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4 アルヴェール

「アルヴェール様、こちらにいたんですか。院長は?」

「込み入っているようだ」


 扉をノックしようとすれば、部下のホレスが声をかけてきた。ノックしようとしていた手を下ろして、アルヴェールはそこから離れるように促す。


「なにか、あったのですか?」

「今日訪れている令嬢の名はわかるか?」

「馬車の紋章はラスペード家でした。噂の姉が来ているのかと。子供たちが贈り物をされて騒いでいましたが、一部の者が敬遠していたので間違いないでしょう」


 中から聞こえた話は口にせず、アルヴェールはホレスに問うと、ホレスは部屋を気にしながら部屋の中の人物を推測する。孤児院内の職員が陰口を叩いているのだろう。廊下を歩いていれば、外で数人が固まって囁きあっているのが見えた。


 噂はアルヴェールも耳にしていた。ラスペード家で一悶着があったらしいと、情報として入ってきたからだ。どこから噂が届いたのかわからないが、最近起きたことだと聞いている。孤児院にまで噂が届くのだから、かなり早く噂が回っているのだろう。


 ラスペード家の令嬢はアルヴェールも知っていた。ジョアンナ・ラスペード。姉妹で、妹は派手な様相を好み目立つ雰囲気で男たちの聞こえはいいが、女性たちは遠巻きにしている。姉は逆に大人しく地味だが、ドレスや装飾品などのセンスが良いと、女性たちの中で噂されていた。


 これはアルヴェールの妹のエスターから聞いた話だ。持っている小物などが珍しいようで、どこで購入したのか聞きたがっていた。

 派手ではないが、妹に比べて仕草が美しく、気にしている男は多かった。妹に興味を持って、姉から声を掛ける者もいたが、婚約者がいるからとさりげなく離れる女性で、簡単に引っかかる女性ではなかったと記憶している。思慮深い人だ。


「婚約者は、なんと言った?」

「レオハルト・セディーンです。女性の噂の多い男ですよね」

「周辺を調べてくれ」

「承知しました」


 院長にはこれからの寄付の話をするつもりだったが、邪魔はすべきではないだろう。

 アルヴェールはまた訪れることにして、その場から離れた。

 廊下では子供が興奮しながら走るのを職員がたしなめる。外でも子供たちが元気に走り回っていた。


「わっ!」

 外を眺めていれば、足元になにかがぶつかった。女の子が廊下に転がり、手に持っていた物がアルヴェールの足元に飛んできた。

 それは大きなリボンの髪飾りで、細かなレースで編まれていた。

 温もりが感じられるような、不思議な気配がある。


「ご、ごめんなさい。あ、それ! 私の!」

「これは、どうしたんだ?」

「お姉ちゃんがくれたの!」

「先ほど、令嬢のメイドが配っていたものかと」


 手に持っていると女の子が怒りだしたので、すぐに返してやる。これから院長に着けてもらうつもりのようだ。

 部屋には客がいるぞ。と口にした時にはもう遅い、女の子は部屋の扉を割れんばかりに叩いていた。


「院長先生! 髪の毛結んでください! かわいいおリボンもらったの!!」

「まあ、良かったわね。いらっしゃい、結んであげるわ。あら、まあ、アルヴェール様。いらっしゃっていらしたんですね」


 院長が部屋から出てきて、挨拶を交わす。さすがに泣いていた令嬢は出てこられないだろう。

 そう思ったのに、部屋からそっと涙を拭いた令嬢が出てきた。


「院長先生、私はこれで」

「どうか、気を落とさぬように。またいらしてね」

「もちろんです」

「ジョアンナおねえちゃん、おリボンありがとう!」

「あら、どういたしまして。使ってくれると嬉しいわ」


 ラスペード令嬢は女の子に微笑むと、こちらに視線を向け、礼をして静々と廊下を歩いていった。

 泣き腫らした目。それなのに、凛として、何事もなかったかのように、去っていく。

 その辺の令嬢ならば、恥ずかしげにして、逃げ去っていきそうなのに。

 特に、自分の前では。


「院長、彼女は、よくこちらに来るのか?」

「ラスペード令嬢はよくいらっしゃいますよ。子供たちに物を教えたりしてくださるんです」

「院長センセ、早く!」

「あら、ごめんなさいね。かわいいリボンをいただいたのね。お礼も言えてえらいわ」


 女の子を褒めながらリボンを結んでやると、女の子は喜んでまた廊下を走っていった。その姿を見送って、部屋へ入るように促す。ベルを鳴らせば、しばらくするとお茶が出てきた。先ほどのラスペード令嬢には出さなかったところを見ると、二人で話したかったのだろう。邪魔をしてしまったに違いない。


「ラスペード令嬢は、子供たちに贈り物を渡したかっただけだと言っていましたから、すぐに帰られたんですよ」

 外で聞いていたことに気付いていたか、バツが悪い。咳払いをして、話を変える。令嬢の悪口が言いたいわけではなかった。


「よく来られているのに、ここでお会いしたことがないと思ってな」

「ラスペード令嬢は、前はよくおばあさまといらっしゃっていたんですよ。残念ながら、皆様がいらっしゃる時には寄られることがなかったですが。贈り物はよくいただいていたのですけれど。最近はよくお一人でいらっしゃっています」


 皆様がいらっしゃる、とは、前にアルヴェールが訪れたことが社交界で噂になり、令嬢たちがこの孤児院に集まったこと時のことだ。今までなんの興味を持っていなかった者たちが寄ってきたため、孤児院は混乱することになった。


 寄付など贈り物が増えたのは良かったが、目的が子供ではなかったので、あまり印象が良くないのだ。子供たちに目を向けず、別のことに目を向けていたからである。

 元凶であるため、なんとも言い難い。結局アルヴェールも寄ることができなくなり、令嬢たちの熱が冷めるまで、ここには来なくなった。


「あの時は、申し訳ないことをした」

「アルヴェール様のせいではありませんよ。おかげで寄付が増えたのですし、助かりました。ラスペード令嬢は子供たちに会いたがりましたが、代わりに令嬢はご自身で手作りしたものを送ってくださっていました」

「では、先ほどの、リボンも?」

「一つ一つ、子供たちのために編んでくださったのでしょう」

「彼女は、魔法が使えるのか?」

「魔法ですか? 聞いたことはありませんが」

「そうか。しかし、器用な方だな」

「男の子にはなにを作ってくれたのかしら。冬は全員に帽子や手袋、マフラーを編んでくださって。作るのが楽しいから良いのだとおっしゃっていましたけれど、ここで子供たちに教えてくださったりもするんです。今後、そういった仕事を選択肢に入れられるように」


 ジョアンナは、子供に作ったものを渡しながら、それをどうやって作るのかを実践するそうだ。

 それに興味を持ち、作るようになれば、店で働けるようになるかもしれない。子供の頃は保護されていても、結局一人で立つ時が来る。それまでになにか手に職が得られるような手伝いをしているのだ。

 勉強なども見ることもあるというのだから、他の令嬢とは一線を画す援助の仕方だ。


「本日は、子供たちに剣を教えにきてくださいましたか?」

「時間があるからな」


 外で大声が聞こえる。部下たちが集まり、子供の相手をしているからだろう。

 参加したい子供たちは、好きに参加する。将来男だろうが女だろうが、身を守るためにでも、剣の使い方は学んだ方が良いと考え始めたことだ。

 ラスペード令嬢も似たような考え方を持っていると知って、不思議と親近感が湧く。


「彼女とは気が合いそうだな」

 そう口にすると、院長が朗らかに微笑んだ。

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