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第14話 二つの大収穫

 正式にDランク冒険者としての活動を始めてからしばらく。

 俺たちはいつものように日々を過ごす。


「ふい~、気持ち良い~」


 肩までどっぷりと温かい湯に浸かり、体の芯まで温まる。

 久しぶりに入って、改めて()()の偉大さを知る。


「ユヅネ~? 気持ち良いかあ~?」


 俺が用意した仕切りの向こうで、同じく体を温めるユヅネに声を掛ける。


「はひぃ~。極楽ですぅ~」


「そっか~。それは良かったなあ~」


 ユヅネも俺と同じように、声が完全に溶けてしまっている。


 たとえ異世界の魔王の一人娘だろうが、この温泉の気持ちよさの前には等しく無力なのだ。


「ふう……」


 見渡す限り広がる森林。

 その中に湧き出ている温泉。


 おかしいのは……遠くに魔物が見えることぐらいか。


「ギャイ、ギャイッ!」

「ぷにょん! ふにょん!」


 ゴブリンとスライムが愛らしく喧嘩をしている。


 あいつらも温泉に入れば良いのに。

 お隣は勘弁だけど。


「はへ~」


 さて、なぜ魔物が見えるのか。

 その真実は一つ、ここはダンジョン()だからだ。

 

 ダンジョン内に温泉があるのはおかしくないかって?

 いいや、何もおかしくない。


 ダンジョンは非現実的な世界。

 その中に天然(?)の温泉があったってなにも不思議じゃないだろう。


「けど、他の探索者がいたらこうはいかないだろうなあ……」


 第一、ユヅネが脱ぐところを赤の他人の男の前で晒すわけにもいかないし、探索者の中には野蛮な奴らだって少なからずいる。


 そんな奴らの前で女性が裸にでもなってみろ、どんな事態になるかは想像に(かた)くない。

 

 ゆえに、他の探索者と同行していれば、もし目の前に温泉があっても入るという選択肢には至らないだろう。


 でもまあ、今回は俺とユヅネだけ。


「たまには、こんなのんびりとした探索も良いじゃないか」


「のんびりはいつもではないですか~」


 俺の独り言に対して、仕切りの向こうからゆる~いツッコミが聞こえてきた。

 ユヅネも完全に油断しきっているな。


 まあ、大丈夫か。

 なにしろ、ここは“Fランクダンジョン”だし。


 今週募集していたDランクダンジョンの予約は、ギルドに所属している者のみ可だったので、俺たちは仕方なくこのダンジョンに来ていた。


 Dランク探索者となったので、俺もギルドには加入できる。

 だが、焦って入ることもないだろうと思って結局入らないままだ。


 ギルド加入資格を得た時はドキドキしていたが、心の底から入りたいと思うギルドに巡り合えていないのだ。

 Dランクになってまだ間もないし、大きなギルドからの勧誘は来てないっていうのもあるだろうけどね。


 でもまあ、その内見つかるだろう。


 それに、


「思わぬ収穫もあったしなあ……」


 ギルドに入っていたら温泉とも巡り合えていなかったので、結果オーライだ。


 しかし、こんな時に限って事態というのは起きるものだ。


 なーんて、そんなラノベみたいな話あるわけ――


「きゃああああ!」


「ユヅネ!?」


 本当に起きるのかよ!


 仕切りの向こうから叫び声が聞こえた俺は、咄嗟(とっさ)にニメートルはあろう仕切りに手をかけ、向こう側に頭を覗かせる。


 ……あ。


「!!」


 俺の視線に反応して、ユヅネはザバン、と上半身を湯に隠した。


 ユヅネの胸部に備わる大きな双子の山。

 一瞬だが、色が違う山頂部分が見えた気がしたが……  


「~~~! いつまで見てるんですか!」


「へぶっ!」


 どこから用意したのか分からない桶が、俺の顔面に直撃。

 そのままざぱーん、と背中側から湯にダイブする。


 って、そんなことよりも!


「ユヅネ! 大丈夫なのか!?」


 今度は覗かず、向こう側に声を上げる。


「だ、大丈夫です! 小さな魔物が見えた気がしたのですが……。どこかにいったみたいです」


 魔物か。

 一応襲われてはいないみたいだが、いつまでもこうしてはいられないな。


「ユヅネ! 着替えろ、出るぞ!」


「はい!」


 良い返事が返って来たと思ったら、仕切りの横の部分から「ちょいちょい」と、ひらひらとその場を舞うユヅネの手が現れた。


 繋げ、ってか?


 宙を彷徨(さまよ)う手を握るように繋ぐと、ユヅネ側からキュワアァァン! という音が聞こえ、手がぱっと離れる。

 

 そしてすぐに、ユヅネが真っ正面にひょいっと姿を現した。


「優希様! 早く追いかけましょう! 魔物(あいつ)、私のはだ、か、を……。~~~!!」


 さっきの音はおそらく、俺を介して異世界の力を使用、瞬時に魔力のこもったいつもの着物を身に(まと)ったのだろう。


 その証拠に、ユヅネの肌には水滴一つ付いていない。


「……」


 対して、俺はもちろん裸。

 俺の、俺が、ぷらーんな状態なんだよね。


「余裕を見せてないで、早く着替えてください!」


「ごはっ!」


 顔を真っ赤に赤らめたユヅネの一発をもらった。

 ま、まあ、お互い様というやつだ。


 この時はまだ、まさかこの魔物が探索者としてのさらなる超成長に繋がるとは、思いもしなかった。

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