戦闘開始の鐘が鳴る
胸がムカつくような煙の匂いが充満しする中、劉備はひたすら疾走する。
全焼している家も少なくない。
「うおお?!」
目の前を通りすぎた影は、火だるまになった馬だった。
この時代の馬は現代のサラブレットよりも小型だが負けず劣らず体力があり、長距離の疾走はお手の物だ。ざっとポニーサイズか。
馬は火だるまになりながら暴れて最終的にはまだ燃えていない家屋に突っ込んで炎を拡大させた。
ガラガラと家屋が崩れて馬は下敷きとなり絶命し、そのいななきは断末魔となり周囲に響いた。
劉備は近くの井戸から水を汲み上げてその家屋に何回もかけて鎮火すると桶を投げ捨てて再び賊の方に向かう。
この時代の家は版築工法という4枚の板で枠を作りその枠の中に土を入れて大勢で踏み固めてそれを何枚も重ね土台を作り、その上に煉瓦を積み上げて壁を作る製造方法で作られていた。
しかしちゃんと焼かれた煉瓦を使うのはお金持ちで、こういう庶民の家は天日干ししただけの粗末な泥煉瓦で作られていたため、ちょっとしたことですぐに崩壊し、もっとタチの悪いのが扉が歪んで火事の時に脱出できないというところだ。
劉備は井戸の周辺にある家屋の炎を片っ端から消していった。
シュウウという水の蒸発する音が鳴り、もくもくと煙が上がる。
倒れた泥煉瓦の下から、焼け焦げた人の腕が見えた。
「ひでえな」
おそらくこの人はもう死んでいる。
どう足掻いても助からない。
「ちくしょう」
とにかく今は持っている剣で賊を切り捨てることが最優先事項だ。
(「村の自警団は全滅状態。オレ一人だけでも削らねえと」)
集落の畑のところまで来た時、黄巾賊を5人くらい発見した。
どうやら殺した村民の体から金目の物を盗んでいるらしい。
瓦礫の影からその様子を伺ってみる。
(「槍持ち二人、剣持3人か・・・」)
槍はリーチで勝り、剣は素早さで勝る。
この時代の剣は現代のように『鋭さ』で斬るのではなく、『重さ』で斬る武器だ。
現代の剣士ほど素早くはないが、一撃でも貰えば致命傷は確定だ。
骨ぶち抜いて臓物も飛び散るぞ。
劉備はとりあえず近くを見渡してみて、今隠れている瓦礫のそばに、一尺(この時代では24センチくらい)程度の長さの木の棒を見つけた。
そしてその周辺にはいい感じに燃え上がる家屋が。
(「そうだ!!松明をつければいいじゃねえか!!」)
劉備は持っていた金貨袋を破いて一枚の布にし、その木の棒に巻きつけた。
幸いその木の棒はちょうど松明用の松の木でできており、すぐに火がついた。
即座に黄巾賊のところへと走った。
田畑の乾いた土を踏みしめて、火の粉を散らしながら全力で走る。
黄巾賊は劉備に気づいたのか、顔を見合わせてブツブツと喋り出した。
「あ?おい、なんか来たぞ」
「きっとけ」
「おう」
一人の剣を持った大男が前に進み出て、その剣を構える。
他四人は金目の物を守る係だ。
劉備は剣を鞘に収めて、ゆっくりと大男との距離を縮めていく。
大男の身体を舐めるように見渡して、松明を持つ左手をグルングルン回しながら。
30秒ほどその睨み合いが続き、ついに大男が斬りかかかってきた。
グンッと強く大地を踏み、最高速度で突撃をかます。
剣を上段に構え、劉備との距離が後四尺ほどになった時、
「うがああああああああ!!」
猛獣のように吠えながら、一気に剣を振り下ろす。
しかしその剣先が劉備の体を引き裂くことはなかった。
劉備の取った行動はとても単純であり、スッと体を横に逸らして斬撃から避けただけだ。
そして大男に体制を立て直す暇も与えずに、その首筋にゴウゴウと燃え盛る松明の火を当てた。
大男は一瞬感覚が消えたかと思い、直後首筋に違和感を感じ振り向こうとした時、想像を絶する熱気と激痛が襲ってきた。
「うあっ、あっ、ああああああああああ!!!!」
彼の体は瞬きする間に炎に包まれて、ただあたりに熱気を撒き散らしながら直立したまま暴れ回る。
その隙を劉備という男は絶対に見逃さなかった。
彼は松明を一旦地面に落とすと、即座に大男の首を切り落とした。
血しぶきがと炎に包まれた首が宙を舞い、やがてゴロゴロと地面を転がる。
首無しの体は数秒ほど立っていたが、それも膝から崩れ落ち、ただの灰となっていく。
一瞬。
残りの黄巾賊は予想外の展開に驚愕の色を示し、劉備の方を睨みつける。
「てめえ、いげえとやるじゃあねえのよ・・・!」
黄巾賊の一人が槍の刃先を劉備に向けてニヤリと笑う。
一人やられたが後四人も残っている。
集団リンチは変わらない。
劉備は静かに歯噛みする。
(「やべえ、4対1は流石にきちいぞ。いっそのとこ逃げて体制を立て直すか?」)
劉備とてそこまで剣の腕に自信があるわけでもない。
大男1人斬れたと言って増長するな。
さっきの敵はリーチが同じだったからよかったモノの、今度は槍と剣の連携まで入ってくると来た。彼1人では到底捌けはしないだろう。
剣の革製のつかが、手汗でびっしょりになっていることに気がついた。
人を殺したことによる興奮と恐怖が滲み出ている。
「本格的にヤバいな」
無意識のうちにそう言葉が出ていた。
本当に、守れるのだろうか?
たった1人の青年の力で。