第十四話 サファイアの導き(ユリウス視点)
「レインがいない……!?」
「はい、もうお休みになっていると思って確認しに行きましたところ、どこにもいらっしゃらなくて……」
深夜に、慌てたようにユリウスの泊まる客室に転がり込んできた女官長ベルにより、婚約者であるレインの不在を伝えられたユリウスは、目を見開いて呆然と口を開いた。
急いで駆け付けたレインの部屋はもぬけの殻で、しかし、レインが勝手に城の外に出たうえ、戻らないこともありえない。レインの好きな中庭にもレインの姿はなく、ユリウスは眉根を寄せた。
「まさか、さらわれた……?」
最悪の想像が脳裏をよぎる。だが、この警備の厳しい王城でどうやって王女を攫うというのだろう。
ユリウスの言葉に、その場に沈黙が降りる。
レインの居住区一帯の護衛を任されていたダンゼント騎士団長が、青い顔をして絞り出すように言った。
「わしのせいだ……わしが、おひいさまの部屋に張り付いておれば……」
「女王になるまではレインのプライベートを尊重しよう、と言ったのは私だ。ダンゼント騎士団長が気に病むことではない」
ユリウスは、そこまで言って、はっととあることに気づいた。
「……どうして、レインの部屋にも、中庭にも、争ったような跡がないんだ?」
ユリウスのこめかみを汗が伝う。レインを早く取り戻し、安心させてやりたいと、焦りばかりが先行する。
「閣下!」
その時、他の王族の居住区にレインがいる可能性を考えて確認をしてきたチコが戻ってきた。その顔は暗く、震えた声でチコは言う。
「アレン様もいないのです……!」
「な……」
「そして、投獄されていたコックス子爵令嬢と、北の塔にいるはずのオリバー第一王子の姿も……看守は殺されていて……ひ……ッ」
「ユーリ、落ち着け、おやじも」
いきり立つダンゼントを息子であるベンジャミンが押さえた。
しかし、ユリウスには声をかけただけ。ユリウスは、自分でも凍えるほど冷たい表情をしている自覚があった。だからこそ、手を出すのは逆効果だと思ったのだろう。
チコの悲鳴の理由も、おそらくそうだ。
「ユリウス……」
「大丈夫だ。少なくとも、頭は落ち着いている」
「……そうか。……まだ、オリバー王子とコックス子爵令嬢が犯人と決まったわけじゃないが……」
「だが、十中八九」
「……あの二人だろう。ここまでやるとは、俺も思わなかったが」
犯人はおそらく、オリバーとヘンリエッタだ。その手引きで入ってきた何者かによって、レインとアレンは攫われたのだろう。アレンはレインの抵抗を封じる人質かもしれない。
夜明けが近い。レインがいなくなってから、少なくとも五時間は経っている。
レインへ続く手がかりを追って中庭を探していたユリウスは、中庭の向こう、使用人用の門から繋がる馬車道に、きらりと輝くものを見た気がして、そちらへ足を進めた。
その馬車道へ出ると、数人の子供たちがこぞって何かを集めている。
「君たち、拾っているものを見せてくれるかい」
「わ! びっくりした! うん、いいよ」
ユリウスが声をかけると、子供たちは一瞬不思議そうな顔をしたが、素直に見せてくれた。
「これは――」
子供の手のひらにきらきらと輝くそれは、小さくともひとつひとつが繊細な雫の形をしている青い宝石で、少なくとも、王城の付近に小石のように落ちているものではない。
それに、ユリウスはこの石に見覚えがあった。よくよく見れば見るほど、間違いはない。
これは、ユリウスがレインに贈ったネックレスのサファイアだ。
「……ベン、ダンゼントを呼べ。騎士団を動かす。イリスレインの捜索だと言えば反対はされないだろう。公爵家の私兵も呼び出せ。このサファイアの続いている方向へ向かう」
ユリウスは目線を下げて子供たちに尋ねた。
「この青い石はどこへ続いていた?」
「あっち。貴族の屋敷がある一等地のほう。こういうきらきらしたのが馬車道に落ちててさ、貴族の落とし物拾ったらお礼がもらえるかなって、みんなで集めてたんだ」
ユリウスはサファイアを差し出してくれた少年の頭を撫でて微笑んだ。
「そうか、それは私の婚約者のものなんだ。それを集めておいてくれないか? 必ずお礼をする。アンダーサン公爵と言えば使用人が私のもとへ連れてきてくれるはずだ」
「わかった!」
嬉しそうに頷く少年の頭をもう一度撫でて、ユリウスは立ち上がる。
駆けながらやってきたダンゼントと、馬を連れてきたベンジャミンに向かって声を張り上げる。
「こっちだ!」
「ユリウス様!」
ダンゼントが馬から降りてユリウスに並ぶ。ユリウスはダンゼントの背後の騎士団員たちを見やり、ダンゼントに静かに尋ねた。
「ダンゼント騎士団長、エウルア副団長はいるか?」
「それが、昨日のパーティーから姿が見えず……」
「そうか、彼はオリバーに手を貸している可能性がある」
思い出すのは、昨日レインをあざけるように見ていたエウルア副団長の姿。
もっと警戒しておく必要があったのに、それを怠った自分に心底失望する。
ユリウスの言葉に、ダンゼントがギッと顔を引き締める。
「――承知しました」
短い返答を聞き、ユリウスは用意された馬に乗った。煌めく青い光を道しるべに、馬を走らせる。朝日に照り映えるサファイアは、小さくともまぶしい光を放っている。
向かう先は、サファイアの導くところ。
――最愛のひとを、もう一度救うために。