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18−2 練習

「お兄様が女性連れてきたって!」

 バアン、と扉が開かれたと思うと、黒髪の女性が目を輝かせて部屋に入り込んだ。


「エスター!? 誰も入れるなと言っただろう!」

「申し訳ありません。エスター様が無理に」

「ちょっと、邪魔よ。お兄様、一体どなたをお連れしたの!?」

「入ってくるな。こいつを外に連れていけ! どこから嗅ぎつけてきたんだ?」

「こそこそ怪しい真似してるって、聞いて」


 アルヴェールが扉で押し合いへし合いと、扉を守っていた警備に女性を押し付けている。女性はアルヴェールの脇から部屋に入ろうとしたが、アルヴェールに首を押さえられて扉の外に押し出される。


 女性の顔を見てすぐにわかった。アルヴェールの妹のエスターだ。いつも笑顔で元気な彼女は、よく女性たちの中心にいて、楽しそうな顔を見せていた。アルヴェールに顔は似ているが、アルヴェールが冷ややかな雰囲気を持っている隣で、笑い顔でアルヴェールと話しているのが印象的だった。性格が正反対だと思っていたが、今見ればよく似ている。二人で言い合いつつも、部屋に入るか入らないかを子供のように争った。仲の良さが垣間見られた。


「うそっ! ジョアンナ様じゃない! ちょっと、お兄様、言ってよ!」

 ジョアンナはびくりとした。アルヴェールは気づいていなくとも、エスターはジョアンナを知っている。これでもう二度と会うことはないかと、頭によぎった。


「お会いしたかったです! あんな噂、私信じてませんからね!」

「え?」

「あの男、狩猟大会で骨折したらしいですよ。歩けない上に、落馬したせいで腰もやって寝たきりらしいです。ざまあみろって言う、はっ、ジョアンナ様の前で、私ったら。私、ずっとジョアンナ様とお話ししたくって、ちょっと、お兄様、なんで親しくなったって教えてくれないのよ。私が会いたがってたの知ってたでしょ!」

「エスター。向こうへ行ってろ」

「ええっ、ケチっ。あ、ジョアンナ様、今度ドレス買ったお店教えてください。私、ジョアンナ様のドレスが大好きで、素敵な趣味だと常々おも、」

「エスター」

「はああい。ジョアンナ様、ごゆっくりー。その兄、独り身ですから、ぜひ!」

「エスター!」


 エスターはアルヴェールに追い立てられて部屋を出て行った。パタリと閉められた扉を見つめて、唖然としてアルヴェールを見やれば、アルヴェールは頬を染めながらも顔をしかめ、額を押さえていた。


「妹が、失礼をした」

「気づいていらっしゃったんですね……」

「すまない。知らぬふりをして欲しそうだったから」


 最初から気づかれていた。安心していたが、それがアルヴェールの優しさだったのだと、少しだけ肩の力が抜けた。しかし、知っていても受け入れてくれていたのだとわかっても、妹を殺そうとした姉として知られていることが胸を苦しめた。


「私がここにいては、ご迷惑になるでしょう」

「そんなことにはならない!」

「……アルヴェール様」

「大声を出してすまない。その、つまり、私が言いたいのは」

「アルヴェール様はお優しいんですね。噂を耳にされても、私に優しくしてくださいました。ですが、お側にいてはアルヴェール様にも影響が出てしまいます」


 それがわかっているのに、こんなところにまでついてきてしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 やはり、親しくなれたと勘違いをして浮かれていたようだ。遠慮もせずにお願いをする立場ではなかったのに。


「ジョアンナ、私の話を聞いてくれ」

「アルヴェール様?」

 アルヴェールがジョアンナの手を握ると、ジョアンナを射るように見つめた。焦ったような、困ったような、複雑な色が黒曜石のような目の中に見える。


「迷惑になどならない。私が望んで、君をここに連れてきた。私は噂など信じていないし、君の話を信じている。孤児院で院長との話を聞いてしまった。それを疑ってはいない」

「どうして、そんな」

「それは、その、」


 アルヴェールは口ごもる。やはり迷惑だっただろう。握られた手を引いて後ろに下がろうとしたが、もう一度アルヴェールがジョアンナの手に触れた。


「私が、君に好意を抱いているから」

 言われたことが、一瞬理解できなかった。

 アルヴェールはまだ言うつもりではなかったのだと、愚痴るように呟いてから、ジョアンナをまっすぐに見つめる。


「君の噂を聞いた後、君と話すようになって君に惹かれた。この好意は同情でもなんでもなく、将来を考えての好意だ。君がなにを不安に思っているかは理解している。しかし、レオハルトは別の女性とすでに婚約した。君と婚約してすぐの話だ。最初から仕組もうとしていたかはわからないが、レオハルトが不実であるのは明白。妹君と君とのことはレオハルトが噂を流したのだろう。だから、君が心を痛める必要はない。悪いのはレオハルトで、君ではない」


 きっぱりとした言葉に、ジョアンナは言葉を失った。

 アルヴェールが、ジョアンナに好意を抱いている。それも、将来を見据えて。

 その言葉を聞いただけで、頭が真っ白になりそうだった。先程まで苦しかった胸が、今は違う意味で苦しい。嬉しくて、涙が出そうだ。信じてくれるという言葉も、ジョアンナの心を打った。


 しかし、ふと思い出す。噂はまだ流れ、ジョアンナの立場は悪いまま。アルヴェールが好意を持ってくれていても、アルヴェールに迷惑がかかるのは必死。名誉を傷つけることになるだろう。


「ですが、私は」

「ジョアンナ、機会をくれないか? 君の汚名を返上する、機会を」

 アルヴェールはひざまずくと、ジョアンナに乞うように言葉を紡ぐ。ジョアンナがそれを理由に断るとわかっているかのように。


「アルヴェール様には、なんの利益もありません。私と関われば、アルヴェール様まで後ろ指をさされるでしょう」

「構わない。いや、悪く言われることなどない。断言する。だから、だから、私の元に来てくれないか? 君に、婚約を申し込む」

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