小説が書けない
小説が書けなくなった。
書けなくなったのはいつからだろう。半年前ぐらいからかもしれない。小説を書くためのノートパソコンが壊れたわけではない。幸い精神的にダメになったわけでもない。書きたいことが何も思い浮かばなくなったのだ。
僕が小説にして訴えたいこと、伝えたいこと、それらはⅩにだいたい書いてしまっている。残された言葉は特にない。また、僕が新たに物語らなくても、誰かが物語にしていると思うと、わざわざ僕が小説に書く必要はないとすら思ってしまっている。
ただ僕は小説を書きたい。書けない今でも、何故だか分からないが、心の底から書きたいと思っている。
だから何かを、これから書いていこうと思う。
これから書くものも一応小説のつもりだ。リハビリのつもりで書く小説なので、オチもきっとつけられない。加えて何も思い浮かばないので主人公は僕自身にしている。つまり自伝小説というやつになる。
日記やエッセイに区分すべき産物しか生まれない気がする。なぜなら物語になりそうな日常を送っていないからだ。
ただ僕はそれでも小説を書きたい。とりあえず書いていくしかないと思っている。
何故小説を書きたいのか、それを考えるためにも。
①
ケイはノートパソコンの電源を落として立ち上がった。両腕を上げて三十代後半になってから痛みだした肩の凝りを和らげる。といってもケイはそれほど長い時間、イスに座っているわけではなかった。ノートパソコンを立ち上げた理由は気まぐれにウィンドウズのアップデートをしてみたくなったからだ。それ以外のことはする気がない。
「ノートパソコン、しばらく使うことないなぁ」
学習机に置かれたノートパソコンは邪魔だった。自室でメモを書くとき、たいていは閉じたノートパソコンを下敷きにして書く。しかし少し斜めがかったノートパソコンの背面はメモを取る下敷きとして不安定すぎた。そしてメモを取る場所がそこ以外にない。移動させようと思うのは当然のことだった。
ノートパソコンを学習机のそばの床に置く。普段歩かないスペースなので誤って踏んでしまうことはないだろう。注意すべきなのは充電すらしないことだ。充電せず長期間起動しなかったパソコンは寿命が短くなると聞いたことがあった。小説を長期間書かないとなると、パソコンも長期間起動する必要がなくなる。だがケイは起動しないパソコンを充電する気力を持っていなかった。
小説を長期間書かなくなるかもしれない理由は、単純に何も思い浮かぶ気配がなかったからだ。
江戸川乱歩賞に出すため八月から書く予定を立てていたが、アイデアは一向に降りてこなかった。もう八月十九日だ。そもそもミステリー小説をあまり読まないケイに、ミステリーのアイデアが降りてくるはずがなかった。本棚の『黒牢城』ぐらい読めと思っていても、積んだまま文庫版が出てしまった。松本清張賞ならどうだろう、と考えても結局アイデアは降りてこなかった。直近の受賞作である『ノウイットオール』の漫才の話があまりにも面白く、それに並ぶことは不可能だと頭のなかですでに諦めきっていた。
経験、才能、努力、知識、語彙、すべてが足りない。ライトノベルは流行り廃りがあまりにも早く、いつも理解するまえに流行りがおわる。アイデアを出す隙がなかった。
書くまえからすべてを断念したケイは情けない気持ちを持った。経験はともかく、もっと本を読むべきだと思った。そうすればおのずと知識が増え、書ける小説のバリエーションも増えると考えた。
だがケイはスマホを持ってソシャゲのアイコンをタップした。日課となってしまっているソシャゲのことを忘れることはできなかった。高反発座椅子に座り、本棚に収まった読んでいない本に囲まれながらソシャゲを起動した。
『学園アイドルマスター』のアイドル育成周回はニ十分程度。効率よくいけばもっと早くできる。午後十時からの夕飯の時間まであと一時間もあるので、読書時間は三十分以上取れる。普段から三十分もまとまって読書時間を設けていないケイからすれば、それは完璧なタイムスケジュールだった。
ただケイは『学園アイドルマスター』で遊びながら画面を切り替えⅩも見てしまう。見るたびに周回終わりの予定時刻はうしろへとズレこんでいく。好感度育成にシフトしているリーリヤのデッキが分からなくなり、デッキ画面を開き一考する。確認する無駄な時間が何度も発生する。
高反発座椅子に腰の痛みを感じはじめたころ、ようやく一回の周回がおわる。時刻は午後十時半になっていた。
「今日も何も読めなかったな……一週間で一冊は読みたい」
ケイは本棚を見渡す。古川日出男の『の、すべて』が目に入る。レンガのように分厚いからなんとなく勢いで買った一冊だった。頑張れば読めるという自信は小川哲の『地図と拳』を読んだことで身に着けた。しかし頑張る時期はいつだろう。
それに小説を読んでいると、小説は書けない。このことも気になった。しかしケイはそのどちらもやっていない。
②
「小説は最近書いてるん?」
ケイは図書館の司書である。そこにいる同期のエーさんは本を並べながらケイに声をかけた。彼はケイと同じく図書館司書である。そして職場でケイに一番声をかけてくれる優しい人だ。
予約の本を図書館カード番号順に並べるという単純作業中のケイは、エーさんの声を聞いて手を止め、彼のほうを見た。
「最近は書いてないよ、スランプなんだ」
ケイは包み隠さず思ったことをそのまま口にした。プライベートの創作事情は答えなかったり、誤魔化したり、誇張したりしてもバレないとケイは考えている。だがケイは嘘が下手だし、そもそもエーさんには創作の事情をすでに話していた。
エーさんもケイと同じく創作者である。エーさんはイラストレーターをしている。
「へえ、スランプなんだ。それにしても笑顔じゃん」
「笑顔かな。まあ急いで書くものも特にないしね」
確かにケイは眉をひそめてはいなかった。むしろ会話をして緊張感がほぐれたことで笑顔になっている。それにスランプのことより、手を止めてはいるけど、今は目の前の作業をあと四十五分で終わらせたい気持ちで頭がいっぱいだった。
「エーさんはどうなの?」
「俺? ひたすらフォトショップと毎日向き合ってるよ」
「すごいなあ」
「すごくないよ。それ以外やる気がないだけ。外に出ても暑いから俺は引きこもる。あとスマホもほとんど見ないからやることは絵を描き続けて小銭を稼ぐことだけ。ケイさんはソシャゲやってるんだっけ」
「うん、五つぐらい」
「その時間で小説書きなよ」
「その通りなんだけど、なかなかソシャゲやめられないんだよね」
まったく恥ずかしい話だった。
同じ創作者とは思えないほどの体たらく。そもそも『同じ創作者』などと称することが恥ずかしいとさえケイはいつも感じていた。
エーさんは毎日描き続けた絵をコンテストに出したり、絵画雑誌などに掲載したりして収益を得ていた。また文化センターなど小さな教室の講師として不定期に活躍していた。もはや副業として成立している。
一方ケイは創作で何も稼いでいない。書籍化、受賞とも今のところは無縁。広告料金も入ってきていない。広告がもらえるほどウェブ上で読まれていない。
果たして本当にソシャゲをやめることができないのか、ケイはよくわかっていない。やめたソシャゲはすでにいくらでもあったからだ。
誰もがやってそうな『フェイトグランドオーダー』ですら一年半ログインすらしていない。『ウマ娘プリティーダービー』も『学園アイドルマスター』と入れ替わるようにやらなくなった。『プリンセスコネクト』も『ブルーアーカイブ』も『ヘブンズバーンズレッド』もシナリオ更新時しかログインしていない。
唯一『勝利の女神ニケ』だけやり続けている。デイリー報酬が良いからだ。それ以上の理由は特になかった。だからこの『ニケ』ですら、いつでもやめられるような気がしていた。でもやめてはいない。小説より『ニケ』や『学園アイドルマスター』は優先され続け、ソシャゲはケイの身体の一部と化している。
ただソシャゲをやめたとしても、ケイのスランプとは何も関係がない。書く時間がないわけではなく、書けないのだから。
「しかしゲームとはいえ、充実してるよな」
「充実? そうかな」
「そうだと思うよ。そういえばケイさんの友だちけっこう多くなかった?」
「多いかなあ」
「よく遊ぶって話をしてなかったっけ。ほら、大学の友だちとかインターネットの友だちとか」
「よく覚えてるね。それとは別にオフ会もやってたりするよ」
「やっぱり多いよ」
ケイはふとロビン・ダンバーが提唱したダンバー数のことを思い出す。人間が適切に付き合える人数は百五十人というやつだ。間違いなく百五十人も親しい人はいないので少ない方だろうとケイは思う。そしてロビン・ダンバーの著書の所蔵状況が頭のなかに出てくる。去年刊行があった『宗教の起源』はこの図書館にない。だが予約はある。予算の都合で購入できなかったが欲しかった。しかし『人類進化の謎を解き明かす』はあるので優先順位は低くなっていた。
いや、そんなことよりも、充実という言葉にケイはとても引っかかっていた。自分が充実しているという自覚がなかった。ただ思い返してみれば充実しているのかもしれない。
知り合いとは休日に時々出会う。頻度は多くないが少なくもない。またインターネットで繋がっている人たちからは程よく返信、イイネをもらって満足している。ケイも自ら言葉を発信しているので我慢していることはない。人との繋がりに不満や飢えはない。
遊びについて、定時帰宅をしっかり行い、休日も含めてソシャゲを延々にやっている。購読しているジャンプを一週間の間に読む。期間限定無料公開の漫画を一気に読む。積んでいる本を少し読む。加入しているネットフリックス、アマプラ、ディズニープラスで配信しているテレビアニメを見る。
加えてケイにとって図書館の仕事は生きがいになっている。仕事中だけでなく寝るときも書架整理の計画を頭のなかで立て配置を検討している。寄贈のあった本のコーティング作業の優先順位を常に決めている。実際の現場において、最速で仕上げる仕事法を常に模索し動いている。上司や他の職員の仕事場でもあるが自分の部屋の本棚のように管理し尽くそうという思惑は、仕事に対する生きがいになっている。
それに加えて金には困っていない。実家住まいのため飯にも困らない。もちろん戦火や災害にも、過去はともかく、今のところ縁はない。
ケイは自分の生活は他人と比べ遜色がないほど、いやそれ以上に充実しているのではないかとふと思った。ケイは結婚をしていない。自然に任せてきてみれば恋愛すらしないまま人生が進んでしまった。いわゆる独身中年男性の仲間入りだ。数年後に迎える四十代は不健康になるだけで今と同じ人生が続くのだろうと思う。こんな人生でいいのかと思い返すが、しかしこんな人生でいいと許容する毎日を送っている。この人生に抗う気は今のところなく、小説も書いていない。
③
ケイは自室の床に置かれたノートパソコンに一瞬だけ目を落とし、それからスマホに目を落とした。小説のアイデアはまだない。
アイデアがなく暇なのでたまたま目に入ったnoteを読んでいた。
『小説に対して本気で挑んだ人は、やっぱりすべてが違います。普段ツイッターに書く文章であったり、noteに書く題材であったり、とにかく読者の心をつかんで離さない。それを構築していることは何かというと、小説に人生をどれだけ費やしたかです。『百年の孤独』や村上春樹を読んでいるのは当たり前なんです。『白鯨』だって『灯台へ』だって『罪と罰』だって読んでおくべきです。いま最前線にいる小説家はそれらを当たり前のように読んできています。そして毎日執筆を続けること。逆にこれらが出来ずに小説家になれると思いますか? 昨今の小説家を見ているとなれるような気もしてきますが、まあ、プロといっても一発屋で終わってしまうんじゃないですかね』
あまりに多い例外を生む的外れな創作論は、書いた人間のインプレッションを稼ぐだけの種火であり、議論そのものに意味はない。実際、書いた人間はどれだけ罵詈雑言が飛び交っても意に介さず次の創作論を無から生み出す。
この話題って八月に入ってから何度目だったか。ケイは呆れて「やれやれ」と言った。
まるで村上春樹の小説の主人公の口癖ようだ。
「なんだろう、『やれやれ』って言葉は村上春樹の定番ゼリフみたいに使われてるけど、実際に読んでみると最近は使ってないんだよね」
「あ、ひろゆき」
「あ、どうも。ケイさんこんばんは」
自室には誰もいない。しかし論破王のひろゆきがケイを見て話しかけていた。
彼は顔だけこちらを向けて話しかけてきていた。いつもの配信のスタイルだ。
もちろんケイの脳内で作り上げられた西村博之でしかない。会話もすべて口に出すことなく頭のなかだけで行われているため家族の誰にも聞こえない。
「おいら思うんだけど、この人の言ってることって間違ってはいないと思うんだよね」
「どういうこと。あんまり読んでない人だっているでしょ」
「謙遜って言葉、あるじゃないですか。ケイさんはそれを真に受けるタイプだったりするんですか?」
「『罪と罰を読まない』なんていう、有名な作家たちが有名な海外文学を読んでない本も出てたし、村上春樹だって世界文学を網羅するには寿命が足りないって言ってたけど」
「いやいや、そのへんの人たちはたくさん読んでるでしょう。それに『罪と罰を読まない』は結局四人とも読みませんでしたっけ。みんなそれなりに読んでますよ。読んでない人がたくさんいるっていうデータか何かあるんですか?」
ひろゆきは嫌らしい笑みを浮かべ、ワインを一口ながらケイを見る。
ケイは論破されたのか押し黙ってしまった。
「黙ってると会話って続かないんですよね。一方的においらが喋ってしまってもいいのなら喋るんですけど……。ところでさっきからずっと思ってたんですけど、ケイさんって小説を読んでなくても小説家になれるとか思いたいから、読んでない作家の話とかに詳しくなっちゃう感じですか? はいかいいえで答えてもらって大丈夫でーす」
ケイの頭のなかにははい、いいえの間にある「どちらとも言えない」の選択肢がまず浮かんだ。簡単な二項対立ではないと思いたかった。しかし「どちらとも言えない」であっても、どちら寄りかは答えなければならない気がした。頭のなかのひろゆきは「もしもーし?」と急かしてくる。ひろゆきを黙らせなければならない。
「……いいえ。というか実際に読んでない作家は色々いると思う」
「あの、嘘つくのやめてもらっていいですか? エコーチェンバーじゃないですけど、ケイさんの願望がそういった読んでない作家さんのごく少数の事例を次々見つけてると思うんですよね。それに『読んでない』って言葉も真に受けてしまってる。そもそも読書家のみなさんって『小説たくさん読んでますよー』って言ってるところ見たことありますか?」
「……それはない」
「ですよね。じゃあ本当の例外的な人を除いて、ほとんどの人は小説を読んだうえでプロ目指して書いてることは間違いないんですよ。もちろん例外的な人っていうのは、ケイさんのような人じゃなくて、ガチで才能があるか、普段からライター業とか言葉で飯をくってる人とかだと思います。ほら、ノンフィクション作家が時々小説書くじゃないですか。ああいう人です。ケイさんって才能もないし、ライターでもないですよね? ケイさんは地道にやるしかありません、はい論破」
「本物のひろゆきは『はい論破』って言わないらしいよ」
「おいら、本物のひろゆきじゃなくて、イマジナリーひろゆきだから」
「そういえばそうだね」
それにしても地道にやるというアイデアは首肯しにくかった。確かに正しいのだが、今は手が止まってしまっている。書きたいものが何も思い浮かばないというスランプだ。
「ところでケイさんがあのnoteのことを気にする理由って他にありますよね?」
「そもそも気にしてないが」
「気にしてなかったら、わざわざ『やれやれ』とか言わないですよね? 言うってことは何かを感じてるはずなんですよ。何を感じてるか言い当てても良いですか?」
「どうぞ」
「小説家の創作論のご高説に対して、苛立っているんですよ。呆れなんかじゃなくてですね。違いますか?」
ケイはまたも上手く答えられない。
「あ、別に無理して答えなくてもいいですよ。苛立ってるなんていう感情、認めたくないですし、ガキっぽいですもんね。でもその苛立ち、そのままにしておくつもりですか?」
怒りは放置しないほうがいい。ただ、どうすればいいかは分からない。その怒りで書けるようになるとは思えない。
「苛立ってる原因って、きっと書き手を自称するわりに、書いてない側の人間になっちゃってる自覚があるからだと思うんですよね。自覚ないとイラッとしないと思うんです、あのnote。で、おいらから出来る提案があるんですけど、聞きたいですか」
「ぜひ」
「ええ、じゃあ言いますと、書けないと思うじゃなくて、書くしかないんですよ。書き続けるしかないんですって。書きたいんでしょ? あわよくばプロになりたいんでしょ?」
「あわよくば、という言葉は使いたくないけど、まあそうだね。ただ書きたいネタはないけど」
恥ずかしながら、という言葉は噛みしめて言わないようにする。ここは素直に答えたほうがいいとケイは思った。
「なら話は単純じゃないですか。書きたい物語があるから書く、という話はまず捨ててください」
「それっていいの?」
「書きたい物語があるほうが理想だとおいら思うけど、今のケイさんにとっては明らかに邪魔になってる考えでしょ、それ? だからスランプになってる。それなら一度今までの考えを捨ててしまって、とにかく書いてみませんか。ダラダラしてる間に体力的にも寿命的にも書けなくなりますよ。もしかして五十歳デビューとか考えてましたか? そういう作家はいますけど、地道な努力はやはり続けてる人たちばかりだと思うので、そういう考えもまた甘いとおいらは思いまーす」
「分かってるよ。全部分かってる。とりあえず書いていくしかないんだよな」
「そうそう、ついでにケイさんにとって締め切りは重要です。無目的に書くとソシャゲに吸い寄せられます。そのためにやはり公募は目指したほうがいいでしょうね」
「長編で無目的というのは、あまりにも無謀な気がする」
「そう言ってケイさんって何か月も書いてないじゃないですか? それなら書いたほうがよくないですか?」
「確かに。それにしても、ひろゆきのわりに優しいじゃん」
「だってケイさんのイマジナリーひろゆきだから。本物のおいらの動画、ほとんど見ずにおしゃべりひろゆきメーカーの動画しか見てないじゃないですか」
「まあ本物のひろゆき、なんかとんでもない嫌味言ってそうだから」
「それってあなたの感想ですよね」
「そうだよ。実際はどうなんだろうね」
ひろゆきは通信状態が悪くなった動画のように固まり、そのまま消えた。脳内ひろゆきとの会話は毎回唐突におわる。
④
ケイは床に置いていたパソコンを学習机に戻し、起動する。たまっていたウィンドウズアップデートがおわり、ワードを起動した。
画面は一面真っ白で物語は当然書かれていなかった。パソコン横にあるメモ帳には、普段プロットが詳細に書かれている。しかし今回は何も書かれていない。
ケイが今回書くこと、訴えたいこと、伝えたいこと、それらは特にない。書けないという気持ちが大きく膨らんでいく。
たが『書くしかない』という目的だけがある。
今までにない酷い自伝小説になる予感しかせず、書く前から頭を抱えてしまう。
しかし『書くしかない』。
それでもなぜ小説を書くのか。
プロになりたいとか、自己表現の手段とか、そういった考え以前の、怒りに近い感情的な衝動。
その気持ちがある。その気持ちを昇華するため、ケイはノートパソコンのキーをタイプする。