ep.10 グランドクエスト-2
……推理ゲームは嫌いじゃない。ちょっとした会話の節々の違和感、情報を収集して答を導き出した時に得られる達成感や万能感は、むしろ大好き。
だけど、それは推理ゲームだと分かっていたらの話であって、こんな急に推理パートが始まるなら事前に教えて欲しい。
まずは、現状を整理する必要がある。
‐ハヴォイナとリヴィディナは親しい関係にある
‐ハヴォイナは過去にリヴィディナを手にかけた、それはリヴィディナが何かしらの事情を背負って、ハヴォイナを迎えに来た時の出来事。
‐ハヴォイナはリヴィディナに大切な言葉を贈った。
‐ハヴォイナはリヴィディナを呼び捨て、もしくはお前と呼ぶ。リヴィディナは呼び捨てで呼ぶが、過去は名前以外の特別な呼びかたをしていた。
ここから導かれる結論……恋仲、もしくは夫婦とか?
だとすれば、リヴィディナが呼んでいた可能性が高いのは。
「だ……ダーリン(はーと)」
…………空間を静寂が支配する。
ハヴォイナは……顔を抑えてうずくまる。微かに漏れる唸り声は、決して哀しみや嬉し泣きの嗚咽ではない。純粋に怒りの感情を発露させている。
「リヴィディナは。──娘は私をそんな風に呼んだりはシナイッ!」
ハヴォイナの叫びと共に、広間の四方に描かれた魔方陣の全てが強い輝きを灯す。推理フェーズはおおむね失敗。戦闘は避けられそうに無い。
大剣を握る手に力を込めて身構える。
「将来の夢はお父様と結婚、なんて」
「ダマレニセモノォォ!!」
「〈フルスイング〉!」
──距離が近い内に先制攻撃を仕掛ける。が、大剣が当たるよりも早く、ハヴォイナから発せられた衝撃波に、強制的に吹き飛ばされる。
態勢を整えて見上げた先には、無数に浮かぶ魔方陣。
咄嗟に横に転がるのと同時に、無数の炎の玉や氷の矢が魔方陣から射出される。
判断が遅ければ、早々に貫かれてダウンしていた。
「〈アストラルコーパス〉〈アブソルプティオ〉……戦闘の度に転がってばっかりな気がする……」
ハヴォイナの頭上に再び無数の魔方陣が出現するが、先程とは違い魔方陣の出現に時間差がある。一点突破ではなく、制圧射撃に切り替えたのだろう。
魔方陣から射出された巨大な炎の玉を横に避ける。爆風でMPが削られ、体が吹き飛ぶが、あえて抵抗せずに飛ばされる事で飛距離を稼ぐ。
吹き飛ばされる体を追いかける様に、ドッドッドッドッ。という鈍い着弾音が地面を抉る。炎、氷と交互に射出される魔法、眼前には氷が迫っている──〈フルスイング〉。
巨大な氷の矢を大剣で弾き、モーションの無駄を前転で回避。背後で爆発する炎の玉の風圧を受けてハヴォイナへと距離を詰める。
「インベントリ、ゴブリンの棍棒」
森林に来る道中で拾った棍棒をアイテム化、炎の玉へと目掛けて投げ付ける。
──狙い通り、棍棒に当たった炎の玉が爆風をまき散らす。
爆風は視界を遮ると共にハヴォイナを巻き込むが、黒い球体がハヴォイナの身を包む事でダメージは防がれた。とはいえ、一時的に攻撃を止める事は出来たようだ。
正直勝ち筋は殆ど見えない。それでも、細い勝ち筋に縋る為には、小さなダメージを重ねて削りきられるのは避けなければいけない。
「リヴィディナ……なゼ攻撃してコナい」
ハヴォイナの呟きは、私に対する明確な問いかけだ。
どうやら会話パートはまだあるようで何より。今のうちに大剣をインベントリにしまい、初心者の大剣に切り替える。
「攻撃なんてしたくないんです」
装備切り替えはアクティブスキルに30秒のクールダウンペナルティが追加されてしまう為、この後に備えて出来るだけ会話を長引かせる必要がある。
何より、大剣で攻撃をする為には、まだ遠すぎる。
「アの日も、お前はそウダった……!」
「傷つけたくなかった、二人で一緒に──」
「チガう! お前はリヴィディナじゃない……リヴィディナは私がこの手で……!」
ハヴォイナの声が怒りに満ち、先程よりも巨大な魔方陣が現れる。
同時に、四方の魔方陣から一つ、光が消える。
CDはあと少し。じりじりと距離を詰めてはいたが、まだ遠い。攻撃に備えて、アブソルプティオの効果時間を上書きしておく。
ハヴォイナが虚空に手を伸ばす。
『天上の光、大地の祈り、満ちた願いに形為せ』
魔方陣から巨大な光輝く剣の柄が出現する。
詠唱を必要とする魔法は、発動までの時間がかかる代わりに強力な効果を及ぼす。詠唱を邪魔するか、仕留めるか……間に合わない。
『顕現せよ……闇穿つ──「お父さまっ!」』
卑怯すぎる手だけど、仕方ない。
「リヴィ…ディ…ナ……」と呟いたハヴォイナは茫然とした顔で硬直する。
それによって詠唱を放棄したと判断された魔方陣が砕け散る。当然隙は逃さない。
〈フルスイング〉で加速した勢いで大剣を飛ばす。ゴーレム戦と同じように飛んで行った大剣。ハヴォイナは先ほど爆風から身を守った時と同じように、黒い球体に身を覆う事でダメージを防ぐ。
それでいい。
黒い球体がスキルか魔法か、どちらにせよほとんどの行動にはCDが伴う。
大剣を外した事で私のAGIは11になる。短距離走程度のスタミナと、全力疾走には程遠い速度だが、ハヴォイナと私の距離を詰める程度なら十分すぎる。
大剣を飛ばすのと同時に走り出していた私にハヴォイナは眼を見開く。
走りながら装備画面を開き、ワンタップで武器を切り替えれる様にしておく。
「リヴィディナァァァァ!!」
ハヴォイナが掌をこちらに向けるが、近距離戦で魔法を使うには、もう遅い。
装備から〈侵食の魔剣〉を選択、掌に広がるドロリとした液体を握りしめ、出現した魔方陣ごとハヴォイナを撫で斬りにする。
まずは一撃。
「どうして、私を殺したの、お父さま?」
怯んだハヴォイナに向けて、大剣を切り返してもう一撃。
「リヴィディナァ……!ちガウ、リヴィディナは──」
『オマえミタイな化け物の様にはワラワナイッッ!』
叫びと共に発せられた衝撃波に、再び吹き飛ばされる。
……顔に怒りを向けられるのは傷つく。
吹き飛んだ先で態勢を整えるよりも早く、足に黒い帯が巻き付きガッチリと地面に固定される。
これは……拘束魔法。
ハヴォイナは防御魔法、ノックバックに拘束、詠唱魔法、私と違ってお手本みたいな魔法使いビルドだ……。
『天上の光、大地の祈り、願い蝕む闇を乞う、虚空に災禍を形為せ──』
先程とは違う詠唱が始まり、広間の全ての魔方陣が光を失うと、ハヴォイナの頭上に出現した魔方陣だけが煌々と輝き始める。高いINTが幸いして拘束魔法は早々に解けたが、この距離では何もできない。
『顕現せよ、浸食せよ……光穿つ血の剣──〈ディセイクリッド〉』
魔方陣から現れた巨大な剣は脈打つ赤黒い帯が纏わり付き、鈍い輝きを放つ。
天井を抉りながら迫る剣は、避けるとかそういう問題じゃないくらい範囲も広い。
〈アストラルコーパス〉は既に切れている、当たれば一瞬だろう。
だいぶ善戦したが、残念。
想定通り。
これが、私の考え得る唯一の勝ち筋……ハヴォイナの怒りを誘発して、出来るだけ強大な一撃を使わせる事。
左手を宙に掲げ、剣を受け止める気持ちで構える。
「リヴィディナ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛」
魔法が左手に触れた瞬間、即座にHPはゼロになる。
──同時にパッシブスキル〈不退転〉が発動し、蘇生する。
〈ディセイクリッド〉のダメージは、私を数十回、数百回は削りきれるほど強力だっただろうけれど……五秒間、私は死に続け、生き返り続ける。
2…3…4…
「〈不退転〉」
同時に〈アストラルコーパス〉を再発動。
幾度の死を乗り越えて強化されたステータスと〈アストラルコーパス〉によって、〈ディセイクリッド〉はMPを少しずつ削る程度に減少する。
──片手で握っていた大剣を軽く振りぬく。
大剣の一振りを受けた魔法が呆気なく砕け散り、光の残滓を残して消える。
一瞬唖然とした表情を見せたハヴォイナは咄嗟に、巨大な魔法障壁を複数同時に展開する。
私はゆっくりと、確実に当たるように、全力で大剣を投擲する。
魔法障壁が紙を破くかのようにバリバリと音を立てて砕けていくのが見える。
大剣はハヴォイナの展開した黒い球体の防御魔法すら容易く破り、腹部を抉って広間の壁に縫い付けた。




