。

 屋敷の庭園に植物園があり、祖母が色々な花を育てていた。モチーフはそこから得られることが多く、今でもスケッチをしてデザインを増やしていた。その甲斐があったようだ。


「あの、花嫁衣装も素敵でした。初めて見た時、あんなドレスを着たいなって思うくらいに」

 店員の一人が頬を染めながら、憧れるように口にする。それだけで、あの衣装が無駄ではなかったと思えた。

 もう一人の店員が小突くのを見て、ジョアンナは気にしないでいいと微笑んだ。もう過去のことで、この衣装はただの作品でしかないのだからと。

(もう着ることはないけれど、作品として褒められるならばそれで良いわ)


 別に、レオハルトのために作ったわけではない。自分が作りたくて、製作をするのが楽しくて、つい凝ってしまっただけだ。あれを着られれば良かったもしれないが、レオハルトのために着ることがなくて、結果として良かった。


「ジョアンナ様の衣装を飾って、お持ちになられた小物や、このレースを周りに飾るのはどうですか? それを窓際に置くんです。外から見えるように」

「それは、いい案だけれど」


 ちらりと横目で見られるが、むしろそれらを店の目玉のように見せて良いのか不安になる。しかし店主はぜひ置かせてほしいと懇願してきた。置いてもらうのは構わないのだが、本当に良いのだろうか。


「今は一つでも素晴らしい商品が必要なんです。ドレスをまた作れと言われては難しいから、レースの部分をカーテンのように飾って、周りにレースのハンカチを並べましょう。あなたたちはジョアンナ様と同じレースを作ってちょうだい。ジョアンナ様は新しい案を考えつつ、この子たちの腕が上がるように協力してくれませんか!?」

「私でよければ」

 二つ返事をすれば、わっと店の人たちが喜んだ。


 自分が教えるなんて考えたことはないが、店の人たちは嬉しそうだ。

 趣味のレベルではないともてはやされて恥ずかしくもなるが、自分が役に立てると思えると、ジョアンナも嬉しくなってきた。








 窓にジョアンナの作品を飾って一日も経たないうちに、客が入るようになった。

 途端、ジョアンナは忙しくなった。デザインを考えながら自分で製作し、その合間に他の人たちの進み具合も確認する。

 初めての経験だが、それが負担ではなかった。集中すればあっという間に時間が過ぎて、充実しているからだ。なによりも無心でいられる。ジョアンナは没頭した。


「あの、忙しいのにごめんなさい。この部分がどうしても難しくて。なにか、コツとかありますか?」

 店の者たちも初めは遠巻きにしていたが、忙しさもあって積極的に声をかけてくれるようになった。

 噂は店の者たち全員が知っていることであり、最初は近づく女性も少なかったが、店で品が売れていけば、ジョアンナを受け入れてくれる人は増えた。


(マリアンは元気かしら)

 なにかあればここまで来てくれると言っていたため、なにも起きていないのだろう。そう思うことにした。どちらにしても、しばらく部屋から出ることはないのだから。







「ジョアンナさん、少し休憩したらどう?」

 あっという間に一ヶ月が過ぎ、いつも通りと製作に精を出していると、店主のモニカがジョアンナの部屋にやってきた。


「先ほど休憩しましたよ」

「いえ、そうじゃなくてね。あなたがこの店に来てから一月。こんを詰めすぎるくらいに働いてるのだから、少しはゆっくりした方がいいと思うのよ」

「なにかに集中していた方が、気が楽なんです」


 それは嘘ではない。マリアンが一度だけ店に訪れたが、なにも起きておらず、ジョアンナのことも気づかれていなかった。悲しく思う気持ちもなくなり、むしろ気づかれていないことに安心した。気持ちの整理もつく。あの家に、いる必要はないのだと。

 けれど、それがこのまま続くかはわからない。だとしたら、できるかぎり働いてお金を貯めたいのだ。

 数ヶ月働いた程度で家が借りれるわけではないし、マリアンを雇って生活など夢のまた夢だが、できる限りのことはしたい。


「はあ、なら、お使いをお願いします。生地を見たり、糸を見たりしてきてください」

 そう言って、半ば強制的に外に出された。


(気を利かせてしまったわね)


 この一ヶ月、ずっと部屋に閉じこもって作業を行なっていた。最初モニカはジョアンナ様と呼んでいたが、さん付けに変えてもらった。それに慣れるくらいの時間が経ったのだ。


 ずっと椅子に座り、針と糸を持って編んだり縫ったりをし続けた。趣味でやっているときと違い、妥協は許されない。誰かに贈る物なのだから、丹精込めて作る必要があった。

 手に取った人が少しでも喜んでくれるものを作りたい。それはいつも考えながら作っているが。


 そう考えると、子供たちを思い出す。しばらく訪れていない。店の者たちに教えるように子供たちにも編み方を教えていた。それを続けられていないことが申し訳なかった。


「はあ。ダメね。せっかくモニカが気にして外に出してくれたんだもの。少しは気分転換しなきゃ」

 顔を出すことを気にすると思ったか、顔が隠れるようなつばの広い帽子も渡してくれた。それをしっかり被って、生地屋へ歩き出す。


 町を歩くなど久しぶりだ。前はよくマリアンと一緒に生地を見たりしに行っていたのだが。

 そして、二人でお茶を飲むこともあった。まるで遠い昔のことのようだ。

 人々を眺めて、はやりも確認した方がいいだろうか。高級街を歩けばその様子もわかる。けれど、今の格好では浮いてしまい、逆に目立つことに気づいた。


 行きつけの店を横にして、足早に過ぎ去る。ドレスを着ているわけではないし、帽子も深く被っている。どう見ても平民に見えるだろう。だから気づかれることはない。そう思っていても、気持ちが焦る。


 やましいことなど、なにもないはずなのに。

 逃げるように道を外れ高級街を出る。地面を舐めるように見るのは、心がやましいからだ。周囲を歩く人に顔を見られたくない。そんな気持ちが、心の底にあるからに違いない。

 下を向いていると涙が流れてくる。ポケットからハンカチを出して、軽く拭うと、目の前に別のハンカチがひらりと落ちてきた。


「あの、ハンカチを落とされて」

 顔を上げて、ジョアンナはどきりとした。帽子の先に見えるのは男性の胸元で、顔が見えない。けれど格好が貴族のものだった。上質な生地を見るだけで、上位の貴族だとわかる。もう少し顔を上げれば、見覚えのある顔が目に入った。


「ああ、これは、失礼を」

「い、いえ」


 すぐに顔を下げる。手の中にあるハンカチに長い指が届いて、そっとそのハンカチを手にした。

 震える手に気づかれていないだろうか。怯えるただの平民だと思われるだろうか。それの方がよほど良い。


(どうして、この方が)


 アルヴェール・ギルメット。現王を伯父に持ち、第三継承権を持つ人だ。

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