131. 【余話】ゆう坊とお姉ちゃん②
「よろしく頼んだって……どうすればいいのよ」
ゆうご少年の世話を押し付けられて、ほとほと困り果てているパレア。
その時、ぐう、とゆうご少年の腹の虫が鳴った。
「……ひとまず朝ごはんを食べるわよ。ついて来なさい」
「は、はい……」
スタスタ歩いていくパレアに、ゆうご少年はよたよたと従いていった。
本館の一階は、戦争のような慌ただしさだった。
遅番の者たちは十数人分の朝食を急いでこしらえ、早番の者たちは洗面所やリビングでメイクに必死だ。
パンとベーコンエッグ、スープを自分とゆうご少年の分を取り、パレアはテーブルに座る。
普段ユーゴは自分で好き勝手に外食しているので、メイドの人数分しか無いはずだが構わないだろう。
”朝食は食べない主義”のメイドもいるので、どうせ余るのだから。
ちなみにパレアは、”何が起きても食べる主義”だ。
「なにグズグズしてるのよ。早く座りなさい」
「は、はい」
言われるまま椅子に座ったゆうご少年だが、一向に食事に手を伸ばそうとしない。
「なに? もしかして遠慮してるの?」
「いえ。パンはいつもママがジャムを塗ってくれているので……」
「〜〜〜〜〜っ。どんだけ甘やかされてんのよアンタ。……まったく、しょうがないわね。次からは自分でやるのよ」
乱暴な手付きでジャムを塗りたくったパンを、パレアはゆうご少年の皿へ置いた。
「あ、ありがとうございます」
ゆっくりと食事を始めたユーゴ少年を、パレアはやれやれと見つめた。
いつものユーゴからは想像もつかない、しおらしいゆうご少年の態度。
ただ、しおらしくはあるが気丈なところもあるようだ。
おそらく七歳くらいだろうか。この年頃の子供が急に知らないところの連れてこられて、ホームシックを起こしそうなものだが、ひとまずこの状況を受け入れているように見えるからだ。
とはいえ───。
今日はため息が多くなりそうね。
「はぁ……。早く元に戻りなさいよ、アンタ」
パレアは早速ため息をついて、ひとりごちた。
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朝食を終えたパレアは自室に戻り、ベッドに腰掛けていた。
目の前には、立ったまま物珍しそうに室内を見回すゆうご少年。
彼を放っておきたいところだが、そうもいかないので、ひとまず自室に連れてきたのだ。
「これからどうしようかしら。本当なら街へ出て評判のワッフル屋さんに行くつもりだったんだけど……ていうかそれよりも、こいつの服をどうかしなきゃね」
いまだぶかぶかシャツのゆうご少年。今日元の姿に戻るならば良いが、その保証はない。下手をすればしばらくそのままの可能性もある。
服はともかく下着は必要だ。というか、いまは履いているのだろうか?
「よし。街へ行くわよ」
気合を入れてパレアは宣言した。
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めいでぃっしゅ寮から少し離れた歩道。
そこを歩く、お世辞にも柄が良いとは云えない男が四人。
「おい。本当にこの辺りなんだろうな?」
男の一人が仲間に問うた。
「間違いねぇよ。あの桃髪の女……フィーっつったか、メイドカフェからつけて家を見つけたんだからな」
「あのクソ女……絶対に赦さねぇ。ズタボロにしてやる」
男達は口々にフィールエルへの怨嗟を口にしていた。
そう。彼らは以前、貧民地区で彼女に伸されたごろつき達だった。
彼らはフィールエルにこてんぱんにされた恨みを晴らすため、ごろつきの広い情報網を使って情報収集をした。その結果、桃色の髪のメイドという珍しい特徴が功を奏し (?)、めいでぃっしゅを探し当て、こっそり通ってめいでぃっしゅの寮を突き止めたのだ。
少女一人に大の男四人が徒党を組み、あまつさえ武器を使って復讐しようというのだから、ある意味見上げた根性である。気色悪い事この上ないが。
だが彼らにしてみれば、それだけ受け入れがたい事実だったのだろう。
「あ。ここだよ、ここ」
「チッ。でけー邸だな」
「あん? 誰か出てきたぞ」
男達の視線の先。寮の正面玄関から出てきたのは、よそ行きの格好でめかし込んだ青髪ツインテールの美少女と、なぜかだぼだぼシャツを着ている少年だった。
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「しまった。こいつの靴のこと、考えてなかったわ。どうしよう……」
玄関を出てから、パレアは己の失念に気付いた。
「お姉ちゃん。だれか来ましたよ」
「え?」
思案の途中でゆうご少年に声を掛けられた。
その声に門の方を見遣ると、確かに四人の男が門を潜って敷地内に入ってくるところだった。
「……何よ、アンタたち」
硬い声でパレアは誰何した。その表情は険しい。
「そう怖い顔すんなよ、お嬢ちゃん」
「ここにフィーって女が居るだろ? 桃色の髪の」
「俺たちはそいつに用があるんだよ。呼んできてくれよ」
「アンタたち、フィーの友達? ……ってワケじゃないわよね、多分。何となくだけど、胡散臭い感じがするわ。武器を持ってるし」
「失礼なガキだな。まぁ正解だけどよ」
「フィーなら居ないわよ」
これは本当の事だ。フィールエルは早番なので、既に出勤してしまっていて不在なのだ。
「信じられねぇな。とりあえず家の中を探させてもらうぜ」
「良く分かんないけど、アンタたちみたいなのを通すわけないでしょ」
「何だよ、このメスガキ。可愛いけどなんかムカつくな」
「もういいから、こいつも犯っちまおうぜ」
男達はパレアも穢そうと、標的に定めた。
「……っ!」
男の手がパレアに伸び、彼女は身を固くした。
異空間から海神槍を取り出すが、正直にいうとパレアは肉弾戦が不得手である。
水は───。
さっと視線を巡らせて探すが、見える範囲には見当たらない。井戸も邸の裏手だ。
万事休す。
その時、男達の前に小さな影が立ちはだかった。
「お姉ちゃんをいじめるなっ!」
ゆうご少年が目に涙を溜め、口をへの字になるまで引き締めながら、両手を広げて立っていた。
「お? なんだガキ。邪魔しねーで、あっち行ってろ」
「いやだ‼」
「アンタ……」
その光景に呆然と見入るパレア。
怖くて慄えながらも勇気を振り絞って立ち向かうその姿に、パレアはユーゴ・タカトーの原点と本質を見た気がした。
「いいから退け」
「あうっ!」
ごろつきの大きな腕で弾き飛ばされて、ゆうご少年は地面を頃がった。
「───っ! ア、アンタたちぃっ!」
怒りで頭に血が急上昇したパレアが、刺し違えてでもこのならず者たちを倒そうと決意した時───。
「なになに? なんの騒ぎ?」
ドアから黒髪ポニーテールの少女が顔を覗かせた。
遅番のため、まだ寮内に残っていた輝星だ。
「なにコレ。どういう状況?」
三叉の槍を構えたパレア。転んでいるゆうご少年。見知らぬ男達。
それらを見比べて輝星はキョトンとした。
「キラリ! そいつらは賊よ!」
「そうみたいやね。殴っちゃっていい感じ?」
「全然オーケーよ!」
「お、おい。キラリってもしかして……」
「「「 メイド王!? 」」」
輝星の勇名に、泡を食って逃げようとする男達だったが……。
「ま、こんなもんっちゃね」
パンパンと手の埃を払った輝星。その目の前には、見るも無惨に顔を腫れ上がらせた男達が、あえなくロープで縛られている。
「パレアちゃん出掛けるっちゃろ? こいつらはウチに任せて、行ってきいよ」
「わかったわ。後はよろしくね」
パレアは輝星に後を託すと、急いでゆうご少年の元へ駆けていった。
「アンタ、大丈夫!?」
「……はい。ぐす」
ゆうご少年は少しだけべそをかいていたが、どうやら怪我はないようだ。
それを見て、パレアは安堵のため息をついた。
「アンタ、アタシを護ってくれたのね、ありがとう。カッコよかったわよ」
そして、ゆうご少年を抱きしめたのだった。




