ep.17 PvP-ウェルテル視点
彼女の動きは、予測が出来ない。
幼い体躯の所為もあるが、全体の動きが、頭では考えられても体に適応出来ないと感覚的に覚えるような、不規則な動作。
糸で吊るされた人形のように、予測不能な動きを見せる。片足を引きずるように前に出し、次の瞬間には跳ねる様に動き出す、あるいは突然その場で糸が切れた様に沈み込む。その動きにはVR特有の不自然さを感じない。
そして、何よりも恐ろしい。
無表情に、薄く笑いを浮かべた口元だけを張り付けたような狂気。完成された美術品に紛れ込んだ違和感を覚える様な表情。
ふらりと体をゆらしながら、彼女の身長よりも大きな赤黒い大剣を、ザリザリと音を立てて引きずり迫る。
「ぼーっとしてない?」
気が付けば、彼女の大剣が迫っている。
「待っていただけさ」
僕の持つ防御スキルをいくつか思考操作で発動させる。この一撃を受けても、一撃を返す。早々に戦いを終わらせるべきだと、脳内の警笛が響く。
〈ストリル〉〈アジリル〉
追加で更にバフを使用する。
〈ライトガード〉……「〈リヴァランス〉!」
バフで威力と速度を上げて、リヴァランスで彼女から受けたダメージを、この一振りに込めて打ち返す。
僕の腹部に当たった大剣は想像よりも重いダメージ。
〈フラッシュストライク〉
カウンターで繰り出した攻撃を彼女は……避ける。
彼女と僕の剣の距離は数センチしかない。
最低限の動作で、一定の距離で攻撃を回避する。
——それは、人間技じゃない。
腹部の痛みに少しふらつく身体を整え、バックステップで距離を取る。
〈ファイアアロー〉
魔法が指先から離れると同時に、彼女は少しだけ頭を横に傾ける。ファイアアローは傾けられた数センチを通って彼女の背後に消えていく。
まるで、最初からどこに飛んでくるのかが分かっているかのような避け方……何度放とうとも、彼女の歩く速度は変らない、牽制にもなりはしない。
「君には何が見えてるんだ」
「ウェルテルが見えてるよ」
耳朶に触れる声がやけに反響する。
……今度は僕から攻める。
〈フェイタルスラスト〉
突きの動作で接近するスキル、避けられる事は想定済み……避けた所に追撃を行えばいい。
「この距離は、僕の距離だ」
大剣を振るには近すぎて、僕が剣を振るには丁度良い距離を保つ。
彼女が下がろうとする動作を、大剣を振るう為の予備動作を、ここから全て潰す。
それで僕の勝ちだ。
突きが彼女の眼前をスレスレに通る。
ここでモーションキャ……。
「ッ!」
彼女はその場で大剣を振らずに、一歩踏み込んだ……それだけで、僕は彼女を通り過ぎて、彼女は僕の背後に立つ形になる。
モーションキャンセルはせずに、そのまま通り過ぎる形で距離を取る。
振り返ると、彼女は既にこちらへと歩み寄っていた。
踏み込みのフェイク、ただの重心移動だったのか。
「この距離なら、私の距離だけど?」
大剣は既に振られている、避ければ仕切り直し。
——攻めれば好機。
重量負荷を受けた彼女が大剣を振るうには、モーションスキルを用いるか、遠心力に任せるしかない。
だから、僕も踏み込む。
伸びた両腕の範囲まで踏み込めば、大剣の脅威は無くなる。彼女の背中側へと周り、振り返りざまに斬撃を振るう。胴体を狙った一撃なら彼女が反応できたとしても、AGIの制限によって防御動作には移れない。
「〈断機之戒〉」
——大剣を振るう勢いをそのままに、体を半身横にずらし、両手で握った大剣で僕の攻撃を受ける彼女。彼女の両目にはエフェクトが煌々と輝いて、残光を仄かに散らしている。
「重量負荷の解除スキル……」
先程までとは一転して、緩慢な動きに速さが追加された……戦い辛さは段違いになる。
「7割くらい正解」
重量負荷下の大剣と、今の大剣では速度も威力も違う。迫る大剣に剣を沿えて防御を行うも、僕の方が弾かれる。
鍔競り合いでは、彼女が優勢。
大剣を構える彼女へと向け、スキルを発動させる。
狙うのは彼女ではなく、大剣。
彼女が大剣を正面に構えたからこそ取れる手段。
両手で強く握り込んだ剣を、彼女の構える大剣へと向けて振り下ろす。
〈ディヴァインスラッシュ〉
大剣が衝撃で剣先を地面に沈める……そのまま大剣に沿って剣を滑らせる。
大剣を体に引き付けるより早く。
〈シャイニングブレード〉
彼女を中心に、地面を這う様に黒い波が広がる。
これが、彼女の持つデバフスキルの一つだろう……それでも、ここで下がるのはありえない。確実に当たる一撃、下がるのはッ僕じゃない……!
彼女は、大剣から手を離し、迫る剣を右手で抑えつける。そのまま左手で僕の眼を——。
「身体接触は、イデアオンラインの不同意接触規定で禁止されている。これは利用契約の一部だ……僕は利用契約も全部読むタイプでね」
荒い呼吸を整える……彼女は、フィーニスは僕の眼に触れようとした。
不同意接触規定が無ければ、どうなっていたか。
フィーニスは剣の攻撃を受けて吹き飛ばされた先で、右手をぷらぷらと揺らしながら、笑みを溢す。フィーニスの視線は、僕から揺らがない。
「私は利用契約もまともに読まないタイプ」
現実で怪我をする訳では無いからと言って、痛覚フィードバックを覚悟して剣を掴める人間なんて、イデアオンラインにどのくらいいるだろう。
ゲームとはいえ、現実と見まがう程の世界で、相手の眼に躊躇なく指を突き刺そうとするプレイヤーがどれだけいるだろう。
「不真面目だな……。——ここからは教導者ごっこは終わりだ」
フィーニスは、僕よりもこの世界に本気で生きているのかも知れない。
だとすれば、僕は教えるのではなく、彼女から学ぶべきだ。
「『ここからは本気だ』って事?」
「勇者は教導者よりも、挑戦者の方が似合っている」
フィーニスは態勢を整え、僕に向けて走り出す。
速い……ッ。
「それじゃあ、私は魔王とかになろうかな」
僕がバックステップで距離を取ると、フィーニスは手放していた大剣を再び掴み、その場に留まる。……今の速さは一時的に装備解除する事で大剣のAGIデバフをなくしていただけ。
だとすれば、装備切り替えの30秒ペナルティが発生する。勝機は逃せない。
「魔王か……悪くない。——30秒で終わらせる」
詰め寄る僕に、フィーニスは蠱惑の笑みを浮かべる。
ペナルティを逃げずに、迎え撃とうとする彼女の堂々とした振る舞いは、幼い魔王と称されても違和感を覚えない。
「否定してくれてもいいのに。……終わらなかったら、次の48秒で終わり」
「中途半端だな」
「あと一分十二秒」




