ep.1 プロローグ
〈急上昇ワード〉
・現代のバベル
・VRサグラダファミリア
・イデアオンライン
・VRMMO
・大統領参戦
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えるぴなさん@elpina_3213
現代のバベルが延期しない?!
絶卍耐久@manji_111
開発発表から25年……もうおじさんになってしまった
たなかおじさん@tanakadesu_1215
VRサグラダファミリア!!
pururu@purururu
ついに覇権VRMMOがきた...! フレ募!!!
イデアオンライン公式@idea_pr
予定通りサーバー開放時刻は12時に行われます。
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私は適当に流し見ていたSNSアプリを閉じて、椅子に深く背をもたれる。
SNSで話題を席巻しているのは「イデアオンライン」というVRオンラインゲームだが、この話題が世間を賑やかせている事には幾つもの理由がある。
例えば、幾つかの真偽不確かな噂。
曰く、VR技術は元々このゲームの為に開発された。
曰く、急激なAIの進化はゲーム開発の副産物。
曰く、開発の為に天才を集めた機関が創設された。
曰く、イデアオンラインは、新世界だった。
そんな噂が付きまとうイデアオンラインは、世界中の注目を集め、進捗報告が公開される度にトレンドに乗る程の熱狂度合いを誇っている。
他にも、イデアオンラインはオープンβテストの予告を繰り返しているが、一度もβテストは行われない事で有名だ。
それどころか、法律や倫理に触れる問題を指摘される度に頓挫と延期を繰り返す。
そのため、「現代のバベルの塔」とも「VRサグラダファミリア」とも揶揄され、完成しない進捗状況を茶化すお祭り感も否めなかった。
そんなゲーム完成するする詐欺を幾度も繰り返したイデアオンラインだったが、ついに「ゲームが完成した」との発表があったとなれば、世間の話題がイデアオンライン一色になるのも仕方がない。
それも青天の霹靂とも言える発表内容、βテスター募集どころか、完成数日後には正式サービスが開始されるということで、世間は今日という日まで熱狂の渦に包まれていた。
「あと5分」
時計へと目を向けると、ほぼ12時を迎えようとしている。
盛り上がりを最高潮に迎えた世間の大半は既にVR空間でログイン待機を行い、抑えきれない興奮をVRキーボードに叩き付けて居ることだろう。
私はため息をつきつつ、部屋の中央に鎮座する巨大な機材に目を向ける。
〈V-FBSc〉の刻印を施された巨大な機械は、VRフルボディスキャニングカプセルと呼ばれ、本来は医療用機材だが、民間に販売される娯楽用VRヘッドセットと同様に、娯楽や教育目的でも使用可能とされている。
実際、私は幼い頃からあらゆる教育をVRで受け、ほとんどの娯楽もV-FBScを通して経験してきた。人生の大半をカプセルの中で過ごしたと言っても過言ではない。
それだけに、新規の、それも世間で話題のゲームが始まるとなれば、興味が脳裏にこびりつき、欲求が思考を絡め取るのも当然と言える。
それなのに、あと5分というところで椅子に全身を預け、二の足を踏んでいる理由がある。
基本的にオフラインゲームしかやったことのない私は、普段のコミュニケーション相手は両親とVRサポートAI、そしてゲーム内NPCだけだ。
オンラインゲームという環境で起こり得るプレイヤーとのコミュニケーションは、私にとって未知の塊でしか無いのだ。
――とはいえ。
「合わなかったら合わない、というのも一つ。とりあえずやってみますか」
実を言うと、既にダウンロードは済んでいるし、インストールが終わるまで暇つぶしにSNSを見ていただけだったりするのは秘密だ。
……そろそろインストールも終わる頃合いだろうか。
V-FBScに入り、脱力して目を閉じる。
「コード*****」
――認証、10秒後に意識転送を完了します。
目を閉じたままお待ちください。
フィィーンという駆動音。ピッピッピッと数回響く起動音が止まったのを確認し、先程までの自室とは一転して、何もないただ広いだけの空間で私は目を開ける。
――おかえりなさいませマスター
搭載されたサポートAIの無機質な声に「ただいま」とだけ返し、システムコンソールを展開する。
雑多に並べられた教育アプリに埋もれる様にインストールされた「イデア」と表示されたアイコンに触れる。
――行ってらっしゃいませマスター
サポートAIの音声が終わると同時に空間に亀裂が入り、ガラスの様に砕け落ちる。崩れ落ちた空間を塗り替える様に、徐々に草原の様な空間へと切り替わっていく。
『イデアの世界へようこそ新たなる旅人』
背後から掛けられた声に振り返ると、女性か男性か、どちらとも取れない様な中性的な人物が立っていた。
おそらくイデアオンラインの管理AIだろう。
「初めまして、貴方が案内役ですか?」
『その通り、私は自律思考AIαXV型。
アルファとお呼びください』
自己紹介と共に差し出された手を取り、AI……アルファと握手する。
アルファが静かに頷く動作を見るに、握手という意味で間違いないようだ。
少し気になる事もあって握手した手に力を込めると、相手も力強く応えてくる。
手応えには僅かな痛みが伴う。
現実と殆ど変わらない感触は、イデアオンラインに搭載された「痛覚フィードバック機構」によるものなのだろう。
握った手から目を逸らし、正面に立つアルファに目を据えると、目があったタイミングでほのかに笑みを浮かべた。
状況に則した細やかな表情変化もまた、自律思考型AIならではと感じる。フッと力を抜いて先ほどと同じように、静かに頷く動作を取るアルファ。
『察しが良くて助かります。ここへ訪れた方には、まず初めに自律思考型AIと痛覚フィードバック機構を体感して貰う予定ですが、その必要は無さそうですね』