21−2 クリスティーン
レオハルトは夜外に出ようと、よくクリスティーンを誘い、遊びに連れて行ってくれた。もちろん屋敷の者たちに気づかれないようにだ。
そっと外に出て、レオハルトに会って、
(レオハルトのお屋敷にも行ったのよ。夜会うのは楽しかったわ)
祭りの日には不思議な魔道具を売る店にも寄った。見たことのない物が売られていて、目移りした。
人の声をカエルの声にするようなものから、魔獣を倒すための道具など、おもちゃから危険なものまで色々だ。
レオハルトは店の者と話しながら、説明をしてくれた。
「レオハルトは夜を楽しむものを購入したけれど」
その夜のことは忘れられない。またあんな日が来るのだと胸をときめかせていたのに。
「ああ、腹が立つわ」
ずっとベッドで眠っているせいで、今が何日なのかもわからなくなってきた。
毎日なにもせずに一日が終わってしまう。爪を噛んで、歯軋りする。
時間がゆっくりと流れていくのに、なにも進んでいない。だからなおさらいらつくのだ。
「見つけたの!?」
母親が部屋に入ってきたのはいつぶりだったか。いや、午前中会っただろうか。記憶があいまいで、けれどそんなことはどうでもいいと、母親に詰め寄る気持ちで体を起こした。勢いよく体を動かしたせいで、ベッドから落ちそうになる。
「クリスティーン、大丈夫!?」
「お姉さまは、どこにいるの!?」
母親にしがみついて問えば、なぜか母親は顔を歪めた。見つけたから部屋に来たのではないのか。
どこかためらいがちに、孤児院に訪れているみたいだと口にする。
居場所はわかっていないが、姉を見つけたのだ。それを追えばいいだけだろう。
再びガジガジと爪を噛めば、母親がたしなめてくる。
いつもならばすぐに噛むのをやめるが、どうにも止められない。それ以上に、母親の注意がうっとうしかった。
「役に立たないくせに、私に注意するの」
頭の中で呟いたつもりだったが、声に出ていたらしい、母親が顔をしかめる。しかし、そんなこともどうでもよかった。今はいらついていて、このいらつきを誰かに吐き出さないと、頭がおかしくなりそうだったのだ。
「クリスティーン、もう眠った方がいいわ。顔色が悪いから」
「お母様、私がこんな風になったのは、お姉様のせいよね!?」
「え? ええ、そうよ。あなたを突き落としたんですから!」
「なら、お姉様は罰を受けるべきだわ! そうでしょう!?」
「そ、そうね。あなたをこんな目に合わせたのだから」
問わずとも当然の話だ。だったら、罰を受けさせなければならない。
「誰かに頼るような相手もいないんだから、孤児院に住んでいるんじゃないの!?」
「それはわからないのだけれど」
はっきりとしない答えにやはり腹が立ってくる。言っている意味が理解できないのか? クリスティーンの言葉を聞いていれば、察することくらいできるだろうに。母親はとぼけたように首を傾けて、どこにいるかはわからない、と繰り返した。
「でも、孤児院に来るんでしょう? 近くにいるってことじゃない!」
「そうね。家を出たとは言っても、遠くに行けるほど度胸はないのでしょう。お金もどうしているやら。屋敷から盗んだものでもあるんじゃないかしら。お金がなくなったら、すぐに帰ってくるでしょう」
「お母様は、お姉様が帰ってくればいいと思っているの!?」
「か、帰ってきても邪魔でしょうけれど」
「帰ってくるなんて許さないわ! すぐに帰ってくる気なの!?」
「クリスティーン??」
母親が妙な顔をしてこちらを見ている。その顔はなんなのか。文句でもあるのか。
姉のせいでこんなことになっているのに。
「顔は、かかない方がいいわ」
注意されても、かゆくて仕方がないのだ。
火傷は一向に良くならない。あの魔道具は一人で買いに行った。店主の説明では高熱を発して魔物を退けさせる程度ということだった。魔物相手では目眩し程度だと。人に使うと火傷になるだろうと。
クリスティーンの顔や手を焼いた光。ただの火傷とは違い、傷がどんどん広がっていく。医者は効かない薬を出すばかりで、治療が進まない。骨折した腕や足は治りつつあると言うが、火傷は治る感じもない。
メイドに購入した店に説明を求めに行かせたが、言うことは同じ。火傷になる程度。それだけ。
「どうして、治らないの。おかしいでしょう!?」
「クリスティーン、お医者様を呼んでくるわ」
「あんなヤブ医者! 薬だって全然効かないじゃない!」
「血が出てきているわ。ああ、口元まで。そこじゃないわ。今、鏡を」
「いらないったら! 鏡なんて見たくない! なんで治らないのよ!」
鏡は見たくない。最初は目の周りからおでこにかけて皮膚がただれていたのに、今では頬まで広がっている。かけば口元、耳まで広がるような気がした。
「嫌な匂いもする。腐ってくみたいなのよ。ねえ、お母様、私の顔、どうなっているの?」
「お医者様を、お医者様を呼んでくるわ」
「そんなことより、お姉様、お姉様のせいなのよ! お姉様なんて、帰ってこない方がいいわ。ねえ、そうでしょう!?」
「そ、そうね。帰ってこなくていいと思うわ。あなたをこんな目に遭わせたのだから」
「決めたわ。うふふ」
「クリスティーン?」
笑いが込み上げてくる。ずっと思っていたことだ。考えだけではなく、行動に移さなければ。
姉は帰ってこなくていい。帰ってくるべきではない。許されないのだから、罰を受けるべきだ。
「許さないから」
「クリスティーン??」
「許さないわ」
ただ、呟いているだけ。それなのに、母親が恐怖におののくように怪訝な顔をしてクリスティーンを見つめていたことに、気づくことはなかった。




