第38話 突然過ぎる出来事
「優希様、こちらです!」
「はい!」
エーレさんが指した床を破壊し、最短距離で地下へと進んでいく。
どうやら、ユヅネは地下に匿われているとのこと。
「エーレさんはどうしてユヅネの居場所を?」
床下から通り道、隠し通路へと、全速で駆けていく中でエーレさんに尋ねる。
「あの方、キョウガ様は、幼少から幾度もお嬢様に結婚をお申し込みなさっていたので、前々から気にかけておりました。この屋敷の全体図も頭に入っております」
「へ、へえー……」
エーレさん、本当に出来ないことがないんじゃないか、ってぐらいに優秀だよなあ。
「私も、屋敷にお邪魔させていただくのは初めてですが、下層に不自然な空間が存在するのを感じ取れます。お嬢様はそこにいらっしゃるのではないかと」
その優秀さには、もはや驚きを通り越して呆れを感じてしまう。
ていうか、
「その気になれば、キョウガくらい軽くいなせたんじゃ?」
「……貴族に平民が手出しをすることは出来ないのです」
「あ、そういう……」
まずいこと聞いちゃったかな。
若干顔が引きずっていたように見えたけど、何か過去にあったのだろうか。
でもそうなると、
「俺を案内しているのは反逆にならないのですかね?」
「……私は、お嬢様の元へ向かっているだけですよ? 指を差しているだけで壊しているのは私ではありません」
「悪い人ですねえ」
「お嬢様をお守りするためならば、何者にでもなりますよ」
俺たちはニヤニヤとしながら奥へと進んでいく。
★
「よくも我を侮辱したな! 許さんぞおおお!」
「ちょ、まじ! こっちくんなあー!」
異世界人とはいえ、キョウガの見た目はほとんど人である(太ってはいるが)。
そんな男が、腕だけを肥大化させて殴りかかってきたのだ。
夜香は悪寒で戦闘どころではない。
「待たんか、この小娘があぁ!」
「そっちが一旦立ち止まれってのー!」
夜香が逃げ惑い、キョウガは屋敷内を破壊しながら彼女を追いかけ回す。
貴族がゆえに許されているが、現世ならば完全なストーカー案件だ。
「こんのっ! はッ!」
たんっ、たんっ、と見事な身のこなしでキョウガの上を取り、夜香は毒ナイフを複数本放った。
それらは外すことなく、肥大化したキョウガの腕に全て命中。
(溶けろ!)
しかし、
「効かぬわ!」
「まじ!?」
キョウガはさらに腕を肥大化させ、毒ナイフを内側から弾いた。
「見た目だけじゃないみたいね……」
「怖気づいたかぁ? ガキが」
冷や汗をたらす夜香と、キョウガの対決は続く。
★
「優希様、ここを」
「はい!」
俺たちも、かなり降りて来た。
雰囲気からして、これがおそらく最後の場所。
「──っせい!」
かかと落としで思いっきり床を砕く。
「!」
「!?」
床を壊した瞬間、驚いた表情の少女と目が合う。
そこに、たしかにいたのは……
「ユヅネ!」
「優希様!?」
ようやく見つけた!
このっ、心配させやがって!
そんな思いのまま、地下最下層であろう床にすたっと着地。
すぐに、目の前のユヅネが閉じ込められている牢を、剣で……
「むっ!?」
剣で……、剣で!
「なんだこれ!」
壊せない!
くそっ、何度やっても弾かれる。
斬れないというか、攻撃そのものが通っていないみたいだ。
「優希様、これは特殊な力が備わっていて、物理や魔法では破れないみたいです!」
なるほど、どおりでユヅネが出てこれないわけだ。
ならどうする……。
「僭越ながら、ここは私めが」
「エーレさん……?」
俺と入れ替わるようにしてエーレさんが牢の前に立ち、棒の一本に触れた。
「邪魔」
「え……えぇ?」
エーレさんが触れた場所から、すーっと何かが広がっていくように、牢の柱がバラバラになっていく。
「本当に……何者なんですか?」
「ただの、しがないユヅネお嬢様の執事です」
エーレさんはそれだけ言って微笑を浮かべた。
まあ、今はそれよりも、
「ユヅネ」
「優希様……優秀様ぁ!」
がばっと俺の首元に抱きついてくるユヅネ。
「どうして、どうして来てしまったのですか!」
抱きついてきたくせに、言葉は反抗しているな。
ユヅネの声は泣きながらも震えているようだが、同時にどこか怒っている様子。
「ダメか?」
「ダメ……ダメです! 私は優秀様の元を自ら離れたのに! どうして来てしまうんですかぁ!」
そうか、ユヅネからだったのか。
けど、そんなのは関係ないな。
「寂しかったからだよ」
「……えっ?」
俺の肩にあったユヅネの顔が、ちょうど真正面にくる。
「それだけ来ちゃダメだったか?」
「~~~! もう、優秀様はずるいです!」
ユヅネが再び俺の首元で喚き始めた。
「やっぱり、一人で抱え込んでた」
「そんなことは……」
頭をポンポンと抑える。
ユヅネの顔にある側の肩が、濡れていくのが分かった。
しかしそうこうしている内に、
「ぐっ――!?」
床が大きな揺れを起こし始める。
「お嬢様、優希様! 地上の戦闘が激しくなっているようです! このままでは、いつ崩れてもおかしくありません!」
「それはまずいな! いくぞユヅネ!」
「はい!」
そうして俺たちも、
「……」
「……優希様? 行きましょう?」
エーレさんに続こうとするも、ユヅネが首元から離れない。
これじゃ動けない!
「行きましょう……じゃねえ! 離れんかっ!」
「嫌です! 離れませんー!」
ユヅネの奴、こんな時にまで~!
咄嗟に、初めてユヅネに会った時の事をを思い出した。
「お嬢様、優希様、どうか早く!」
エーレさんは、すでに上に向かって移動を開始している。
俺たちも、もたもたしている場合じゃない!
「ほら、ユヅネ。早く――うわっ!」
「きゃっ!」
一瞬大きな揺れが起き、ずだーん! と俺が下側で倒れるような体制になる。
「ん」
なんだ?
口元に何か感触が……って、これは!?
「……」
ハッと目を開けた先には、口元を両袖で抑え、今までで一番真っ赤な顔で俺の唇を見つめるユヅネ。
今の、まさか……
「ユヅネ……」
「――!」
俺が声を掛けると、ふいっと目を逸らして、幸か不幸か俺からぴょんっと離れる。
「わ、わざとではありませんから……」
「なんだって?」
微妙に聞こえなかった。
「お嬢様! 優希様! 早くなさってください! そこは危険です!」
「は、はい!」
エーレさんは、俺が壊してきた穴伝いに地上へと進んでいる。
見られてはいないようだ。
「ユヅネ、行くぞっ」
「……」
言いたいことは分かるが、事態は一刻を争う。
上で戦ってもらっている夜香の援護にも行かなくてはならない。
「ユヅネ!」
俺は少し強く言い放った。
すると、やっと放心状態から帰ってきたのか、すっと俺の方へ右手が伸びてくる。
「とりあえずここを乗り切ろう!」
「はい!」
「よし、その意気だ!」
まだ顔は真っ赤だが、多分切り替えてくれたことだろう!
「じゃあ、あれいくぞ!」
「はい!」
そうして、ユヅネの手を恋人繋ぎに握る。
思えば、ユヅネと力を借りるのは久しぶりか?
そうしてユヅネを手をぎゅっと握り、ダン! と足を踏み込んだ瞬間、
「――え? えええええ!!」
「あわわわ、優希様ー!」
思ったよりどころか、思った十倍は跳んでしまった!
となれば当然……
「――ごはっ!」
高く跳び過ぎた俺は、地下十階から一気に屋敷の天井にまで到達し、天井に勢いよく頭突きした。




