黄巾賊の襲撃
「ーーー!!」
薄らとした意識の中で、何かの叫び声が耳に入ってくる。
時刻はおそらくもう夜の10時は回っていると言うのに、起こされるこっちの身にもなってみろと劉備は思った。
いっそこのままダンマリ決め込んでやろうか。
「ーーろ!!」
え?
何言ってんの?
こんな時間に元気ですこと。
しかし少し変だ。何かって、匂いだ。
なんか焦げ臭いような、そんな匂い。
音もなんか、叫び声が多く聞こえる気がする。
これは何かが燃えているのだろうか?
「劉備!!起きろ!!村が燃えてる!!」
眠気を引き裂いて脳に届くその怒声は一気に劉備の意識を呼び戻した。
ガバッ!!とローブを退けて上体を起き上がらせて、劉備はキョロキョロと周りを見渡す。
目の前にいたのは冷や汗を浮かべる張飛。
そして微かにかおる焦げ臭い匂いとパチパチと言う何かが燃えている音。
劉備は遅れて言葉の意味を理解した。
そしてこの必死そうな張飛の表情を見て、すぐに飛び上がってローブを着て、家の扉を開ける。
熱気が身体を叩きつける。
思わず目を瞑りたくなるような悲惨な光景が目に飛び込む。
それは残りわずかの眠気を一気に蒸発させた。
逃げ惑う親子、それを追いかける賊。
父親を殺してその娘を引っ張る賊。
家の住民を皆殺しにする賊。
金品を奪う賊。
火をつける賊。
そして容赦なく蹂躙される村の自警団。
思わず呟きが漏れる。
「こりゃあひでえ」
劉備はその賊たちを一瞬だけ観察する。
そして、気づいた。
賊はただの族ではないと言うことが、一瞬で分かったのは、その賊たちが頭に被せている頭巾。
その色。
目が覚めるような、しかし返り血が少しだけ付いている黄色い頭巾。
そう、黄色の頭巾はーー。
「・・黄巾・・賊?」
劉備は訳が分からなかった。
仮にもこの集落は深い森の中にある。
劉備も少しだけだが回ったことがある。
高い柵に囲まれ、二十四時間体制で狩人が見張り、罠もプロが担当しているだけあって高性能で、堀も深くて自警団の練度も高い。
防御においては下手な砦よりも固く、近くには集落を囲むようにして川がある。
最高の立地のはずだ。
そんじょそこらのろくに軍事訓練も積んでないような賊なんかにゃあ到底突破できない。
ましてや殆どが農民上がりの黄巾賊になど。
いや、よく見ろ。
数が多い。
視界に入るだけでも20人。
皆ここら辺でよく居る異民族風の堀の深い顔をしている。
そして背も高いし筋骨隆々としている。
酒場で見かけたら本能的に逃げ出すくらいには怖い。
しかも何人かは宮廷騎士団顔負けの重装備を着込んでいて、剣も立派だ。
恐らく股間も・・・いやなんでもない。
ほとんどの黄巾賊は農民上がりなためか鍬などの農具で戦っているが、数人はちゃんとした武器で戦っているところを見ると、おそらくリーダー格であろう。
劉備が唖然として立ち止まっていると、張飛は急いで家に飛び込み、金属製の槍を取る。
そして呆然としている劉備の肩を揺さぶって、
「アンタは逃げろよ!!無関係な人を死なせたくない!!」
口調は厳しかったが、彼なりの思いやりなのだろう。
しかし劉備は同意できなかった。
この惨状は見過ごせなかった。
この幼い少年に何ができるだろうか。
今の劉備には一応、剣があるのだ。そして申し訳程度だが剣術もそこそこ嗜んでいた。
一応は戦える。
だがもし自分が死んでしまったら、張飛の行いが水泡に帰す。
いや、それでもダメだ。
この20人余りの敵を、この少年が相手できるはずがない。
しかも後ろには村民が。
自警団は少なからず残っているものの、全滅も時間の問題だ。
そうごちゃごちゃと考えていると、返答の遅い劉備に対して張飛は激怒した。
張飛は劉備の胸ぐらを掴んで、全力で、少し不快感を混ぜた声で叫ぶ。
「おい、なんとか言えって!!結局お前、何がしたいんだよ!?」
そう言うと劉備は家に飛び込んで剣を取り、そしてすぐさま家から飛び出て燃え盛る家の方に走り出した。
その背は誰よりも雄々しく男らしい。
彼は張飛の方に振り返って、
「助けるしかねえだろ!!早くしろよ!!」
彼の剣を握りしめる音が、確かに、はっきりと、聞こえた気がした。