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6 夏服と幽霊

「でな、その時のこいつの顔ったらさぁ」

「なんだよ、おまえだって」

 朝からバカ話をしている級友たちに向かって薄い笑い顔を向ける。

「おはよう」

 二人の間から覗く教室の入り口から元気よく飛び込んでくる白いセーラー服。

 初めての夏服。

 習慣のように教室をぐるりと見まわす視線が一瞬こちらを見る。

 けれど、視線はそのまま通り過ぎる。


 白い夏服。

 教室には同じ制服姿の女子生徒が居て、初めて見るわけではないのに、


 視線の圧力が消えてからそっと見るとやっぱり津村が教室の後ろに弾んだ足取りで向かうのが見えた。


 中一の女子としては標準よりも少し高い身長のすっきりとした肢体がきびきびと小気味良く動く。身体にあった夏服の僅かに膨らんだ胸元や、揺れるスカートに包まれたウエストから腰へのラインに妙にどぎまぎしてしまうのは何故だろう。3ヶ月前はそんな事気付きもしなかったのに、制服マジックって言うのかなこういうのも。


 もう3年近く昔の話だし、小学生の他愛の無い噂話を今更本気にする奴なんて居ないだろうに、未だに津村の無言の威嚇は続いてる。誰がお前なんかって強がりを言ってた3年前や、精々週一に廊下ですれ違っての視線ならともかく、同じクラスで毎日どころか、日に何度もあの視線を向けられると少しばかり凹んでしまう自分に気付いて、でもそれがどういう事なのかを考えるのは危険な気がしていた。


 姿勢も視線もバカ話をする二人に向かったまま、視界の片隅に写る津村の横顔に意識を向ける。中学に入ってからは長い髪を二つに括っている為、セーラーカラーから覗く白いうなじが眩しい。それに少しばかりどきどきするのは中一男子なら当たり前のことで、別にそれが津村だからって事じゃ無い筈だよな。津村は僕には向けられる事の無さそうな全開の笑顔を浮かべている。よほど機嫌が良いのだろう。それでもあの威嚇は無くならないって事に改めて凹んだりする。


「早いじゃん」

 ん?誰に言ってるんだろう。視線の先はもう津村の席と、根岸の席しか残ってないし、当然どちらも空席だ。根岸が来るのはもう少し後のはずだ。

 話しかける津村の声が大きさの割りに良く聞こえるのに対して、相手の答えは殆ど聞こえないけど、やり取りは続いている。知らぬ間に登校してたのかも知れない。

 元々津村に比べれば大人しい性格をしてるし、あまり大声をあげるタイプじゃあないかな。普段の根岸を思い浮かべてそう納得する。

 根岸は、津村と違い3年前も今も変わらない普通のクラスメイト付き合いをしてくれている。傍から見ていると津村にべったりに見えるけれど、お互いの交友関係には無干渉なのかな。

 入学式の後で教室で出会ったときも津村は相変わらずの威嚇するような視線を向けてきただけだったが、根岸は寄ってきて同じクラスでよかったなどと話しかけてくれた。まあ、何が良かったのかよく判らないが、僕と話してから津村の方に戻っていった時に、あんな奴と話しなんかするなって一言ぐらい有るかと思ったけど、津村は何も言わなかったし、それは多分僕の事なんて話題にする価値も無いとか思ってるんだろう。ってそう考えるとまた凹んだ。


 何て事を考えていると、3人目が現れて騒ぎが大きくなる。

 エキサイトしているらしい声にあえてゆっくりと視線を向ける。

 津村が本多と睨み合っている。

 女同士とはいえ、うかつに近づけない剣呑な空気に周りの生徒も困っている。

 普段なら真っ先に二人の仲裁に入る根岸の姿はやっぱり見えない、ん?事故って何だ。



「美也が死んだってのに!なんでそんな平気な顔してんの!」

 津村とにらみ合っていた本多が叫ぶ。

 それまでのやり取りは切れ切れに聞こえてきたけれど、そのひと際大きな声は教室中に響き渡り、当然ながら反対側、廊下側の最後尾に座る僕の元にも届く。


 え、何、美也って根岸?

 死んだってどういう事?


「えー、やっぱり、それ本当?」

「何、じゃあ津村さん知らなかったの?」

 津村が固まっている間に、女子二人が駆け寄って口を開いた。

「夜から掲示板に出てたんだけど、本当かなって話してたんだ」

「でも、津村さん普通だし、デマか何かかなって」


 次々に話しかける二人の相手をせず、本多は津村を見てる。

 津村は、憮然とした表情で言い放つ。

「デマに決まってるじゃん」


 考えるまでもなく、そう言い放つ。

 あいかわらず、清々しい迄の自信。


「デマじゃないよ、だって…」

 本多が食い下がる。

「じゃあ、此処ここに居るのは誰よ!」

 津村の一言に、教室の全員が固まる。

 本多も、他の二人も、教室中の視線がその腕の先に向けられる。

 そこにいる誰かを示すように振られた腕の先


 窓側の最後列の机と椅子があるだけ。


 他には何も、無い。

 誰も、居ない。


「…誰も、居ないよ」

 三人を、いや、教室中を代表するように本多が言う。


「何言ってんのよ!」


 津村が立ち上がる。

 さっき振られた右腕は、今度は何かをー誰かを掴むように握られる。


「此処に居るでしょ!美也が!」


 教室の空気が一変する。


「ショコ…」


 本多がゆっくりと視線を回して、津村の腕の先を見る。

 だけどそこには何もない。

 やがてその視線は津村に向けられる。


「本気で言ってんの?」



「何よ!みんなして変なこと言わないでよ!」

 不安そうに教室を見回して津村が叫ぶ。

「武田さん達まで引き入れて何やってんの!?事と次第によっては本当に怒るからね!」



「何、どしたの」

 津村が後ろの席ー多分、根岸の方ーを向く

「何、これ、どうなってるの」

 腰を折り、机の下を覗き込み、また起き上がる


「ちょ、何言ってんのよ!」

 視線がぐるりと回る。

 先刻のように教室全体を見回すのではなく、近くを動く何かー誰かーを見るように。

 視線が、背後から、正面で対峙する本多の方に向かう。


「危ない!」

 不意に、手を伸ばし叫ぶ。

 

 そして、一人芝居のように見えない誰かとのやり取りをしていた津村が突然に叫ぶ。

「何言ってんのよ、こんなにしっかり見えてるし、掴めるし、それにさっきミルキー喰ってたじゃない、そんな幽霊なんて居るか!」

 その言葉に、教室が静まった。



 6月の晴れた月曜日の8時前の教室に幽霊?

 何人かがスマホで掲示板やニュースサイトを見ている。それを脇から覗き込むと一昨日の夕方に起きた交通事故についての記事が載っていた。


「ちょっと、美也…」

 津村がこちらを向いて叫んだ。

 何だ?目を見開いて、真っ赤な顔をしてるかと思えば、いつもの威嚇するような視線が突き刺さる。何だってんだよ、こっちは何も悪い事なんてしてないし、視線を逸らすのも情けないような気がして、その剣呑で殺人的な視線に耐えていると突然、


「黒田くんは、祥ちゃんの事どう思ってる?」


 声がした。


 は?

 この声、聞き覚えがある。

 近くから聞こえるけど、そこには誰もいなくて…


「え、なに、誰」


 聞き覚えのある声、

 にらみつけていた津村の視線があたふたと泳ぐ。

 え、本当にそうなんだろうか。


「もしかして、根岸さん?」


 僕の言葉に周りに座っていた生徒が退く。

 数人が椅子を倒しながら遠巻きに離れる。


「えー、黒田君聞こえるんだ!!凄い!」


 凄いってなんだそれ。


「で、どう思ってるの?」


 は?

 だから、どうして今それを聞くのかなぁ

 

「大事なことだから」


 いま大事なのは、それじゃぁ無いだろう。

「えと、根岸さんは、その、幽霊って事?」


 ザッと音を立てて周りが引いていく。


「うん、そうみたい」

 軽い!


「良いの、それで?」

 いや、何言ってるんだ僕は。


「いや、良くなくっても仕方なくない?生き返るってわけにも」

 大物だ、さすがにあの津村を手のひらで転がしてるだけのことはある・・


「それだ!」

 大きな声が響く。え、津村・・?

 この数年間でありえないほど近くに津村が立っていた。

 もちろん、手を伸ばせば届くって距離じゃあないけど、行事とかの避けられないときを除けば普通に会話が出来そうな距離に近づいて来る事なんて無かったのに。


「いくよ!」

 僕の動揺なんて全く眼中にない様に津村は空中にある何か―多分、根岸の腕―を掴んでこちらに近づいて来る。

 僕の方なんて一瞥もせずに。


「行くって、どこに?」

 根岸の声がまた聞こえる。

「あ…どこの病院?」

 廊下に出ようとした津村が、くるりとこちらに背中を見せるように振り返り、本多さんに尋ねる。

 座ったままの僕の視線の先に津村の白いセーラー服。

 手を伸ばさなくても届くぐらいの距離に津村が立っている。

 心臓の音がうるさい。

 本多と津村の会話が聞こえないくらい。

 このままだと心拍数と血圧が上がり過ぎて気絶するんじゃないかな。。。

 そう思ったと同時にセーラー服の背中が廊下に消える。

 知らないうちに詰めていた息を取り戻す。

 周りの音が聞こえ始める。

 どうやら、気絶しないで済んだみたいだった。

続きは明日のこの時間に

感想お待ちしています。

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