第4話 ダンジョン探索と俺の仕事
ふにょ。
「ん?」
なんだ、この手に収まりきらない、ふわふわとした感触。
布のようなものに包まれた、温かくて気持ちの良い感触。
ふよっ、ふよっ。
これは……?
「──! えっち!」
「いでっ! ぐっ、おわっ!」
いきなり頬を叩かれたと思えば、そのまま軽く数メートルは吹っ飛とんだ。
俺の体は二度バウンドして、壁際で横になる。
「いっててて……。ん?」
目を開け、起き上がって辺りを見渡す。
吹っ飛ばされた方には、顔を真っ赤にして胸元を押さえるユヅネが……って、え。
まさかあの感触……おっぱ──
「思い出さないでください!」
「ひいっ!」
彼女から溢れ出る怒りのオーラに、感触の記憶を強制消去した。
……それにしても、幼い見た目の割にはかなり大きか――
「消去!」
「はいい!」
今度こそ記憶を消去した(バックアップ済み)。
「そ、そのー、ごめん」
「ふーん、です」
歩きながら一応謝るも、ユヅネは顔を赤らめてそっぽを向き続ける。
うん、これは俺が悪かった。
というか、そうじゃなくて!
「どうして来てしまったんだよ」
「だって、優希様と離れるのが嫌で」
「だからって……まあ、わかったよ」
来てしまったものはもう仕方がない。
幸い、俺は激しい戦闘を行う役割ではない。
「でも、攻略するまで絶対に傍を離れるんじゃないぞ?」
無言でこくりと頷いたユヅネは、すすすっと俺の後ろに張り付き、俺の裾部分をぎゅっと握った。
拗ねてるのやら、甘えたいのやら。
「ゆうきさま」違いだとしても、悪い気分ではないな。
「おい! 何してたんだよ足手まとい! さっさと来やがれ!」
「は、はい! 今すぐに!」
入れ墨の男に怒鳴られて前に追いつく。
ここは『安全エリア』。
どのダンジョンでも、リフトから入ってすぐは、魔物が出現しない『安全エリア』となっている。
安全エリアは、雰囲気や造りがその先の魔物が出現する『本エリア』とよく似通っている。
ある者はここでダンジョン情報を探り、またある者はここで覚悟を決める。
安全エリアは、ダンジョンで命を危険に晒す前の、最後の準備を整える場所だ。
(石か……)
前に追いつく中で、俺も最低限、今回のダンジョン情報を探る。
床から横を覆う壁、十メートル程の高さの天井までもが、一面石で固められている。
今回のダンジョンは、“石”を基軸としたダンジョンなのだろう。
ダンジョンによっては草原や乾いた大地、荒れに荒れた天候の場所など、実に様々な形態があり、改めて考えるとなんとも不思議なものである。
「覚悟は出来ているか」
リーダーの南堂さんが振り返り、後方の俺たちに尋ねた。
“巨大な門”に辿り着いたからだ。
この入口を開ければ、本エリアに突入する。
つまり、本格的なダンジョン探索が始まる。
「早くしろよ、くそじじい」
「ちんたらすんなよ」
「ぶっとばすぞ」
チンピラ達はいつもの様子。
罵り方にもちゃんとレパートリーがあるのだな、と謎の感心をしながら、俺も覚悟の意を示す。
と同時に、俺の後ろに張り付くユヅネの背中をポンポン、と抑えた。
「行くぞ」
南堂さんが声を掛けて門を開く。
ここからは油断してはいけない。
これは、命を張ったダンジョン探索なのだから。
「グルルル……」
人よりは少し小さな緑色の体に、棍棒を片手にした人型の魔物【ゴブリン】。
「みにゅっ! むにゅっ!」
その隣には、その場でぽよんぽよんと跳ねる水色の液状の魔物【スライム】。
どちらもつい侮りがちだが、見た目だけで判断してはいけない。
この左腕の怪我はゴブリンによるものだし、スライムには顔に引っ付かれて、何度も窒息死しそうになったことがある。
こいつらは全て、凶暴な“魔物”なのだ。
だが、
「あらよっと!」
「ほいっ!」
入れ墨の男をはじめとするチンピラ達は、楽々その魔物たちを倒していく。
チンピラ達はこう見えてもEランク探索者。
Fランクダンジョンの魔物は相手にならないみたいだ。
「んだよこのダンジョン、楽勝か? さすがFランだな」
「その割には中々うめえな。ってことでほらよ」
俺は隠れていた岩陰から身を出し、放り投げられた魔石を拾う。
『魔石』とは、魔物からドロップする今の人類に必要不可欠なエネルギー資源だ。
探索者は、主にこの魔石を売る事でお金を得ている。
「全部持っておいてくれよな。無くしたらぶっとばすぞ」
「……わかりました」
チンピラ達が先に進む間に、俺はあちこちにドロップしている魔石や素材を拾っては、後ろに担ぐ大きなリュックに入れていく。
戦う力を持っていない俺は、荷物持ちなのだ。
情けないが、チンピラ達のように楽々魔物を倒せるなんてことはない。
「良いのですか? あんなに言わせておいて」
俺と同じ岩陰で隠れていたユヅネも、ひょっこりと顔を出して手伝ってくれる。
「良いんだよ。荷物持ちをすることで弱い俺にも分け前はもらえる。ちょっと少ない気がするけど、あいつらには感謝しないと」
「そういうものですか」
「……」
そんなわけない。
俺だって悔しいに決まってる。
分け前については、直接チンピラ達からもらえるわけではなく、協会に報告した際、お情けとしてほんの少し与えてもらえるだけ。
出来る事ならもっと報酬をもらいたい。
でも、俺は何度挑戦してもダメだった。
魔物では最弱と言われる、スライムやゴブリンにすら、俺の「1」という攻撃力ではダメージを与えることが出来なかった。
その結果、レベルも上がっていない。
詳しい経験値システムは解析されていないが、経験値をもらうにはダメージを与えなければならないそうだ。
武器を使って試したりもしたが、結局死にかけるハメになり、役立たずの仕事である荷物持ちをさせてもらっている状況なのだ。
「くっ……」
つまり、現状あいつらが居なければ、俺はなけなしの分け前さえ稼ぐことが出来ない、落ちこぼれ探索者。
我慢だ。
我慢するだけで少しだけど分け前をもらえる。
それで十分じゃないか。
そんな思いを心の中に閉じ込め、引き続き魔石を拾っていると、何やらユヅネが夢中になっているものがある。
「すごく……すごく綺麗です!」
ユヅネが手に持っていた石。
それは全体的に白銀に輝き、虹の七色を微かに帯びたような、拳ほどのサイズの輝かしい石。
「なんだよ、これ……」
少なくとも魔石には見えない。
それとも俺が見たことないだけの、超高価な魔石なのか?
それに、内部に紋様が見える?
この紋様、どこかで見た記憶があるような……。
いや、ないか。
「優希様! これも持って行きましょう!」
「お、おう」
俺は一先ずその石もリュックに入れ、急いで前方にいる四人の元へ追いつく。
どんどんと前に進む一行に遅れてしまっては、魔物が再び湧き出た時に対処できないからな。
「それにしても……」
あの石はなんだったんだろう。
何だか不思議な感じがする。
そんな疑念を抱いながらも、引き続きダンジョンを進む――。