12 屋敷
「奥様、ひどい顔。もう、フラフラじゃない」
メイドたちは足を引きずるように頭を揺らしながら歩く、カイヤ・ラスペードを見かけて囁きあった。
クリスティーンの部屋から出てくるようになったが、ほとんど部屋の中で過ごしている。ベッドの側で一日中過ごしているのか、メイドが食事に呼んでも出てこず、次の日になっても出てこないこともあった。カーテンを閉め切っているため、時間の経過もわかっていないようだった。
「この間、すごかったわよね。怪しげな祈祷師みたいなの呼んで」
「旦那様の激怒が凄まじかったわ。追い出された祈祷師がかわいそうだったくらい」
「顔の傷に悪魔が取り憑いている。なんて言ったんでしょ? 追い出されるわよ。そんなの」
「傷は魔道具を使ったせいだから、医者が治せないって言ってたわよ。呪いがかかっているんですって。それ聞いたから祈祷師なんて呼んだんでしょ。呪いの治し方は知らなかったらしいけど」
「怖いわ。どこでそんな恐ろしい道具手に入れたのかしら」
ちらりとクリスティーンの部屋を見やる。扉は閉まっているが、今は入る気がしない。中に入れるメイドは決まっていないが、それでも入る気が起きなかった。
掃除をしろと命じられてもカイヤがいるため、掃除をしようとすると追い出される。クリスティーンがほこりにまみれるだの、眠っているのにうるさいだの、文句を言ってくるのだ。それもヒステリックに泣き叫ぶように言うので、誰も近寄りたがらない。中は薄暗く、カイヤはやつれて顔色も悪いため、病にでも罹っていそうな雰囲気もあり、カイヤこそ呪いにかけられたのではないかと噂するメイドもいた。
それもあって、誰もがクリスティーンの部屋に入りたがらないのだ。
「魔道具が呪いの道具だってわかってて使ったんでしょう? すごい恨みよね」
「ジョアンナ様がそれを使うと思う?」
「違うでしょ。奥様が怖くて誰も言わなかったけど、やったの絶対クリスティーン様よ」
「怖すぎるでしょ。姉を呪おうとするとか。それで自分があの顔になってるんだもの。自業自得だけど」
「目が覚めたらどうなると思う?」
クリスティーンの顔は半分ただれてしまっている。しかもその範囲が少しずつ広がっているというのだ。
メイドたちは体を震わせて部屋の前をそそくさと通り過ぎる。近づけば自分たちにもその呪いにかかりそうな気がするからだ。
もしもクリスティーンが目覚めても、自分の顔を見て愕然とするだろう。死んだ方がマシだと思うかもしれない。その時の激昂は想像に難くない。
「今、なにか物音がしなかった?」
「ちょっと、やめてよ。奥様が出て行ったんだから、クリスティーン様しかいないわよ」
言って、顔を見合わせる。
クリスティーンの部屋から、微かな声が届いた。
「旦那様! 奥様! クリスティーン様が!」
にわかに屋敷は騒ぎになった。
「クリスティーン!」
「お父様、お母様?」
「ああ、神よ! どれだけ心配したことか。クリスティーン」
「レオハルト様は? レオハルト様はどちらにいらっしゃるの!?」
目が覚めてすぐにその言葉出てくることに、カイヤは嗚咽を漏らす。クリスティーンは周囲にいたメイドたちに視線を向けたが、誰もがその視線を逸らすように顔を背けた。
「レオハルト様は、お姉様と婚約破棄したんでしょう? 私と結婚の約束をしたんだから、婚約しなきゃいけないのよ? レオハルト様はどこ!?」
「すぐに連絡をするわ!」
「お母様、お願いよ!」
クリスティーンの言葉に、カイヤは手紙を書くための紙を持ってこいと命令する。急いで部屋を飛び出すメイドを横に、父親のヘンリが部屋に入ってきたが、およそ娘を心配するような顔をしていなかった。
「お前たち、邪魔だ! さっさと仕事に戻れ! カイヤ、お前は余計なことをするな!」
怒鳴り声に、メイドたちが蜘蛛の子を散らすように部屋から離れていく。
「マリアン、近寄らない方がいいわよ。修羅場」
「そうみたいね」
廊下で騒ぎを聞きつけてやってきたが、近くに来るとその騒ぎのひどさがわかる。
クリスティーンは状況がわかっていないと、興奮してレオハルトを呼んだ。しかし、すぐにヘンリの罵りが聞こえる。
お前は騙されたんだ。だの、余計な真似をした。だの、あの手紙を読んでいるため、ヘンリも久しぶりに目覚めた娘に怒りしか湧かないのだろう。
その声にカイヤが反論し、クリスティーンが現状を知って、しゃがれた声で叫び出した。
「私の顔、私の顔!!」
「自業自得だ! この馬鹿者が!」
マリアンが踵を返して部屋から離れても、後ろからそんな大声が届いた。
同情する気にもならない。マリアンはさっさと部屋から離れる。メイドたちも巻き込まれないように、その場を後にした。




