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ep.14 ロールプレイヤー

 ウェルテルからケーキを受け取ると、ウェルテルは再び黙り込む。……独り言が始まるまで、手を付けないほうが良いだろうか。


 「……ロールプレイは孤独だ」


 「英雄、魔法少女、勇者、王様。皆が憧れて居ながら叶わない夢をゲームでなら叶えられると思っていた。でもそうじゃない、皆はただゲームを楽しんでいるんだ」


 「タンク、アタッカー、ヒーラー、バッファー。それらはゲームの役割に過ぎないし、戦士、魔法使い、僧侶はそれらを表す記号に過ぎない」


 食べながらで大丈夫、と促すウェルテルに軽く頷いてケーキを口に運ぶ。独り言が終わるまでは、素直にケーキを味わう事にしよう。


 「どんなに勇者を演じても、勇者という記号が存在しない限り、僕はただの戦士の記号を背負ったタンクという役割に過ぎない──それでいいんだ」


 「語尾ににゃあにゃあと付けたから、ござると言ったから、猫の様に扱って欲しい訳でも、侍だと扱って欲しい訳でも無い。目立ちたくてやっている訳じゃない」


 「存在しない役割と記号を背負うのは、意味の無い行為かも知れない。扱いづらく、関わり難い人間で、度々触れる程度が面白いエンターテイナーに見えるかもしれない」


 「それでも。嘲笑の的になっても、否定されても、拒絶されても。僕だけは僕自身を勇者だと信じたい……僕はピエロじゃなく勇者を演じたかった」


 そういってケーキに手を付けるウェルテル。

 独白をどう受け取るべきか、グランドクエストでリヴィディナを演じた私が思うには……好きにしたらいい。と思う。

 必要に応じて演技をして、楽しければ続ければいい。

 だから、結局のところ、ウェルテルの独白は……どうでもいい。


 「どうして、その独り言を私に?」


 ただし、会って数分の関係で意味ありげな独白を浴びせておきながら、独り言を予防線に敷いているのは好きじゃない。

 すり寄って来た野良猫を撫でようとして威嚇された様な、何とも言えない気持ちになってしまう。


 「出会いは勘違いだったが、君は〈黄金の守護者ウェルテル〉に、イデアオンラインの世界観に合わせて態度を変えて接していた……同士だと思った」


 ……黒の魔導士と名乗ったことを撤回したい。

 ウェルテルを否定する訳では無いけれど、意図せず同志として捉えられてしまったのは、少し恥ずかしい。


 「……私がクリアしたグランドクエストは演技した方が有利だったので、普段から〈黒の魔導士フィーニス〉を名乗っている訳では無いです」


 「それは、何となく分かっていた。それでも、演技を手段にいれるプレイヤーはそう多くは無い。――目的の為に演じた君から見て、演じる事を目的にした僕がどう見えるのか、興味があった」


 否定すれば、私を理由に止めるかもしれない。

 肯定すれば、私を予防線にするかもしれない。


 「迷惑を掛けないなら好きにしたらいいと思います」


 「そうだね。好きにしたらいいんだ、演じる事も、否定する事も。

 それでも、少し疲れていた……迷っていた」


 ……好きにしたらいい。とは言ったが、実際の所ウェルテルの葛藤は私自身にも刺さる。INT全振り大剣ビルドなんて、例えば私と同じステータスで攻撃魔法を使っているプレイヤーとの与ダメージは天地の差だろう。


 そうなれば、大剣を使って戦う私は、他プレイヤーからは迷惑行為とみられても仕方ない、方向性は違うかもしれないが、ウェルテルの悩みはそう言う物に近いのかも知れない。矜持を通せば道理に反する事もある、という感じだろうか。


 「『決断一つ一つが、この広大な世界でのあなたの運命を形作ります』と、案内人に言われました。勇者を演じる貴方が迷いなく運命を歩むなら、運命が貴方を形作る筈です。──いつかどこかで、勇者の演者ではなく、勇者の貴方に変わる」


 結局、最大限の配慮やモラルの遵守は当然としても、ログアウトボタン一つで崩れる世界なんてのは、楽しんだもの勝ちだ。

 INT全振りなのに大剣を使っている変なプレイヤーという認識は、それがフィーニスというプレイヤーなんだと言われるくらいに上書きしてしまえばいい。


 「だから……勇者になればいい。勇者になってしまえばいい。嘲笑、否定、拒絶に心折れるのが勇者なら、折れればいい。はねのけるのが、受け入れるのが勇者なら、そうすればいい。これがウェルテルだと、それが勇者だと示せばいい」


 少し格好をつけすぎたかも知れない、急に恥ずかしくなってきた。なんにせよ勇者にルビでウェルテルと振られるくらい頑張って欲しい。

 折角、現実とは違う世界で楽しんでいるんだ、どんなプレイヤーが居たって良いと思う……迷惑を掛けなければ。


 「……ゲームじゃなければ、涙がこぼれていた。嬉しくて泣きたいのに、ゲームシステムの所為で涙が落ちない……でも、よかった」


 ウェルテルはくしゃりとした、幼い笑顔で私を見る。

 言う通り、涙があふれていても可笑しくない笑顔。


 「ここで涙を流すのは、僕の信じる勇者じゃない。

 心で泣いて、笑顔で居続ける──それでも僕は、もうピエロじゃない」


 これで何かが変わる訳じゃない。結局彼は今まで通りの勇者をこれからも信じて、演じ続けるのだと思う。

 それでも、彼が自分の中で整理を付けたなら、それでいい。


 「……急にこんな話をしてすいませんでした。自分勝手で迷惑な事だけど、貴方と話せてよかったです。本当に、ありがとうございます」


 恥ずかしそうに鼻を擦るウェルテル……『彼』の中身が漏れ出ているが、あえて触れるようなことでもない。

 胸にしまっておく……ゲーム初日だというのに胸に言葉を仕舞いすぎて、そろそろ胸中の整理をしたいくらいだ。


 とはいえ、水を差す事は言わないし、気分次第では適当な事を喋る。


 「これがフィーニスというプレイヤー。って事だよ」

大変遅れました。この話が必要かどうか迷ってました。

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