26−2 パーティ
どうにかして、ジョアンナと話をつけなければ。
ジョアンナの力が必要だ。丁度よく、リアンナはおらず、パートナーはいない。どうにかジョアンナと話をして、ジョアンナを得る必要があった。
幸いにも、ジョアンナとアルヴェールはお互い別の者たちと話しはじめ、場所を離れていった。二人が離れている隙を狙い、ジョアンナと話すしかない。
レオハルトはその隙を狙っていた。ジョアンナは一通り話したか、疲れたように廊下へ出ていく。今日は庭園も開かれているので、風に当たる者も多かった。多くが垣根の陰で逢瀬を楽しんでいるが、ジョアンナは無垢でなにも知らないのだろう。噴水の近くまで歩むと、真上にある月を見上げた。雲間に隠れてしまえば、庭園は幾分暗くなり、時折現れる月によって、水が煌めき、女が好きそうな雰囲気が見られた。
「ジョアンナ」
「レオハルト?」
「ジョアンナ、元気そうで良かった。探していたんだ」
さも今探していたかのように、レオハルトは走り寄った。軽く息を整えるような仕草をして、小さく咳払いをする。まるでジョアンナの前でひどい緊張に襲われているように。
「その、ずっと、話がしたくて。探していたんだ」
「私を? なぜ」
ジョアンナは困惑げな顔をしたが、ここから逃げ出そうとはしなかった。アルヴェールが婚約者と聞いたが、レオハルトと二人きりになっても気にしないのならば、勝機はある。
「君に、言いたいことがあるんだ。君のことを、誤解していたんだ」
「誤解?」
「そう。実は、君と婚約している時、クリスティーンは僕に執拗に迫ってきていた。何度も断ったんだが、クリスティーンは僕に迫り、僕との婚約を望んだ。君も知っている通り、クリスティーンは激情をぶつけてくる子だ。だから受けるふりをして、あの時は済まそうと思ったんだよ。けれど君と争いになった。僕は止めようと思ったが、逆に君が嫉妬して、クリスティーンを崖下に突き落としたんだと思ったんだ。僕は恐ろしくなって、婚約破棄を望んだ。しかし、それが誤解だとわかって、君に会わなければと思っていた」
「私に会って、どうするつもりだったの?」
ジョアンナは食いついた。聞く耳は持っているようだ。ならば説得するためにと、苦悶の表情を見せた。
「君を失いたくなくて、その機会をうかがっていたんだ」
「それならばどうして、屋敷に来てくれなかったの?」
「それは、君に近づけば、再びクリスティーンが君を攻撃するかもしれないだろう。僕はそれを恐れていたんだ。もしまたクリスティーンが君を襲うとしたら、考えただけで胸が張り裂けそうだよ」
クリスティーンならば再びジョアンナを襲うだろう。これは納得できる言葉のはずだ。姉としてジョアンナはクリスティーンの我がままに付き合ってきた。母親がクリスティーンの味方なため、なにかと苦労しているのは短い間一緒にいただけでも気づく。
同情し、その身を案じていたと言えば、納得するだろう。ジョアンナは逡巡して、でも、と続けた。
「レオハルト、あなたは別の方と婚約をしたと聞いたわ」
「そんな噂、信じるのかい? 僕は今日一人でパーティに来たんだぞ? 婚約者がいれば、王に紹介するため、一緒に来たさ」
リアンナがいなくて安堵する。運が向いてきた証拠だろう。
ジョアンナは眉を寄せたが、小さく頷く。こんな機会で一人で出席しているのだから、納得のいく答えだっただろう。
もう一押し必要だ。
「ジョアンナ。君はアルヴェール・ギルメットがどんな男か知っているのかい? 今まで婚約話どころか、浮いた話一つなかった男だ。あの男が女性を嫌悪しているのに、どうして君を選んだのか。不思議に思わないか?」
「それは、どういう意味?」
「先ほど耳にしたんだが、アルヴェールは君の力がほしいようだ。あいつの妹が自慢げに話していた。君の加護が得られるとね」
「加護?」
「そうだよ。君は特別な力があるのだと吹聴していた。よほど自慢したかったんだろう。僕も知らなかったよ。君がそんな力を持っていたなんて。いいや、そんな力、どうでもいいんだ。けれど、君が騙されてアルヴェールと婚約したのではないかと思うと、いてもたってもいられなかったんだ。ジョアンナ、君は騙されている。悪いことは言わないよ。婚約など破棄した方がいい」
「アルヴェール様との婚約は決まったばかりなのよ?」
「でも、まだ結婚しているわけじゃない。婚約破棄ならいつもでできる」
「あなたと私のように?」
しつこいことを言ってくる。なにも考えずに頷けばいいものを。
ジョアンナはまだ懐疑的だと、眉をひそめたままだ。まだ決定的ではない。なにを言えばいいか瞬時に考えて、女ならば落ちそうな甘い言葉を口にする。
「それは、誤解だと言っているだろう。君にもしものことがあれば、僕は生きていけないよ。クリスティーンが落ち着くまで待つつもりだったんだ、けれど、手紙など書いては彼女に見られてしまうかもしれない。君の母親は、どうしてかクリスティーンの肩を持つだろう? もし母親に見られたらクリスティーンに知られてしまう。そう簡単に君に連絡を取るわけにはいかなかったんだ。信じられないのはわかっている。けれど、僕が結婚したいのは君だけだ。今ここで一人でいるのがその証拠だよ。信じてほしい」
「では、クリスティーンが私を攻撃しようとしたことについては、なにも知らなかったのね?」
「当然だ。神に誓って言うよ。僕はなにも知らなかった。あの場所に行こうと誘ったのは僕だけれど、まさかクリスティーンがあんなことを考えているとは思わなかった。揉み合いになって君がクリスティーンを突き落としたと誤解したのは、なにも知らなかったからだ。もし知っていたら、僕が君を突き落としていた。そうだろう? あの時には三人しかいなかった。誰も見ていないのならば、クリスティーンと僕とで君を突き落とせばいいだけのこと。それなのに、クリスティーンはわざわざ魔道具を使ってまで君を崖から突き落とそうとしたんだ」
「そうよね。クリスティーンは私より身長も低いし力もないから、魔道具が必要なのはわかるもの」
「そうだろう?」
レオハルトは手伝っていない。殺したいのならばレオハルトが行えばいいだけのこと。
それが証拠だ。ジョアンナを殺そうとしたのはクリスティーンだけで、レオハルトは知らぬこと。
そう納得すればいい。
「でも、不思議だったの。どうしてあなたが一緒にいた時に、私を殺そうとしたのかしらって」
「え?」
「あなたが協力者じゃなければ、一緒にいない方がいいでしょう? それなのに、クリスティーンはあなたがいる時に行った。それって、あなたには話していたのではないのかしらって」
「そんな、バカなこと! なにを言うんだ! 僕がクリスティーンが君を殺そうとするのを知っていて、眺めていたと言うのかい!?」
「そうでなければ、辻褄が合わないのではないかしら。知っていたから、一緒にいてもクリスティーンは気にせず攻撃したの。そう、たとえば、私をどうにかしたいの。そんな場所はないかしら。とクリスティーンに問われて、そんなことはしてはいけないと言いながら、崖の上とかどうだろう、と冗談混じりに提案する。何度も言うの。冗談だよ。そんなことはしてはいけない。でも、景色のいい場所は知っている」
ジョアンナは続けた。
「素敵な場所なんだ。一緒に行こう。クリスティーンはその時には私を殺す決断をしていた。けれど、あなたは冗談だと前置きをして、良い景色が見える場所へ行こうかと、別の意味で誘った。間違っても殺す場所ではないの。良い景色が見える場所。と。それはメイドたちや私がいる時に言った言葉よ」
「なにが言いたいんだい」
「でも、クリスティーンは違った。あなたは、そんなことはしてはいけない。でも、いい場所を知っている。危険なことはしてはいけないよ。でも、あの場所は高台があって、眺めが最適だ。あなたは話を逸らしながら、クリスティーンに良い場所を教えたのよ。クリスティーンはそれを肯定と受け取った。
ええ、わかっている。眺めの良い、素敵な場所。そんなところがあるのねと。魔道具に至ってもそう。面白いものがあると誘い、そんなことができるものがあると伝え、けれど扱っては危ないからねと注意する。はたから聞けば危険だと注意しているようにも聞こえるけれど、実際はクリスティーンを誘導するため。それを受け入れるくらい、クリスティーンはあなたにぞっこんだったから」
握った手が震えてくる。ジョアンナは真っ直ぐにレオハルトを見据えた。普段見たことのない、意志の強い瞳で。
こんな顔をしたのは見たことがない。やけに迫力を感じて後退りしそうになる。自分が焦っているからか、ジョアンナが簡単に納得しないことに苛立って、拳を握りしめた。その手に汗をかいているのがわかる。
「ジョアンナ、なにを言うんだ、それじゃあ、僕が君を殺そうとさせたようじゃないか」
「私たちが争えば、ちょうど良かったのでしょう? 知っているわ」
「ジョアンナ」
「手紙を読んだの。あなたたちがずっと連絡を取り合っていた手紙を。クリスティーンはそれを大切に保管していたわ」
「僕は彼女を止めていただけだよ」
「そうね。止めるように見せていただけよね」
「ジョアンナ! いいかんげんにしてくれ。まるで僕が唆したように言うのは! 僕は無実だ。証拠に、なにもしていない! クリスティーンがおかしいのは君がよくわかっているだろう。あんな風に、姉を殺そうとする女が、まともな考えではないことぐらい、君は気づいたはずだ。実の姉を、魔道具を使ってまで崖から突き落とそうとしたんだぞ!」
「……よくも、そんなことを」
ふと、垣根の後ろから別の声が聞こえた。ジョアンナの声に似た、少しだけ甲高い声だ。
「あなたが言ったのよ! 面白い魔道具がある。攻撃的なものも売っていると言いながら、私に見せてた! 三人で出かけようと言ったのもあなた。景色が良くて、下が崖で危険だけれど、良い場所があると!」
「クリスティーン、なぜここに」
寝たきりではなかったのか。大怪我で動けないと聞いていた。そのため社交界に出てこれない。妹を殺そうとした姉という体で噂になっているのだ。怪我が治っていれば、クリスティーンは自分の名誉のために表に出て、あることないことジョアンナのせいにするだろう。なのに、傷もなしに、どうして今ここで現れるのか。
「三人で行って、お姉様に婚約破棄を告げようと言ったのは、あなたじゃない! 無理ならば、なにか考えないといけない。うっかり足を滑らしたりはしないから。なんて、お姉様が崖から落ちるようなことを仄めかしたのは、あなたよ!」
「クリスティーン、いい加減にするんだ! 大体、君は大怪我をしていたんじゃないのか。顔もひどい火傷だと聞いたのに」
つい気になって問えば、クリスティーンは顔を大きく歪めた。美しいままの顔でありながら、どこか皮肉げに笑って。
「お姉様が、治してくれたのよ……」
「ジョアンナが? そんな力もあるのか!?」
そんなことまでできるのか。役に立たない。ただのおまけのような存在だったのに。加護に、治療の力など。
なおさら、手に入れるべき相手だ。
「はっ。バカじゃないの。考えていることなんて、見え見えよ。私を裏切って、私にお姉様を殺させて、私に罪をかぶせて、あんたは別の女を選んだのね。それで、その女を捨てて、結局特別な力を持ったお姉様を選ぶのよ。恥知らず!」
「ばかなことを!」
「ばかはあんたよ。このことはもう知られているの。アルヴェール様の警告で、あんたに婚約破棄が届いていることでしょうよ」
「なんだと?」
思い当たる節があり、カッと頭に血が上った。リアンナの屋敷で一切受け付けてもらえなかった。門前払いを受けた。
「屋敷を追い出されたんじゃないの? あんたがやったことは、みんな知っているのよ!」
「この女!!」
胸ぐらをつかもうと手を伸ばせば、いきなり男たちには羽交い締めにされた。いつの間にか人が集まっている。
「放せ! ジョアンナ。誤解だ。僕はなにも」
見遣ったジョアンナの側に、アルヴェールがいた。いつからそこに。いや、そもそも、どうして、クリスティーンがここにいるのか。
「連れていけ」
「放せ! ジョアンナ!!」
嵌められた。アルヴェールに。ジョアンナに。クリスティーンまで、混ざって。
人々がレオハルトに注目している。怪訝な目で。愚かだと嘲る目で。蔑んだ目で。
「放せ! 放せええっ!」




