ナットと木ネジ
物と物をくっつけて固定する場合に、ネジが使われます。
ボルトとナットも広い意味ではネジの一種です。
単にネジと言った場合、先のとがったクギにネジ山がついている木ネジを想像するでしょうか。
このお話では、ナットをボルトではなく木ネジで固定するようです。
だけど、本当にそんなことができるのでしょうか。
既出の小説『変身ヒーローの僕と握手』と同じ舞台ですが、独立したお話です。
黒森 冬炎様主催の『螺子企画』参加作品です。
僕こと杉山太一は、悪友の岩波拓馬の借りているアパートにやってきた。
拓馬から電話で呼び出されたのだ。
ふだんは余裕ぶっている彼が、今回はなぜか焦っている様子だった。
いったい何があった?
アパートに着くと、落ち付かない表情の拓馬が出てきて部屋に通された。
「なぁ。聞いてくれよ、太一。俺の大事なギターが、壊れてこんなになっちゃったよ」
そう言って、拓馬は部屋の壁に立てかけてあるアコースティック・ギターを指した。
ギターの柄の先でヘッドとネックの間、弦を固定するナットっていうんだっけ?
それがついている所の裏側が壊れて、ヘッドが前に折れ曲がっている。
木でできた後ろの部分が割れてて、前の方でかろうじてくっついた状態だ。
昨日、拓馬が外にギターを持ち出して、帰ってきたらこうなってたらしい。
彼のギターケースはリュック型の柔らかいやつだ。
どこかにぶつけたのかもしれないな。
そんなに大事なものだったら、ハードケースに入れろよ。
「いや、拓馬。お前、まともにギターひけないだろ。処分すりゃいいじゃん。インテリアにしても邪魔だよね」
「何をいう。これは俺の大事な小道具だ」
特撮ヒーローファンの交流イベントで、よく持っていくらしい。
カラオケの時には、これでリズムをとってマラカス代わりに使っていたようだ。
弦楽器というより、打楽器みたいな使い方をしてたのかな。
ヒーローを演じた俳優さんのファンイベントにも持っていくそうだ。
そんなイベントがあるなら、僕もさそってよ。
「わかったよ。ちょっとギターを見せてくれ」
僕はギターの割れた箇所をよく見てみた。
綺麗に割れてて木の匂いがする。接着剤とかで直せるかなあ。
「拓馬。僕たち素人がへたに考えるより、楽器屋さんに頼んだ方がいいんじゃないか? それかギターに詳しい遠山さんに相談するとか」
遠山さんは大学の先輩だった人で、すでに卒業している。
会社務めだが、副業で大道芸もやっている人だ。
ギターを持ってて、僕と拓馬もいろいろと教わった。
とは言っても、僕も拓馬もギターをちゃんと弾けないけどね。
「遠山先輩には電話で聞いてみた。楽器屋でこれを修理すると十万円くらいかかるって。四万円で買ったギターなのに」
「そりゃあ、買い換えた方が安いな」
僕はギターのヘッドを引っ張って、割れたところをくっつけようとしてみた。
弦が強く張られているので、くっつけるだけでも相当に力がいるな。
これ、もしも接着剤で一時的についたとしても、弦の引っ張りですぐに割れそうだぞ。
「とりあえず弦を外して接着剤でつけようか。その後も弦をずっと緩めておけばいいんじゃないか。いっそのこと弦をつけなければ、エアギターとかインテリアでは使えるかな。買い換えるのが一番早そうだけどね」
「太一ー……。俺はこのギターをイベントで使いたいんだよー。買い換えるのは最後の手段だよぉ」
「わかった。やれるだけやってみるよ。工具はキリとドライバーがいるな。それと接着剤とセロハンテープはあるか? あとは、ネジとワッシャーも」
「おお、やってくれるか。いりそうなものを集めてこよう」
接着剤でくっつけて、その状態でネジでとめるしかなさそうだ。
拓馬が道具類を探している間、僕は彼の本棚を見た。
相変わらず、オタクな品揃えだ。
昭和、平成、令和の変身ヒーローの資料が並んでいる。
コミカライズ化したヒーロー漫画もそろっているな。
月光仮面の漫画もあるぞ。
僕は本棚から、『京本政樹のHERO考証学』という大きめの本を取り出した。
この本では、作者が作った特撮ヒーローのレプリカ衣装が紹介されている。
僕もヒーローのコスプレ衣装を段ボールで作ったことがある。
だけどレプリカ衣装ってのは、コスプレ衣装とはぜんぜん違う。
テレビ放映当時の衣装を、材質やサイズまで限りなく本物で再現しているんだ。
当時の素材が手に入らない場合も、できるだけ似たものを探してきているとか。
さらに、ヒーローを演じた役者さんと対談して、撮影当時のエピソードなんかも入っている。
ヒーローの役者さんは、年をとってもカッコいいねえ。
やっぱり目ぢからがすごいんだよ。
次に拓馬が俳優さんのイベントに行くときは、僕もついていこう。
その本をパラパラと見ていると、拓馬が道具をかき集めて戻ってきた。
僕は本を閉じて本棚に戻した。
「太一。これで何とかなるかな」
「どうだろう。じゃあ、先に弦をゆるめるよ。もしかしたら途中で弦が切れるかもしれないけど、予備の弦はあるのか?」
「あるぞ。これだろ。ギターを買ったときについてた6本セット」
「ってことはお前、もしかしてギターを買ってから一度も弦を替えてないの? 遠山さんは年に何回か替えてるって言ってよな。ちょうどいいや、弦を全部外して交換しよう」
僕はヘッドのペグを回して6本の弦をゆるめていく。
途中で、ピンッ!と音がして1本切れた。
気にせずに外していくと、他の弦がもう1本切れた。
これ、壊れてなくても弦がやばい状態だったんじゃないか?
弦を全部外した後、僕はギターを裏返しにして、割れた箇所に木工用ボンドを薄く塗った。
ヘッドを引っ張って割れ目を合わせる。
その状態で拓馬にヘッドを押さえててもらい、割れた箇所にセロハンテープをグルグル巻いた。
「拓馬。もうしばらく押さえててくれ」
そういって、僕は割れた箇所の後ろからキリで2か所、穴を空けた。
ネジにワッシャーを挟んで、ドライバーでしっかり固定した。
「手を離していいよ。ネジ留めしたから、そう簡単には割れないと思う。でも次に壊れたら処分するしかないからな。1日おいて、ボンドが乾いたら弦をつけときな」
「なぁ、太一。弦の張り方はこの本に書いてるけど、手伝ってくれないか。それに調律のやり方がよくわからん」
拓馬は初心者向けのギター教本を持っている。
チューナーっていう音の高さを測る道具で確認しながら、弦の張りを調整するらしい。
プロの人では、チューナーなしで自分の耳で調律できる人もいるみたいだね。
絶対音感っていうんだっけ。
「ああいいよ。ギターの調律ができるスマホのアプリもあるらしいから、探しとくね」
僕はそう言いながら『京本政樹のHERO考証学』をまた開いた。