ワタシと貴方の物語
ワタシの物語を書こうと思う。
まずはワタシの自己紹介でもしようか。
1993年の夏、予定日を1週間もすぎてから産まれた。
両親はワタシが5歳の時に離婚し、そこからは母と祖父母との生活だった。
母は保育所の時から幼馴染の家に夜もも入り浸り子供の頃からひとりで布団を引き1人で寝る様な生活だった。
小学校、中学校、高校と適当に過ごしそのままワタシは夜の世界で働き始めた。
ダラダラとただ過ぎて行く毎日。だけどなんだかんだ水商売はワタシの天職な気がしていた。
そんな中お客様にストーカーをされ怖くなりニートになった。
その流れでワタシは父のいる東京に上京した。
そこで出会ったのがのちに旦那になる人であった。いわゆるデキ婚、ああいまだゆう授かり婚である。
そんな旦那はというとモラハラとDVが激しく息子が1歳の時に離婚した。
そんな時に出会ったのが今の彼氏である6歳も下の男の子であった。
そう、ここからはこの彼との話を書こうと思っている。
ワタシは昔から"無性の愛"というものはないと思って生きてきた。
母は常に女として生きていたし、男性は体を求めるし、全てがどうでも良かった。
ただ、彼はワタシがどんなに泣こうが怒ろうが『それが君だから大好きなんだよ。それでいいんだよ。』と伝えてくれた。
ワタシは息子に"無性の愛"を与えてあげられているのかと悩んだ時には『こんなにも笑ってお喋りしてくれるってことはたくさん愛を伝えてきたからだと思うよ。』と伝えてくれた。
涙が溢れた。今までの自分は間違ってなかったんだよ、と初めて自分で自分を認めてあげられた。
ああ、幸せだなあ。こんなに幸せでいいのかなあ。
そんな時にワタシの持病(双極性障害)が悪化した。何も出来なくなった。
情緒が不安定になり1ヶ月ちょっとで10kgも痩せた。
自殺未遂もした。薬をたくさんので気がつけば全然傷だらけで警察に保護されていた。
ただ、彼はそんなワタシをみても『ちゃんと生きてたからいいよ。しんどかったね。』と伝えてくれた。
なんて馬鹿なことをしたのだろうと思った。
そこからは仕事もやめて、生活保護を受けまったりとした時間を過ごしていた。
時間があれば会いに来てくれる彼。今になって優しく接してくれる様になった母。
そんな周りの人たちに支えられて、ワタシは今生きている。
とても可愛く優しい息子の為にも、支えてくれる周りの人にも感謝してワタシはこれからも生きてゆく。
ただ、普通に生きて行くことを目標に。
ここまで読んでくれた貴方に心からの感謝を送る。
ありがとう。こんな駄文を、読んでくれてありがとう。
今少しでも生きるのが辛い貴方がいるのなら
こんなワタシもいるんだよ、と
ありきたりだけど生きていればなんとかなるよ、と
伝わればいいなと思う。
ワタシは元気な時にしか文章を書けないけれど
幼少期の辛かった思い出などもまた書ければいいなあと思う。
その時はまた、ワタシに会いに来て欲しい。
また、生きて会おう。顔も知らないワタシと貴方で。