第12話 全てが順調の先で
ユヅネを含めて計八人のパーティーは、変わらずダンジョンを突き進む。
「明星君!」
「はい!」
佐藤さんが前を指し、俺が前に出る形となった。
「シャアアアア!」
対峙するのは【ヴァイトスネーク】。
現実の蛇とは比べものにならないほど厚く、太い体を持った動きの速い魔物。
青緑色をした鱗が特徴的だ。
「……」
「シュウゥゥ……」
ヴァイトスネークは、その特徴的な細長い舌をにょろにょろと出し入れし、こちらの様子を窺う。
素早さは同等、もしくはこちらが負けているため、俺も動くに動けない。
「シャアアッ!」
「──!」
互いにじりじりと距離を詰める中で、ヴァイトスネークが痺れを切らし、俺を噛み砕かんと頭部をぐっと上げた。
その得意とする噛みつきを、俺は前方にスライディングで躱す。
ヴァイトスネークは、本能的に探索者の頭の狙う習性があるため、浮き上がった顔部分の下は一瞬空くのだ。
「っと!」
前方に潜り込んだことで、こいつの弱点である中腹部に潜り込んだ。
この部分は、強力な噛みつきと尻尾の攻撃が飛んでこない、対ヴァイトスネークの至近距離戦では最も安全な位置と言える。
「はッ!」
そのままザンッ! と、体の中央を切断。
剣の鋭さもあり、見事に真っ二つだ。
「ジャアアア!」
悲鳴を上げるヴァイトスネーク。
だが、油断するのはまだ早い。
ダンジョンの魔物の生命力は、現実の生き物の常識で考えてはいけない。
「――っぶね!」
切断されたはずの尻尾が、本体ごと俺を目掛けて矢のように飛んでくる。
最後まで気を抜かなかったことが功を奏した。
「うおおおっ!」
最後に下半身・上半身をさらに剣で斬り刻み、ようやくヴァイトスネークの体はくたっと倒れる。
「優希様!」
「お見事」
一番に寄ってきてくれるのはユヅネと佐藤さん。
「ほっ」
冷や汗と運動の汗が混じったような額を腕で拭い、息をつく。
雰囲気からして、これがおそらく佐藤さんの最後の試験。
俺が、一人でDランク魔物に対処できるか見たかったのだろう。
今の俺には問題なかったな。
「うん! 一対一、多対一、パーティー行動。どれも十分だ!」
「ありがとうございます!」
正式な合格ではないが、現役Dランク探索者の佐藤さんにお墨付きをもらった。
このままいけば合格をもらえるだろう!
あとは、全員でボス部屋を攻略するのみ。
それにしても、
「「「……」」」
うーむ。
チンピラ達はあれから黙り込み、特にこれといった行動も起こしていない。
むしろ佐藤さんの指示に従い、とても協力的だ。
何かを企んでいるのはおれの勘違いだったか?
それなら良かったのだけど……。
「よし、ここだな」
それからもう少し進んだ先、ついにこのダンジョンのボス部屋への扉が姿を現す。
「いこうか。みんな、最後まで油断しないように」
「「「はい!」」」
佐藤さんを中心に、今一度陣形や編成を確認した後、ボス部屋の扉を開ける。
やはり、チンピラ達の怪しげな雰囲気は俺の杞憂だったか。
それならいいんだ。
ボスに集中するのみ!
「ギャアアァァァ!」
部屋に侵入すると、開口一番に咆哮を上げるボス。
部屋内、左右の上方にはいくつか明かりが灯っており、暗くはない。
「……でかいな」
巨大な黒色の皿のようなものに乗ったボスから、一番初めに受ける印象はそれだ。
距離があるはずなのにこの威圧感。
魔物は先程と同じ、ヴァイトスネーク。
ただ、もちろんボス仕様であり、先程戦ったものとは一線を画す大きさだ。
顔を起こしたボスは、高さが四メートルほどにも見える。
また、所々の色なども若干違っているよう。
太い体を覆っているのは、先ほどの青緑ではなく、より恐ろしさを増した、暗い深海を表すような青色の鱗。
「シュルル……」
そしてやはり、こちらの様子を窺う際には、その細長い舌をにょろにょろと口から出す。
佐藤さんをはじめ、こちらが咆哮にそれほど気圧されなかったことから、警戒心を強めたのかもしれない。
「やる事は変わらない。いくぞ!」
大きな盾を構えた佐藤さんを最前衛とし、パーティーは一斉にボスへと向かう。
大きくなったとはいえ、取るべき戦術は変わらない。
先程の俺がお手本というわけではないが、要は長い体の“中央”を斬ればいい。
あちらの攻撃手段も限られており、蛇類の魔物に共通する弱点だ。
「お前たちは左、明星君たちは右側に回るんだ!」
「了解!」
佐藤さんが正面の頭部分からボスとぶつかり、その間に俺たち他のメンバーが左右から攻撃をする。
佐藤さんの負担が大きいが、これが一番有効的戦略なのは間違いない。
ここは佐藤さんを信じ、俺たちは俺たちのやるべきことをやる!
「ぐっ!」
「なんて硬さだ!」
俺と同じ右側に来た先輩探索者の人たちも、この鱗の硬さには苦戦する。
ならば!
「ユヅネ!」
「はい!」
俺たちは阿吽の呼吸で手を繋ぎ合わせる。
今は、とにかくボスを倒すのが最優先だ。
出来るだけ弱くっ!
「よっ!」
その願いが具現化された、何の変哲もない黒の剣。
だが「弱く」というのはあくまでユヅネ基準であり、剣は、ザシュッ! と快音を立て、鱗に大きな亀裂を入れる。
「ジャアアァァァ!!」
ユヅネの大きすぎる力は隠すべく、殺さず傷つける程度に。
力加減は良い感じ……かな?
「おお、すげえ!」
「やるじゃねえか明坊!」
「それほどでも!」
明坊とは、このダンジョンで先輩たちから付けられたあだ名だ。
久しぶりに友達が出来たみたいでちょっと嬉しい。
「ジャアアアァァ!」
攻撃を入れる俺たちに対して、ボスはこちらを一瞬振り向こうとするが、
「お前は相手はこっちだ!」
「ジャッ!?」
そのタイミングで、佐藤さんが正面から盾ごと体当たりをする。
俺たちが左右からの攻撃に集中できるよう、自ら危険を冒して反感を買ってくれているのだ。
「さすが佐藤さんだ!」
「頼もしい!」
先輩探索者たちも大興奮。
うん! 本当に頼りになる! すごい!
「続けるぞ明坊!」
「はい!」
それから先輩探索者たちは俺の剣が有効だと気づき、佐藤さんのサポートに回ったり、俺が攻撃しやすいよう立ち回ってくれる。
これも経験から来る役割の把握なのだろう。
そうして続けていけば……
「ジャアアァァ!!」
戦っている内に、ボスのヴァイトスネークは再び激しい咆哮を上げた。
怒りから明らかに挙動が激しくなるが、確実に攻撃が効いている証拠。
怒れば攻撃が単調にもなる。
あと、もうほんの一押しだ!
次にチンピラ達側が攻撃をしたタイミングで――
「――ッがは!」
そんな時に、ボスの正面側から聞こえる嫌な予感がする声。
「佐藤さん!?」
振り返ると、俺の視界には口から血を吐く佐藤さんが映った。




