11 商品
帰り道、馬車の中で、エスターは口を尖らせた。
アルヴェールがその顔をその辺でやるなよ。と注意すれば、外ではやらないわよと反論する。
「なにが気に食わないんだ。気に入ったものがあったのだろう?」
予定ではドレスのつもりだったが、ドレスがなかったため不満なのかと思ったが、エスターは首を振る。
「珍しくない? いつもならデザイナーを紹介してくれるのに。みんなで案を出した。なんて。デザイナーを他に奪われたから、警戒しているのかしら」
「手が足りていないのは間違いなさそうだったな。商品の数が少なすぎた」
ドレスなどもあったが、ぱっとした物はなく、目に付いたのはレースのハンカチやショールなど、小物ばかりだった。ドレスまで手が回らないのだろう。改善する余裕がないのだ。出ている商品だけでまかなっているあたり、オーダーメイドで製作するのは難しそうだ。
(いったい、何人奪われたやらだな)
「でも、どこで新しいデザイナーなんて見つけてきたのかしら。あの店はもうダメっていう噂があったくらいだもの、デザイナーも勤め先に選ばなそうだけれど。無名のデザイナーが好機だと思って売りに行ったのかも? お兄様?」
「開けないのか?」
「見たいの? 素敵だったものねえ」
エスターはご機嫌で箱を開く。気になったのはデザインではない。それは口にせず、広げられたハンカチやショールを見つめた。
「素敵だわあ。このレースの編み方。蝶が舞っているみたい。今にも飛んでいってしまいそうよね。絶対いいデザイナーだから、紹介したくないのよ。また奪われたらたまらないものね」
「よく見せてくれ」
「なあに? 誰かに渡したくなった?」
「加護かかけられている」
「え!? 加護?? そんな特別品なんて言ってなかったわよ!? そんな価格じゃなかったじゃない」
加護というべきか、あたたかい光を感じた。
触れてみてやっと気づく程度だが、微かでも強い想いが感じられる。
加護がかけられている物は高級品で、主に戦いに行く時に持つ守護の石などが有名だ。剣や盾に加護をかけることもあるが、はめ込む石に加護の魔法をかけるのが主流だ。身に付ける物に加護はかけられるが、ハンカチなどにかけるものではない。
「体調が悪い時にでも持つといいぞ。治ることもあるだろうな」
「ええ、すごい! そういう加護もあるのね。剣とかについているのは聞いたことあるけど、あれは攻撃を弱くするとかでしょう?」
「戦争に行くときなどの有事に持つ物だからな。魔法の中でも加護の力は珍しい。編んだ者の祈りが加護になったのだろう。宝石などにかける加護などに比べたら弱いものだ」
「でも、すごいデザイナー見つけたってことじゃない。それであの価格なの? 加護のかけられたハンカチってだけで、高額で売れるのに!」
触れればほのかに温かさを感じ、作った人間の温かさまで感じるようだ。
石に祈りを込めるのとは違う。祈りながら編んだのだろう。購入した物にはすべて加護がかけられている。だとしたら、商品すべてに加護がかかっているのだ。
(意識して行っているのだろうか)
強力な物ではないが、それなりに効果がある。何枚も編めば疲れも溜まるだろうに。
気のせいか、感じたことのある力のように思えた。
(まさかな)
「パーティに持っていきましょー!」
馬車の中ではしゃぐエスターを前にして、アルヴェールは一人の女性を思い浮かべていた。
「あの方、もう新しい恋人が? 事件が事件なのに、随分早く乗り換えられたわね」
「でも、レオハルト様だもの。すぐにどなたかが手を上げるのもわかるわ」
「今度のお相手はユーステス家のご令嬢よ。前のラスペード令嬢は少し地味だったでしょう? ユーステス令嬢はお似合いじゃない?」
「美男美女だけれど、ユーステス令嬢もいつまでもつかしら?」
「ちょっと、ドレスが派手じゃない?」
「そうじゃないと、レオハルト様に合わないのよ」
ホールの上から、くすくすと、女性たちが羨ましげにレオハルトとリアンナの二人を見つめては、かまびすしくさえずった。
リアンナを上から下まで品定めするように見やっている。化粧が濃いだの、宝石が似合わないだの言ったあと、結局レオハルトには見合っていないと罵った。
ジョアンアもあのような目に遭っていたのだろうか。アルヴェールからすれば、レオハルトの派手さの方がうっとうしく見えるのだが。似合わないのはレオハルトの方だろう。
上からレオハルトたちがいるホールを眺めていれば、アルヴェールの真下にいた男たちもレオハルトを睨むように見つめている。
こちらはこちらで、レオハルトに注目していた。
「前の婚約者は妹と取り合って、事故に遭ったんじゃないのか?」
「妹が死んだんだっけ?」
「ばか、まだ生きてるだろ。死んだって話は聞いてない。姉の方とは婚約を破棄したらしいけどな」
「それで、今度の相手はあれか? さすがに早いだろ。姉妹ともども騙されたってわけだ」
「本人は金のある家の娘と婚約だと。金があれば誰でもいいのか?」
どこへいってもレオハルトとリアンナの話で持ちきりだ。
大きな事件ということは、リアンナの耳にも入っているだろうに。ユーステス家も話は耳にしているはずだ。
ラスペード家と同じで、ユーステス家もレオハルト・セディーンの名は魅力的らしい。そうでなければ、レオハルトと婚約する意味などないだろう。どちらの家も事業で成り上がった家だ。わかりやすい身分が手に入るのならば、レオハルトでも良いのだ。
身売りされる娘は気にならないのか、リアンナは緩やかに微笑むだけ。
「あの令嬢は天然なところがあるから、噂話もあんまり気にならないんじゃないか?」
何を見ているのかわかったか、友人のクロードがワイングラスを両手にやってきた。アルヴェールが無言で返すと、クロードは肩をすくめて片方のワイングラスを渡してくる。
「天然?」
「ちょっと抜けたところがある令嬢だよね。話を聞いているようで聞いていないっていうか、独自の世界に入って周りを見てないっていうか」
散々な言いようだが、これだけ近くで文句を言われていても平然としている。噂話など聞かぬふりをするのは美徳かもしれないが、本当に聞いていなさそうだ。クロードの言う通り、どこか抜けている令嬢なのだろう。
「ユーステスは、あのレオハルトでも良いとみなして婚約相手にしたんだろう。レオハルトはラスペードだろうが、ユーステスだろうが、どちらでもいいんじゃないかな」
「そのようだな」
「婚約者が妹ともめて殺人未遂。まだそんなに経っていないのに新しい婚約者。トラブルがあって捨てることにしたのか、もともとそのつもりだったのか。もしかして、ラスペード家を蹴落とす気だった?」
クロードの言葉は一理ある。ユーステス家とラスペード家は事業で大きくなった家門だ。ライバル関係とは言わないが、上位貴族との繋がりは喉から手が出るほど欲しいという意見は同じ。レオハルトを取り合うならば、レオハルトと結託して片方を蹴落とすのもありかもしれない。
「だが、そこまでする必要があるとは思えない。レオハルトでは信用しにくいだろう」
「それはたしかに。商売人をそこまで信用させられるような潔白さはないよね」
言ってみただけだと、銀色の一房の髪の毛を後ろに流す。後ろで女性たちがクロードを見つめているのに気づいて、軽薄にも手を振った。
「お前も大概だな」
「お堅いアルヴェール様にはわかんないかな。華やかな女性に惹かれるのは男のさがだよ」
「一緒にしないでくれ」
「だからお堅い。おや、妹君だね。なにか持っているようだけれど?」
エスターが女友だちに囲まれて笑いながら話している。持っているのはこの間購入したレースのハンカチだ。
友人たちに見せて自慢しているのだろう。加護のことは話すなと伝えてある。気になることがあったからだ。しかし、どうしても自慢したかったようだ。
「あのハンカチが見えるか?」
「んー。なにが言いたいのかはわかるけど、ここからじゃはっきり見えないなあ」
「加護がかけられている」
「ハンカチに加護をかけるとは、並大抵の能力者じゃないねえ」
「あれができる者を調べられるか?」
「高くつくよ?」
「構わない」
「はいはい、りょーかい」
クロードは適当に返事をして、女性たちの輪に混ざっていく。
クロードは調子のいい男だが、魔力が強く研究を趣味としていた。クロードに頼めば、加護をかけられる者をすぐに調べてくれるだろう。
(無意識に行っていれば、クロードでもわからないかもしれないが)
ジョアンナを守るために追わせた騎士は、商店のある場所でジョアンナを見失った。ジョアンナは歩いていると時折後ろを振り向き、急に走り出して小道に入ったり、わざと迷路のように細かい道に入り込んで大通りへ出たりした。
尾行に気づかれたと思った騎士は警戒してついていったが、結局まかれてしまったのだ。しかし、騎士がジョアンナを見失ったのは貴族たちの住む屋敷のあたりなどではなく、商店のある場所。エスターがレースのハンカチを購入した、あの店の近くだった。
(すでに、屋敷を出ている。その可能性が高い)




