ep.2 キャラメイク
『改めて、イデアの世界へようこそ。
早速キャラ作成を始めますか?』
「お願いします」
『では、まず最初に……おや?
プレイヤーネーム【フィーニス】βテストのアカウントが存在します。アバターを引き継げますが、どうしますか?』
「βテストのアカウント?
参加した覚えは無いけど……」
イデアオンラインにまつわる噂に、「幻のβテスト」がオフラインで行われたというものがあるのは聞いたことがある。それが実際に行われていたこと、そして私が参加していたとは驚いた。
『6年前のちょうど今頃、規約には親権者の同意を頂いています。アバターは……こちらですね』
アルファが指を向けると、私より少し背の低い白髪の少女のアバターが現れる。
その姿に私は見覚えがある。
普段はVR教育アプリにしか言及しないお父様から「自由に好きな事をしてみなさい」と言われて試した娯楽アプリがあった。
ゴシック調のドレスを身に纏い、腰ほどまで白髪を伸ばした少女の瞳は金と赤のオッドアイに輝いている。
一切の怪我も無いであろうに、左手には包帯が巻かれていた。
――その姿は、今にも左手が疼きそうな見た目だった。
「くっ…記憶の深層に秘された闇の封印が今にも溢れ出しそう……!」
中学生にありがちな病にかかっていた私の奇行を見かねたお父様に、アプリを取り上げられたと思っていた。あれはβテスト期間の終了だったのかもしれない。
『新規と引継ぎの差はアバターの外見以外特にありません。新規に作成しますか?』
そう言いながらアルファが指を回すと、先ほど出現した幼い私のアバターが左手を抑えてうずくまる。
くぅ…まさか外界から観測する私の器がこのように映るとは。直視を妨げる呪いを発している……!
「……とはいえ、それはそれとして。
可愛いからアバターは引継ぎでお願いします」
うろ覚えの知識だが、キャラメイクの自由度は高く、大幅な身長変更や性別以外には幅広く対応していた。
しかし、結局のところシンプルな見た目に多少のアクセントを加えたくらいが一番可愛いという事で、この姿に落ち着いた事を覚えている。
病からは卒業した筈だが、今見てもめちゃくちゃ可愛い。
『承知致しました。こちらのアバターで現在の貴方のアバターを上書きします。
少しの間、目を閉じてお待ちください』
言われるままに目を閉じる。
少しして、体が軽くなったような感覚と共に『もう良いですよ』と声がかかる。
目を開くと、先程より少し下がった目線。
そして、見覚えのない服を着ている。
薄茶色のジャケットに白いシャツ、膝に補強が施された濃い茶色のズボン。
足元はしっかりとした作りのブーツ。
「〈初期装備〉って感じですね」
『はい。装備は引継ぎが無いので、〈初心者の旅装〉になります。プレイヤーネームは引き続き〈フィーニス〉でよろしいですか?』
「そうですね、特に思いつかないので。
そのままでお願いします」
『承知いたしました。それではフィーニス様、次は初期装備とステータスの設定を行います』
再びアルファが指をくるくる回すと、2つのウィンドウが表示される。
STR、VIT、AGI、DEX、INT、残りポイント。
六項目が表示されたウィンドウと、初心者の剣や杖が表示されたウィンドウ。
『チュートリアルは必要ですか?』
オンラインは兎も角、RPG自体はやったことがある。
何よりも、過去のβテストの記憶が私にはあるのだ。
βテストでは、必要最低限の基礎ステータスが無い場合に装備の能力が制限されてしまうほか、AGIを一定まで上げないと移動速度に制限が掛かる。
よって、メインの攻撃方法に合わせてSTRかINTを上げつつ、必要最低限に他のステータスを上げる事が定石。
……けど、それじゃあ面白くない。
「大丈夫。ステータスは全部INTで。
装備は初心者の大剣でお願いします」
『一点に全振りはプレイ難度が偏りやすく、詰みの可能性がありますので推奨は出来ません』
「大丈夫です、何とかなると思うので。……止めておいた方がいいですか?」
オンラインゲームとはいえ、基本的に一人で行動し、他人と深く関わることはない。だから、少し変わったビルドで遊ぶくらいなら、他の人に迷惑はかからないだろう。
『推奨はしませんが、反対もしません。
イデアの世界でのすべての選択には意味があります。難易度の高い道を選んだからといって、必ずしも大きな報酬があるわけではありませんが、その選択自体に価値はあります』
「でしたら、ステータスはこのままで」
『承知致しました。キャラ作成はこれで終わりですが、質問等はございますか?』
「特には、多分ないです」
私の返答にアルファは静かに微笑み、最後の質問を投げかけた。
『では最後に。――イデアオンラインでは、全ての選択が重要です。あなたの決断一つ一つが、この広大な世界でのあなたの運命を形作ります。』
一瞬の間を置いて、私の目をまっすぐ見つめる。
『フィーニス様は冒険を通じて何を求めますか?』
問いかけに、しばし黙考する。
「未知への探求と挑戦」
私が答えると、足元に魔方陣が浮かび上がった。
『素晴らしい目標です。イデアオンラインでは、多くの謎と挑戦があなたを待ち受けています。イデアオンラインでの冒険を存分にお楽しみください、フィーニス様』
「あ、やっぱりβテストとの変更点とか聞き――」
――言い終わる間もなく視界が光に包まれた。
……まぁ、何とでもなるだろう。
むしろ、βテストとの変更点があればあるほどに、未知の世界への期待が持てる。