8 河川敷と祥ちゃん
ちょっと長めです。
結局、いろいろ回ったけど、生き返ることは出来ませんでした。
まる。
え、簡潔すぎるって?
病院行って、そこにはもう遺体は無いって言われて、葬儀場に行って押し問答して何とか霊安室とかいうところに入り込んでみたものの、生き返るってどうすれば良いのかわからないし、身体が重なる様に寝て見たりしたけど、そんな事でどうにもならないでいると其うち偉い人が出てきて追い出されてしまったわけ。
ね、細かく説明したって結局結論は同じなんですと。
葬儀場からてくてくと歩いて戻る。
どこに戻るのかな。
今更学校に行っても仕方ないし。。。
ふと気づくと、見慣れない住宅街の中、たぶん学校までまだ半分ぐらい。路地の奥に何だろうコンクリの階段が見える。
あれ、この辺りって…
「あ、こら、どこ行くのよ」
祥ちゃんが呼んでる。けど、あたしは敢えてそれを無視して早足で路地に駆け込むと、目の前のコンクリートで出来た短い階段を駆け昇る。
「わぁー、やっぱり」
「何なのよ」
後を追って祥ちゃんが階段を昇ってくる。
「此処いら辺、昔よく来たよね」
短い階段を昇ると視界が開けて広い河川敷きが一望になる。ゴルフコースとか野球やサッカーのグラウンドなんかも在って、小学校から一番近い広場。昔はよく段ボールで土手を滑ったりしてた。
「そうだっけ?」
祥ちゃんは気がなさそうに答える。
「そうだよ。ほら、あの樹、秘密基地作ったじゃない」
丁度枝振りが良くって秘密基地って言うかツリーハウス?を作ろうとして小学校低学年女子の工作能力の限界ってのを切実に感じたっけ。
「うーん、そんな事有ったっけ」
「有ったよほら、黒田くんとか一緒に」
祥ちゃんは、あたしの言葉なんか全然聞こえなかったみたいな振りで、ゆっくりと土手を川上―家の方に歩き出す。本当は全部覚えてて、あたしの言った事だって聞こえてる筈なのに。
相変わらず意地っ張りで可愛いんだから。
あたし達は陽が暮れるまで土手に座ってボケッと過ごした。
祥ちゃんがどっかから拾ってきたダンボールを敷いて。スカートはすこし汚れたけど、気にもしなかった。
あたしはそれ以上昔の話をするのを止めた。祥ちゃんが無理に「知らない」「覚えてない」って振りを繰り返さずに済む様に。
月曜の昼間だってのに、河川敷きには結構色んな人たちが入れ替わり立ち替わりやって来ていた。飼い犬の散歩をしているおばさんや定年を過ぎたおじさんは、まあ分かるとして、若い人や、会社はどうしたのかなって思うようなおじさん達。まあ、あたし達も向こうから見れば「何してんだろう?」なんだけど、実際は誰も他の人の事なんて気にもしていないみたいで、何だろう不思議な空間。
あたし達はダンボールの上で、時には寝転んで気持ちのいい川風に吹かれてのんびりと過ごした。
あたしが、死んじゃった事も、どうして此処に来なくなったのかも、みんな一時忘れてただただゆったりと。
◆ ◆ ◆
「おかえり、遅かったわね」
陽が翳ってから祥ちゃんの家に帰ると小母さんが言った。もちろんその相手は祥ちゃんで、あたしじゃ無い。
「あんまりふらふらしてちゃ駄目よ」
祥ちゃんたら、うーん、まあねぇとか適当に相槌を打ってる。仲は悪くない筈だよね、6年間の付き合いだけど、小母さんと祥ちゃんが二人だけのときの会話って聞くの初めて。祥ちゃんはともかく、小母さんにはあたし見えないし。家のお母さんとか友達が居るときとそうじゃ無い時で結構違うからな。
「明日、お通夜だって…行くんでしょ」
「うーん、まあ、多分」
祥ちゃんのいい加減な受け答えに、小母さんは何だろうすこし心配そうな視線を向けるけど、
「お風呂入っちゃいなさい、沸かしてあるから」
それ以上何も言わない。
言われるままに素直にユニットバスの洗面所兼脱衣所に入った祥ちゃんがあたしを手招く。一人で置いとくと不安だからかな?促されるままにあたしも祥ちゃんに続く。
祥ちゃんったら引き扉を閉めもせずに、ファスナーを開けてスカートを落とす。いくら小母さんしか居ないからってそれは無くない?そんな事思いながら後ろ手で扉を閉じる。
「何やってんの、あんたは」
セーラー服にかけた手を止めて祥ちゃんが尋ねる。
「え、何って?」
扉閉めちゃいけなかったのかな?何か津村家のルールを犯しちゃった?
「風呂入れって言われたでしょ」
そんな的外れな事を考えてると、祥ちゃんがもっと思いがけない事を言う。
「えー、無理だよそんなの」
「何が無理なの?」
全然不思議そうな表情で祥ちゃんは小首を傾げる。
「あたしユーレーなんだよ」
「さっさと脱ぐ」
あたしの抗弁に全然取り合ってくれないで、祥ちゃんは実力行使に出る。
「ちょちょっとぉ」
祥ちゃんは強引にあたしのセーラー服の裾に手をかけて引っ張りあげる。抵抗する間もなくあたしの視界が真っ白になる。でも、その状態で止まっちゃう。祥ちゃんが力任せに引っ張るけど、全然抜けない。
「わかった、わかった、自分でやるから!」
たまらず、悲鳴を上げる。
「最初っからそう言えばいいのに。」
◆ ◆ ◆
ふー、生き返るー。
「一緒にお風呂入るのなんて何年振りかな」
肩までしっかりとお湯に浸かってあたし。
「んー、修学旅行以来?」
祥ちゃんが適当に相槌を打つ。まあ確かにそうなんだけど、あたしが思ってたのはもっと昔の事なんだよね。
「そおいうんじゃあ無くって、祥ちゃん家とか家とかの狭いお風呂にぎゅって入ったのってすっごい久し振りでない?」
小学校の低学年の頃、お泊まり会と称してお互いの家を行ったりきたりしてた頃には一緒に入ってたけど、高学年になってからはお互いの家を行き来するのは変わらないものの、さすがに一緒に風呂に入るってのはやってなかった。
「あの頃は二人で入ってももっと広かったよね」
今じゃあ二人して膝を曲げて相手の腰の脇に爪先を突っ込んで何とか入ってるけど、小学校の頃は二人で一緒に入っても全然余裕だった。
「祥ちゃんお尻おっきくなったでしょ」
「それ美也の方じゃん」
祥ちゃんは言うけど、実は祥ちゃんのスリーサイズ、5年生の時からぐんと変化してる。あたしも多少は成長したんだけど、相変わらずの幼児体型のまま。不思議だよね、3年生のときはあたし達も黒田くんもあんまり変わらなかったのに。祥ちゃんは胸も腰もふっくらと膨らんで、もともと贅肉なんか無かったウエストは相対的に細くくびれ、細く長いだけだった手足も柔らかく女の子らしくなった。黒田くんもいつの間にか肩幅が広くなり、声も低くなった。祥ちゃんなんか、しばらく殆ど話して無かったから、入学式の後の自己紹介でびっくりしてたよね。
「もう出るね」
しばらくするともう熱くなって、あたしはふらふらとお湯から出る。どっちかって言うとカラスの行水タイプで、あんまり長くお湯に浸かってるとすぐにのぼせちゃう。祥ちゃんはって言うと、目を細めてまったりとお湯に浸かったまま。
あたしは何にも考えずにシャワーに手を伸ばす。けれど、あたしの指先はシャワーヘッドを掴めずすり抜けてしまう。茹だってボーっとしたあたしはなんだかよく判らずに何度も繰り返す。
「どした?」
あたしの不審な動きに祥ちゃんが頭を廻らせる。
「うまく持てない」
訴えるように言うあたしに、祥ちゃんは何も言わずに湯船から手を伸ばしてシャワーヘッドを掴む。
「ひゃあ!冷たいって!」
祥ちゃんが混合水栓を捻るとシャワーヘッドからお湯になる前の冷たい水が噴出す。祥ちゃんたらちゃんと自分は避けてるんだからずるい。
おもわず、手を伸ばしてシャワーヘッドを奪い取る。
「たく、もう」
吹き出す水流の温度を片手で確認しながら祥ちゃんをにらむ。
カラン
右手に持っていたはずのシャワーヘッドが転がり落ちる。
変な向きに噴き出すお湯に慌てて取り上げようとするんだけど、あれ、持てない。
「何やってんの」
祥ちゃんが拾って渡してくれる。
今度はちゃんと持てた。
よくわからないけど、また落とすと嫌なのでホルダーに戻しておこう。
◆ ◆ ◆
夜も夕食が終わると祥ちゃんは早々に自分の部屋に引き上げる。そんでまだ9時前だってのに早々にベッドに潜り込む。
「もう寝るの?」
小学生じゃないんだよ。
「今日は疲れちゃったし、ほら!」
そう言って自分の横に開けたスペースをポンポンと叩く。一緒に寝ようってのは判るけど、狭くない?
「大丈夫、二人でもくっついてれば平気だから」
うーん、昔もそんな事言ってたような記憶が有るんですけど。ま、いいか。
言い争っても仕方ないし、一緒に寝るのがダメだって言うと床に寝るしかなくなっちゃうのであたしはおとなしく祥ちゃんが開けたスペースに滑り込む。
「あ、電気」
祥ちゃんが叫ぶ。
もう、先に言って欲しいな。あたしはベッドを抜け出して天井の照明器具から延びた紐を二回引っ張る。
明かりが消えると部屋の中は急に暗くなる。マンションの外廊下の常夜灯の明かりが薄手のカーテン越しに部屋の中を薄ぼんやりと照らすだけ。
出窓に並んだぬいぐるみが逆光になって少し不気味かも。
「何してんの?」
明かりを消したままぼーっと立っているあたしを祥ちゃんが呼ぶ。
「何でもない」
あたしはそう答えるとそそくさと祥ちゃんの隣に滑り込む。
「なんか、へんな一日だったね」
祥ちゃんが闇の中で呟く。
「次に目が覚めたら今日の朝で、全部夢だったりして」
「うん、そうだね、ほんとにそうだと良いね」
あたしは暗闇の中で頷く。
「だけど、こんなに長い夢見たこと無いからきっとみんな本当の事なんだよ」
「…そうだね」
祥ちゃんは渋々とあたしの言葉を認める。
明かりの消えた部屋、狭いシングルベッドに2人。それ以上何を話すでもなく、だからってそう簡単に眠れる訳も無い。
「祥ちゃん」
「何?」
祥ちゃんもまだ眠っていなかったんだろう、返事はすぐに返ってきた。
「今日はありがとう。あたしの事ちゃんと見つけてくれて。
祥ちゃんがあたしの事見つけてくれたから、だからあたしここに、こうして居られるんだよ。祥ちゃんがあたしを見つけてくれなかったらあたしはきっと今でもあの教室に座ってたか、今頃は天国に行ってたのかも」
「あたしは何にもしてない。美也が居たから話しかけただけだし。
まさか…こんなんだと思ってなかったし」
明かりの消えた見慣れた祥ちゃんの部屋で天井を見ながらあたしは考える。
祥ちゃんはもう静かに寝息をたてている。
改めて思う。祥ちゃんは、すごい女の子なんだって。
小学校1年のクラスで初めて出逢ったときから祥ちゃんは先生にも6年生にも負けない強い女の子だった。自分が正しいと思ったら―そしてそれってほとんどの場合、祥ちゃんの方が正しいんだけど―祥ちゃんは絶対曲げない。力や立場で負けても、想いは負けない。
でも、みんなはそんな祥ちゃんを暴れん坊のガキ大将とおんなじに見てた。正しくないことでも力に任せて従わせる6年生と、力がなくても正しいことを主張する祥ちゃんが同じに扱われてた。なぜって、祥ちゃんの「正しい事」は先生や6年生だけじゃなくって、あたし達にもおんなじように向けられたから。間違った言葉にもそのままなんにも考えずに「先生が」「6年生が」って従ってたあたし達も祥ちゃんにしてみれば「正しくない人達」の仲間で、だから祥ちゃんの言葉はあたし達にも向けられて、傷ついたあたし達は祥ちゃんを「変な子」扱いして仲間外れにしてた。
それでも祥ちゃんは独りぼっちになっても闘っていた。嫌だけど6年生の言うことをきいてそれで陰でもんく言ってたあたしはそれを見てすっごく恥ずかしかった。恥ずかしくて、悲しくて、そして情けなかった。
だからあたしは祥ちゃんにごめんなさいってして、それから祥ちゃんが正しいって皆に判ってほしくて、いつまでも祥ちゃんが誤解されたままでいるのが嫌だったから、だから言ったの「駄目だよ」って。このままじゃだれも祥ちゃんの事分かってくれないよって。
みんな祥ちゃんが正しい事、本当はわかってるけど祥ちゃんみたいに勇気が無いから、でもきっと祥ちゃんの味方になってくれるから、正しさを振りかざして攻撃しないでって。
そんなことを小学1年生のあたし慣れない難しい言葉を使って一生懸命伝えようとした。最初は馬鹿にした目で見てた祥ちゃんも、あたしが何度も言った「駄目だよ」って言葉に少しずつ頷いて、皆に謝ったり、判りやすい言葉で説明しようとしたりしてくれて、そうして皆が祥ちゃんの事すごいねって言ってくれるようになって、あたしはすごく嬉しかった。
今朝、あたしは今と同じ暗い中に居たんだ。
あんまり良く憶えていないけど。
何人かの生徒が登校して来て、でも誰一人あたしに気付いてくれなかった。
あたしもそれを不思議に思わなかった。
やがて、祥ちゃんが教室にやって来た。
白いセーラー服を涼しげに着こなして、学校指定のスクールバックを大きく振って、元気良く教室に入ってきて元気に「おはよう」って言ってくれた。
その澄んだ声があたしを揺るがしたんだ。
それまでも登校した生徒が誰も口を開かなかった訳じゃないけど、それはあたしにはただの雑音にしか聞こえなかったの。
でも、祥ちゃんの言葉は違うの。あたしの心を揺さぶって、ぼんやりと半ば眠ってたあたしを揺り起こしたんだ。
真っ直ぐにあたしに向かって歩いてきて笑いかけてくれた。
その笑顔で、ぼんやりと精彩を欠いていた教室の風景が一変したの。
もし祥ちゃんにもあたしの事が見えなかったらいったいどうなってたんだろう?
ずっと教室に座ったまま誰かが話しかけてくれるのを待ち続けてのかな?
それとも、和ちゃんや先生の話を聞いて自分が死んじゃったんだって分かってそしたらあたしは成仏ってのをしてたのかな?
おとうさんやおかあさんにも、祥ちゃんにも会えなくなってたのかな?
どっちも嫌だな。祥ちゃんにしか見えなくても、祥ちゃんとしか話せなくても、この方が全然いい。
続きは明日のこの時間に
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