100. 交換条件
水曜日は本業とプライベートが多忙なため、更新出来ませんでした。申し訳ありません。
闘技場は、天蓋のない石造りのドーナツ状をしており、その内側は階段状の観覧席になっている。
中央には石畳の敷かれた平坦な舞台。ここで戦士たちが戦うのだ。
まだ開会前のようで、入り口には観覧希望の長蛇の列が出来ている。
その列には加わらず、関係者らしきものをユーゴは捕まえた。槍を持った兵士風の装いをした男だ。似たような格好の者たちが居るので、関係者だろうという読みだった。
果たして彼は関係者だった。
だが彼に参加したい旨を告げると、驚きの答えが返ってきた。
「なに? 参加費が必要なのか?」
ユーゴの言葉に、兵士は顔をしかめた。
「当たり前だ。それに参加費があったとしても、今日はチャンピオンシップ。年に一度の盛大な祭りだ。飛び入り参加は不可能だ」
「そこを何とかならないか?」
「ならん。無理なものは無理だ。さぁ帰った帰った」
兵士が虫を払うように手を振った。
「ま、仕方ないか……」
しぶしぶ諦めて立ち去ろうとした時、ユーゴたちに話しかける者が居た。
「おい、そこのお前。このチャンピオンシップに参加したいのか?」
声をした方を振り向くと、そこには、高価そうな拵えの服を着た小男が立っていた。
「ド、ドネル様」
兵士が驚いて小男の名を呼んだ。
ドネルと呼ばれた男は、下膨れの顔の中央についた大きな団子鼻が特徴的で、睨めつけるようにユーゴを見ている。
「ああ。参加したい」
「貴様は、この国の者ではないな? 闘技場のルールを知らないのは、この国の男では非常識に過ぎる。隣国からの留学生か?」
「まぁ。そんなところだ」
「このチャンピオンシップに飛び入りで参戦したいと言うからには、ただの命知らずではあるまい。多少は腕っぷしに自信があるのだろうな」
「少なくとも、ここ百戦は無敗だな」
「ほう……」
感心とも猜疑とも取れぬため息を漏らしたドネルは、ユーゴの後ろに控えるフィールエル達に視線をやった。
「そこの女たちは貴様の連れか?」
「あ? そうだが……?」
「そうか」
確認したドネルは、にやりと厭らしさが滲んだ笑みを浮かべ、再び少女たちを視た。
ぞわり。
フィールエルもネルもパレアも雪も、全身を舐め回されるような悪寒を感じた。
まるでドネルの眼球から放たれる視線が粘着性を帯びており、ねちっこく絡みついてこられているような。
「ワシはこの剣闘武会運営委員の一人であるドネル・ガリオーリというものだ。ちょうど一人、参加者に欠員が出てな。どうするか思案しておるところだった。その空いた枠に、お前を押し込んでやっても良い」
「本当かよ?」
「ああ。ただし、二つ条件がある。一つ目は、本戦の前に行われる余興戦に参加し、そこで対戦相手を倒すことだ。これは本戦に参戦する各地のチャンピオンたちを納得させるためのものだ。つまり、それだけの実力を示し、神聖なるチャンピオンシップに参戦する資格があると、チャンピオンたちを納得させねばならん」
「ああ、それで大丈夫だ。もう一つは?」
「二つ目は、お前がもし負けた場合、そこの女どもはワシの奴隷として貰い受けるぞ」
「な……っ!?」
そのあまりの要求に、一行は言葉を失った。
「当然だろう。チャンピオンシップで優勝すれば莫大な賞金が手に入る。参加費もなしでそれに挑もうというのだ。それくらいのリスクを背負ってもらわねばな」
パレアの通訳で、聖女二人も事の重大さが理解できた。
「ちょっと! アタシ達は物じゃないのよ。バカじゃないの!?」
「私は、それで構いません」
パレアに噛みつかれたドネルに、ネルが決然と言い放った。
「ネル、お前……」
「私はユーゴさんを信じています」
ひとまず軽挙をたしなめようとしたユーゴに、ネルは真摯な眼差しを向けて告げた。
「ボ、ボクも信じているぞ、ユーゴ。だからボクもそれで良い!」
「も、もちろん、アタシもよ!」
「私もです」
フィールエル、パレア、雪も慌ててユーゴへの信頼をアピールしたが、ユーゴとしては、おいそれと呑める条件ではない。
「あのな、別にここで変に高いリスクを負って賞金を狙わなくても、他に安全に稼ぐ方法はあると思うぞ?」
妙な方向にヒートアップしだした少女たちを諫めるようとしたユーゴだが、
「大丈夫です。ユーゴさんならやれます!」
「なんだユーゴ。自信がないのか?」
「アタシが信じてるって言ってるんだから、大人しくやりなさいよ!」
「旦那さまの勇姿、雪に見せてくださいまし」
励ましたり挑発したりけしかけたりプレッシャーをかけたりと、好き勝手な反応を見せる少女たちに、ユーゴは「ええ~……?」と鼻白むしかない。
何なの、コイツら……?
「くくく。どうやら多数決で決まったようだな。では、ユーゴといったな。貴様の参加を認めよう。───おい、この男を控室まで連れて行け。それと、しっかりと説明をしておけよ」
台詞の後半は兵士風の男に向けて命令し、ドネルは立ち去っていった。
「……ったく。どうなっても知らねぇぞ」
この成り行きに頭をかきつつ、ユーゴはぼやいたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
控室には、緊張した面持ちで出番を待つ男たちが居た。
誰も彼もが、貧相な体つきである。
身体が慄えているものも居たが、どこか恐怖に耐えるような表情であるので、とても武者震いには見えない。
「こいつらが各地のチャンピオンってやつか?」
ユーゴは、案内係となった兵士風の男に訊いた。
「いや、お前と同じ余興戦の参加者たちだ」
「は? バトルロイヤルでもすんのか?」
「すぐに判るさ。───では今からこの闘技場での試合の説明を始める。闘士同士は武舞台で戦闘を行う。武器の使用は認められるが、飛び道具は認められない。勝敗は相手を殺すか気絶させるかによって決まる。また、相手を場外に落とすか降参させるかでも、その試合は終了となる。ただし、これは本戦においてのルールであって、お前たち余興戦のルールは非常にシンプルだ。相手を殺すか、お前たち全員が殺されるかのどちらかだ。そしてもし勝利した暁には、ユーゴという者には全十七名で行われる本戦への参加資格を、それ以外の者達には奴隷身分からの開放を約束しよう。ではお前たち、協力しあって、せいぜい死なないよう頑張れよ」
そしてユーゴを含めた十人の出場者達に、新品ではあるがあまり上等ではない造りの剣が渡された。
何となくだが、ろくでもない事態が待ち受けている予感をユーゴは感じた。
そして十人全員で舞台に上がり、反対側の入口に柵が上がって、のしのしとそこから現れた対戦相手を見てその予感が正しいことを知った。
「なるほど。趣味が悪ぃな」
成人男性の全身ほどの太さと長さをもつ四本の足を動かし、舞台に上がったその生物。
ユーゴの記憶の中に近い生物を探し出せば、ライオンになるだろう。
ライオンを一回り大きくした身体には、黄色の体毛が顔面以外の全身を覆い、その眼光は明らかに血に飢えている。
「つまり、全員でコイツを殺るか、コイツに殺られるかってわけか」
闘技場の見世物としては、まぁこんなところかと溜息を吐き、ユーゴは剣を構えた。
「いいぜ。かかって来い」
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