第27話 一週間の出来事
時は一週間ほど遡り、夜香が協会の牢に入れられた次の日。
「お願いします! あの子を出してあげてください!」
「あ、明星様、困ります!」
優希は協会に来ていた。
受付をするのは優希の知り合いであり、協会に勤める京子だ。
「彼女は、家族を人質に取られて仕方なくやっただけなんです! ですから!」
相手が京子だろうが、優希はなりふり構わず土下座をしていた。
自首によって捕まってしまった夜香を、なんとか出してあげたいがためだ。
「どうか、この通り!」
「あ、明星さん……」
優希も規約上、ルール上、それは難しいということは十分に理解している。
そもそも、夜香が自首をして罪を清算したいと願っているのだ。
もしかすると、この行為は彼女の邪魔になるかもしれない、とすら考えている。
(でも……悔しいじゃないか!)
オーナーの命令を断れば、地下に居た父にどんな危害が及ぶかは分からない、兄妹も決して安全とは言えない、そんな中で夜香は仕方なくやらされた。
その事実が優希は悔しかった。
探索者として才能を持った者が、夢を追うことが出来ずに、ただこき使われる事が悔しかったのだ。
「なんの騒ぎだ?」
「支部長!」
優希が下げている頭の上で、新たな男の声が聞こえる。
(支部長? というかこの声、聞いたことがあるような……)
優希はゆっくりと顔を上げた。
「「!」」
優希と支部長と呼ばれる男、二人は目を合わせた瞬間に共に目を見開いた。
驚きから二人の間に少し間が空き、
「お前、こんなところで何してんだ?」
先に口を開いたのは、支部長と呼ばれる男。
現代では珍しい、黒髪を短く清潔に整え、よく似合う白衣を着た細身の男。
知的、という言葉がぴったりな男だ。
二人は顔見知りだった。
支部長、彼の名は『一条才』。
ただの顔見知りというわけでもなく、かつては優希と“親友”だった男。
支部長というのは『ギルド協会関東支部長』の略であり、関東の協会全体を管理する立場の者。
この時はちょうど、この協会に久方ぶりに足を運んでいたタイミングだった。
「いや、その」
(気まずい。ものすごく気まずい。こいつとは色々あったからな……)
ここ最近の活躍からは珍しく、かなり挙動不審な優希。
今の優希は、落ちこぼれの時を彷彿とさせる。
「……ふん」
そんな優希から視線を外して、一条は部下である京子に求めた。
「それで? 簡単に説明してくれ。話が見えない」
「は、はい」
優希と一条のやり取りを不審に思いながらも、京子は説明をしていく。
「なるほど。あいつらが三日月浩氏を匿っていたわけか。……それで」
一条が優希の方を向く。
別室に案内され、優希も椅子に腰掛けている。
「本当にお前がやったのか」
「……ああ、そうだよ」
二人の会話には、どこか気まずさが残る。
一条は優希を疑っているような、どこか考え事をしているような目だ。
そうしてようやく考えがまとまったのか、一条は優希に持ちかける。
「一週間だ。一週間以内に、二百万円分の魔石を納品しろ」
「支部長!? 二百万円なんて、そんな無茶苦茶な――」
「それだけで良いんだな?」
「え!?」
優希は京子の声を半ば遮るように一条に返す。
ここで引き下がるのは男じゃない、という思いと共に一条の本当の思惑に気づいたからである。
「ああ。本当に用意出来ればこちらも手を打とう」
「信じたぞ」
「嘘はつかん」
優希は立ち上がり、一条とかつてのようにお互いの視線が交差させる。
だが今は、雰囲気が少々険悪だ。
そうして何も言わず、優希は協会を出ていく。
「守れよ」
そう言葉を残して。
次に優希と一条の二人が顔を合わせたのは、それから六日後のこと。
優希が、二百万円分の魔石を納品しに来たのだ。
だが目にはくまをつくり、明らかに体は憔悴しきっている。
「ふっ、良いだろう」
一条はその優希の状態に一切触れることなく、「明日同じ時間に来い」とだけ優希に伝え、この日は協会から返した。
(変わってねえな……)
その時の優希は、自分すら気づかないような小さな笑みを溢していた。
気づくとすれば、優希のどんな些細な変化も見逃さないユヅネぐらいだろう。
優希も、一条の性格から狙いを分かっていた。
一条は協会への金が欲しかったのではない。
無理難題を押し付けることで、優希に負い目を感じさせないために依頼したのだ。
そしておそらく、その金は夜香が引退させてしまった探索者への補償に充てるだろうことも。
「相変わらずじゃねえか」
そうして次の日、同じ時間に協会に訪れた優希とユヅネの前に、釈放された夜香が姿を現した。
★
「ということがあったのです」
俺がコーヒー(ユヅネはオレンジジュース)をトレーに入れて運んでいくと、ユヅネが夜香に自慢げにこの一週間について話していた。
まったく。
「ユヅネ、話すなって言っただろ」
「どうしてですか! 優希様はあんなに頑張ったのに! 本人に伝えないのは納得がいきません!」
「そりゃあ……ねえ?」
言わない方がかっこいいだろ。
男のプライドってやつだよ。
それに、夜香にも負い目を感じさせてしまうかもしれないしな。
「本当に……ありがとう」
夜香はその場で土下座をした。
「い、いやいや! 本当に良いんだよ! だから顔を上げて!」
こうなるのが嫌なんだよ!
感謝される分には、悪い気持ちではないけどね。
土下座は大袈裟過ぎると思うんだよ。
「一週間で二百万円分って、そんなのCランクじゃほぼ不可能じゃ……」
「そうですよ。優希様がどれだけ大変だ――」
「いいや、全然! 余裕、むしろ余裕が有り余ってたね!」
ユヅネは言葉を遮られたことで「むうう」と頬を膨らましている。
正直、めちゃくちゃ見栄を張っている。
本当に過労死するかと思った。
ユヅネをずっと連れ回すわけにもいかないし、半分は俺がソロで色んなダンジョンに行ったからね。
だから、せめて最後にかっこつけさせてくれ!
「相変わらず不思議な男だね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
俺は二人の前に飲み物を置いていく。
「それで」
「うん?」
「もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
夜香は改めて周りをきょろきょろと見渡して、俺に視線を戻す。
「どうして、オーナーの事務所に普通にあなた達がいるの? それに……」
夜香は自身の座っている椅子を触る。
「ふかふかだ」とぼそっと呟いた後、
「所々が綺麗に……ってか壁! 壁あんじゃん! あなたたちが見事に吹っ飛ばした壁!」
ノリツッコミかと思う程の大胆な仕草に、俺とユヅネは思わず笑ってしまう。
「それは……ねえ?」
「ですねえ?」
その質問待ってました、と言わんばかりに俺はユヅネと目を合わせて、ニヤニヤしながら伝えた。
「ここが、俺たちの事務所だからだよ」
「……は?」
予想通り、夜香は目を真ん丸にして驚いた。
元々は浩さんの事務所だと聞いた時、俺はぴーんと来たんだよね。
そう、ここは今や俺たちの事務所。
「俺たち、新しくギルドを作ったんだ!」




