ep.15 英雄
しばらくお互い無言でケーキを食べる時間が続く。
〈ガトー・ド・オルテッサ〉はとてもシンプルな味で、単体では物足りないが、添えられたベリーのジャムを付けると、程よく甘酸っぱい風味と香りが感じられる。
そこそこに量があった所為で、食べ終わるころにはそれなりに時間が経ってしまった。
すっかり忘れていたが、私の知らない情報、魔族について知っている様子からウェルテルを案内NPCだと思っていた訳で……実際の所グランドクエストの情報はどこまで知っているのだろうか。
「あの、ウェルテル…さんは、どの程度グランドクエストの情報を持っているのか聞いてもいいですか」
ウェルテルは少し思案する仕草を見せて、芝居掛かった笑みで笑顔を浮かべる。
「呼び捨てでいいし、気を使う必要は無い。僕の知る黒の魔導士フィーニスは、無表情で達観したような雰囲気を持った、美しい神秘的な少女だからね」
ウェルテルからの評価が爆発的に上がって天井を突き抜けて行った気がするが、褒められて悪い気はしない。
「……それでいいなら、いいけど。それで、どのくらい情報をもっているの? 私は正直、オルテッサの街がこの街の名前だってことも知らなかったけど」
そもそも、草原の名前も森の名前も知らないし、グランドクエストの詳細を見るまで街の名前も知らなかった。唯一魔導士ハヴォイナの名前とリヴィディアという少女の名前しか知らない以上、会話フェーズで一生ハヴォイナを擦り続ける事しかできない。
「僕はこの街で情報収集を行って、かつての英雄たちの名を知った。その中で会えたのは黄金の守護者シャガルディだけだったが、僕は彼と話す事でオルテッサの脅威を知り、彼のスキルを伝授してもらった」
……スキルを伝授して貰うとか、あるんだ。
「それじゃあ、戦う術は知っている。という事ね」
「ああ。現状のイデアオンラインの上限レベルは30。僕はクエストを進めて行く内にレベル30に達した…上限レベルと英雄のスキルが現状用意できる最大限だとすれば、勝てない相手では無い筈だ」
「な、るほど…ね」
……私のレベルは19、ハヴォイナは戦闘になっちゃってヤりました。
──また胸にしまうことが増えた。全く、フィーニスというプレイヤーには困ったものだ。
「君はハヴォイナからは何を得られたか、詳細は深く聞かないが有効なスキルとかがあれば教えて欲しい」
「……ハヴォイナには、深く愛していたリヴィディナという娘が居た。
詳細は……深く聞かないで」
「……そうか」
ウェルテルが私に向ける評価は天井を突き抜けたかと思ったが、無事地上に着地したようだ。変に持ち上げられては困る。バランスを取れたと思えばちょうどいい。
「……魔族は強大な力で魔物を操り、オルテッサに攻め込んだが、かつての英雄たちによってオルテッサを落とすには至らなかった。とはいえ、無数に迫り続ける魔物をたった5人の英雄では抑え続ける事も出来なかった」
質では英雄が上回った一方、量では魔族が上回った、と。
結果的に、戦術で勝ったが戦略では敗北、戦争は魔族側に軍配が傾いているが終わってはいない状況という感じだろう。
「それで結界を張って耐えていた……けど壊れてしまった。そして今に至るという訳ね」
「ああ。今も変わっていなければ、魔族はローウェバル平原を越えた先、フナウプ峡谷のダンジョンに潜んでいるらしい」
「ローウェバル平原とフナウプ峡谷はどれくらい離れているの? ケーキを食べておいてなんだけど、時間は多分そんなにないと思う」
イベントは確かリアル時間で17時くらい、ゲーム内で体感7時間くらいたった感覚からするに、あとリアルで一時間半。ゲームなら三時間。
「ローウェバル平原は街の目の前、フナウプ峡谷はそこからAGI次第で約一時間、ダンジョンは十数分も歩けば見つかるはずだ」
森までは30分くらいだった気がする、それよりも遠いのか……というか街の目の前がローウェバル平原って、私の無知がえげつなくさらけ出されてる。
「一応、ローウェバル平原にある大森林の名前も聞いていい?」
「ヴェネテッラ大森林……それを抜けるとペガフェニオ山脈だ。フナウプ峡谷方面を進むとアフディンの断崖がある。そして、森林でも峡谷でも無く、平原を真っすぐ進むとアルレルネキオの湖がある……らしい」
「あるれるねるろ?あんまり覚えられないかも」
「当面の目標地点はフナウプ峡谷のダンジョン。それ以外は追々行くときにでも覚えたらいいさ」
「そろそろ向かおうか」と言いながら立ち上がるウェルテルを追いかける様に立ち上がり、横に並ぶ。
フナウプ峡谷のダンジョン……ハヴォイナ関連イベントは結局ダンジョンらしい場所は無かった、ついにダンジョン攻略となれば、気持ちが沸き立つ。
「歩きながら、互いの戦い方と、共有できるスキルについての情報を出し合おうか」
ウェルテルは歩きながら、片手で腰に下げた片手剣に触れる。
柄と鞘は宝石が埋め込まれ、全体的に金で飾られた剣は、一目でただ物では無い雰囲気を感じる。
「僕の武器はこの〈シャガルディに捧ぐ典礼儀剣〉。見ての通り、高価な品だが……実際はただの儀式剣なだけで、性能は高くはない」
あからさまに強そうな見た目と名前で強くない事があるだろうか……。疑うような目で片手剣を見つめる私に、ウェルテルが少し笑みを漏らす。
「唯一の品だが、ユニークでも何でもないイベント武器だ。気になるなら、一度渡そうか?」
「大丈夫。……それと、私の武器は〈侵食の魔剣〉。重量武器区分の大剣だから装備してしまうとAGIが1になって、まともに歩けなくなる」
ウェルテルの笑みが深くなる。嘲るというよりは、純粋に嬉しそうだ。
「お互い、個性的な運命を歩んでいるな」
ウェルテルの笑みは同類、同志を見つけた嬉しさの表れから来ているようだが、私のスキル構成を聞いても笑って居られるかな。
「攻撃スキルは大剣用が二つ、自己バフが二つ、バフ・デバフ系の魔法が三つ。攻撃魔法はない……大剣スキルの一つは初期スキルで、自己バフのスキルはCDがあと18時間くらい残ってる……」
実質今使える物は5個だけ──弱すぎて私自身が絶句した。
ウェルテルもさすがに驚いている、五人しかいない新たな英雄の一人が黒の魔導士とは名ばかりの、雑魚の魔剣士だとは思わなかっただろう。
「何と言っていいのか……僕よりも個性的な運命の下にあるのかも知れないな……だが、信じて歩む先に望む君自身を形作る筈だ……僕は応援している」
先程の私の台詞を応用して慰め対応をするウェルテル……勇者適正:大といった所か。別に嘲笑の反応でも構わなかったが、勇者云々を抜きにしても根本的に優しい人なのかも知れない。
「今の状況も含めて、数奇な運命を楽しく歩いているから、変に気を遣う必要は無いけどね。それで、貴方のスキルも教えてくれる?」
「あ、ああ。僕は基本的に前線でパーティをカバーできるような構成に、僕一人でも戦えるように幾つかの攻撃スキル、魔法スキルを持っている……スキルの数は、結構多いが、使わないスキルもそれなりにある、実際の戦闘でどれを使うかはその時次第という感じだ」
オールラウンダー、バランス型勇者ビルドって感じの雰囲気だろうか、武器が弱かったとしても、私よりは確実にまともな構成だ。
「それなら、貴方がヘイトをキープして、私が背中から殴る。……他の英雄も探す必要がありそうだね。勝てる気がしない」
ヘイトが向いていない分、予期しない攻撃に巻き込まれる可能性がある。なによりソロで挑むコンテンツと違い、パーティコンテンツだとするならば、範囲攻撃やギミックがあると考えられる。
だとすれば、私は正直荷物になりかねない。
「翠緑の射手の女性には会った。彼女はDEXに特化したクラフトメインのプレイヤーだった為、グランドクエストの進行が難しくて時間切れになってしまったと話していた」
それは、災難だ……。
「碧翼の走者は、『早い者勝ちだから、ゆっくり追いつきなよ』と走って行ったよ。協力は……どうだろうな、もう一度見つけられるか分からない。緋色の闘士はまだ見ていないな」
AGIの人も癖が強そうだ……。
結局、一旦は二人で進むほかないらしい。
「それじゃあ、何も気にせず突撃してみる?」
「その他ない。が、このまま向かっても少し時間に余裕がある……君さえよければ、一度PvP、模擬戦闘をしてしないか?」




