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7 疑問と質問

 すっ飛んで消えてしまったショコと入れ替わるように、予鈴と共に開け放しの前扉から担任の亮子りょうこ先生が入ってくる。

「どうしたの、席に着きなさい」

 いつもなら大半の生徒はちゃんと自分の席に座ってるし、残る数人にしたってチャイムの音に慌てて席に付くのに、今日に限ってはチャイムの音にすら気付いていないんじゃないかって感じ。

 パンパン

 亮子先生が大きく手を叩く。

 ハッとした様にみんなが先生の方を向いた。

「何、いったいどうしたの?」

 先生は何となく生徒の中心で注目を浴びている男子に視線を向けて訊ねる。

「え、あの、…何でもありません」

 男子生徒がそう答えると、周囲で席を離れていた他の生徒も席に付いた。


 亮子先生が出席をとる単調な声と、生徒たちの「はい」という答え。

 最後の生徒を呼んで、亮子先生は出席簿を閉じた。

 亮子先生はそうして、すこし目を伏せて溜め息をつくと、改めて視線をあげて教室を見回した。

「悲しいお知らせがあります」

 普段なら出欠の前に連絡事項を伝えるんだけど、今日は順番を逆にした。

 それは、お知らせの後じゃ、まともに出欠なんて取ってられないから。

 そこで亮子先生は一度鼻をすする。よく見ると目元もうるうるだ。

「一昨日、根岸さんが自動車事故に遭ったそうです。お家の近くの道路で事故に遭い、救急車で病院に運ばれましたが…間もなく…亡くなったという事です」


 教室の空気は何だか微妙。

 亮子先生もちょっと怪訝そうに教室を見回す。

 普通なら驚きとか悲しみとかもっと見えたっていいはず。

 泣き出す女の子の一人や二人居たっていいはずだけど、そのまえの一幕の刺激が強すぎたって事なのかな。

 まあ、でもだからって亮子先生が何か言うって程の事でもない。

 そのまま、なんとも締まらない感じで朝のホームルームは終わってしまった。



  ◆ ◆ ◆



「なにむつかひいかおしてんの?」


 お昼休み。

 普段なら、美也とショコと一緒にランチタイムになるんだけど、本日は一人きり。

 で、誘ってくれた三人とお弁当を広げての昼食タイム、机を動かして即席の大テーブルの向かいの席からヒデミが訊いてくる。口の中に物入れながら喋んのってあんまり良くないと思うけど。男子いるし。

 ちなみに、ヒデミの質問てか問いかけは正確には「何難しい顔してんの?」だ。

「別に、何でもない」

 あたしは咀嚼していた唐揚げを飲み込んでから答える。

「ふーん」

 実は大して興味が有った訳でもないのか適当な相槌を打つとヒデミはまた小さなお弁当箱からご飯をぱくりと口に入れて訊ねる。

「みやひゃんのゆーれーって、あれホント?」

 その一言に昼休みの教室のざわめきが小さくなる。

 あたしはプチトマトに伸ばしかけた箸を止めてヒデミを見る。

 口いっぱいにご飯を頬張りながら、ヒデミの視線は小さなお弁当箱のおかずに注がれている。

 次はどれを食べようかって逡巡するように彷徨う箸の動きは、まるで今訊いた事なんて別に大した興味は無いんだけど、まあお昼の雑談の話題ぐらいにって風情なんだけど、そう簡単にあたしは騙されない。

 一瞬あたしを見て慌てて逸らした視線とか、オデコにうっすらと浮かんだ汗とか、何よりもこのテーブルも含めてクラス中が完全にダンボになってるから。

「さぁーねー、あたしは霊媒師じゃないから」

 なんとなくはぐらかす様に答えてしまう。多分、訊きたいのはそう言う事じゃ無いの判ってるんだけど。

「…津村さんには見えてたんだよね」

 右から堪らずによっちゃんが切り込んでくる。

「そーじゃない、でなきゃあんなになんないって」

 あの状況はみんな見てたんだし、多分おんなじ事思ってる。

 あたしはヘタを取ったプチトマトを箸で掴むと口の中に放り込む。

 少し青臭い香りが口の中に広がる。左の頬を膨らませて、奥歯で丸い塊を潰す。

 うん、ジューシー。

「和美…」

 焦れた様にお京さんが左から迫る。

 でも別に焦らしてる訳でも無いんだけど。

 ヒデミももう興味有りませんってポーズを続けられなくなったのか、手も口も止まってあたしを見てる。

「あんたがショックなのは判ってるけど、あたし達だって美也ちゃんの事は驚いたし悲しいけど、今朝の事はそれ以上に気になるじゃない、あんたが二人とは一番仲が良いんだし、何か知ってるんなら教えてよ」

 ヒデミ撃沈、よっちゃんはかわされ、それでお京さんはストレートで真摯なお願い路線で来た訳だ。

「お京さんまでそんな事言うんだ」

 あたしは、軽く嗤いながら答える。


 お昼のテーブルに誘ってくれたから何にも考えないで仲間に入れて貰ったけど、まあ一番無難って言うか自然なグループなんだけど。

 ヒデミやよっちゃんはともかく、お京さんまでがこんなに興味本位で訊いてくるなんて思っていなかった。どっちかって言うとそういう噂話とか嫌いな方じゃなかったっけ?

「やっぱ、今朝の騒ぎを直に見ちゃうとね、この子らの気持ちも判るし」

 って素直に言って来られるとそうそうはぐらかす訳にもいかないか。

 でも、みんな多分誤解してる。あの二人と一番仲が良いのは、あの二人。美也の一番はショコだしショコの一番は美也。あたしなんか、せいぜい周回遅れの二番手。すぐ後ろにはクラス全員迫ってるって感じ。てんで勝負になんかなんない。

「ショコは嘘なんかつかないよ」

「そりゃ判ってるわよ、けど」

 お京さんは即答する。そんな事は判ってるんだって。だったらあたしに訊きたい事なんて決まってる。

「あたしには、見えないし、聞こえないし、勿論触れもしないから」

 あたしは事実を告げる。

 ショコには見える美也の姿はあたしには見えない。

 ショコには聞こえる美也の声が、あたしには聞こえない。

 ショコには触れる美也の身体。あたしには触れない。

 それを認めるのは結構辛い。

「だけど、きっと、美也は居る。ショコは嘘なんかつかないし、…美也ならショコに会いに来たっておかしくない」

 あたしに会いに来たとは思わなかった。

 美也はショコに会いに来たんだ。

「…そうだね」

 あたしの言葉に納得したようにお京さんが呟いた。

「そうすると、もう一人気になるんだけど」

 うん、そうだね。あの時もう一人美也の声を聴いた子がいた。

 あたしにも聞こえなかった声を。


 あんまり目立つ子じゃない。

 女子をからかったりすることも無いけど、だからって避けてるわけでもない。

 女子とはあんまり話してるところを見ないけど、以前たしか、美也と話をしてた。

 まあ、美也と話をした事のないクラスメイトなんて居ないけど。

 そうだ、美也達とおんなじ小学校だった筈。

 というわけで、あたしは残ったご飯を急いで平らげるとお弁当箱を閉じて席を立つ。


 教室のダンボ具合が一段と昂まる。

「黒田君。今朝、美也と話ししてたよね?」

 教室中の音が消えた。

「どうして?」

 黒田、弘志って言ったっけ。確か。彼が齧りかけのコッペパンを離してこちらを見る。

「どうしてって?」

 ああ、質問の仕方が変だったかな。

「どうして、黒田君は美也と話が出来たの?ショコ以外、だれも美也の声なんて聞こえたなかったのに、なんで、黒田君は聞こえたの?美也とどういう関係?」

 多分、初めてまともに話す相手に対しての訊き方じゃないけど、疑問は明確にしないと必要な情報は取れないからね。

「何で聞こえたのかって言われても、根岸さんの声が聞こえたとしか言いようがないよ。別に根岸さんとはただのクラスメートだし。」

 そんな答えじゃ全然納得できないんですけど。

「じゃあ、最初から美也の声が聞こえてたの?あたしとショコが話してた時、美也なんて言ってた?」

「声が聞こえたのはあの時が初めてだよ、『黒田君』って呼ばれて、その、ちょっと質問されただけで、その前には何にも聞こえなかったよ。」

「質問?何聞かれたの?」

 死んで、幽霊になった事で大騒ぎしているあの時に、ただのクラスメートに質問?

「それは、その、プライベートな事だから言いたくない」

 それもプライベートなやつだって、めっちゃ気になるんですけど!

 ん、なんだ、よっちゃんが何か呼んでる。

 黒田君は簡単に答えてくれそうも無いし、追求するのは一旦止めておくか。


「なに、どうしたの?」

 お弁当を広げたグループに戻って、よっちゃんに尋ねてみる。

「あのね、ちょっと思い出したんだけど、黒田君って昔、津村さんと噂になったことがあったんだよね。」

 声を潜めるようによっちゃんが答える。

「噂?」

「うん、4年生位の頃、あたしは別のクラスだったんだけど、同じクラスにいた友達から『二人はアチチ』だって」

 アチチって。

「でも、二人とも完全否定して、その後は一切話もしなくなったって」

 そういえば、朝も完全に無視してたな。

 あの状況で、美也の声が聞こえてるらしい仲間なのに、変だよね。

 逆にもの凄く意識してんじゃないの。

続きは明日のこの時間に

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