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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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幕間

四章幕間です。


 或る日で在った。私は友人と、自宅の暖炉の前で話し込んで居た。窓の外では雪が重く降り積もり、窓枠に吹き溜まり、外の風景を狭めていた。

「あの物語は、書き継いで居るのかい?」

 外とは一転し、豊富な燃料燻る暖炉の御陰で、室内は小汗を掻くほど暖かい。膝掛けの上に広げて居た書物から目だけ上げて、私は答えを曖昧にした。

「程々には」

 揺り椅子を軋ませて友人は面白そうに訊く。

「読んで遣ろう」

「未だ駄目だ」

 此処は突き放した方が良いと踏み、私はつれない返事をする。

「良いでは無いか。もう読む物が無いんだ。友人として私の退屈凌ぎに協力しても罰は当たらぬだろう」

 進歩主義者の癖に古風を言う。大体彼女の膝の上の本は、先程から半ばで止まって居る儘では無いか。退屈がてら私に相手をさせたいだけなので或ろう。

「未だ駄目だ。切りが良い所まで書けたら、君に読ませるよ」

「何時に成ったら書けるのだ」

「その内に」

 暖炉の火に焼かれた頬を痒そうに擦り、

「ならば今すぐ書け」

 まるっきり駄々っ子の性急さで在る。とは言えど私も嫌だと強く撥ね付けられる立場では無いのだ。今日も今日とて物語の資料に成りそうな物を、彼女が探して持って来て呉れたのだから。

「全く君という奴は」

 取って置きの酒でも出して黙らせようと暫し画策してみたが、其れでは彼女を調子付かせるだけで或ろう。私は黙りを決め込む事にする。目を移せば我知らず、空は夕暮れの色を強め始めて居る。壁掛けの重たい時計を見ると成る程、既に日が落ちる時間で在った。知らず知らずの内に彼女が持参した書物に、深く熱中して居た様だ。

「酒でも飲むか」

 云ったのは勿論私では無く、友人で或る。初めて招いた此の家で、我が家の様に振る舞うが、気兼ねする間柄でも無し、何時もの事だと苦笑だけで済ませて置く。琥珀の液体を二つのタンブラアに注ぎ、一つを飲み干しながらもう一つを私に寄越す。受け取り、私が其の12の年月を封じ込めた芳醇さを味わう時にはもう、彼女は自分の二杯目を注ぎ初めて居た。

「少し味わい給えよ。良い酒なのだぞ」

 彼女は二杯目も一気に飲み干し、

「うむ、良い酒だ」

 全く悪びれる様子が無い。莫迦莫迦しく成り、本を閉じ、私もその酒を喉に流し込む。食道を焼くアルコホールに、小さな歓喜が入り混じる。

「君にこんな豪勢な別荘が或ったとはな」

 豪勢は言い過ぎで或るが、雪景色の中の煉瓦造りの建築物等、私個人の持ち物としては過ぎた代物で或ろう。弁解がましく教える。

「父の物でね。遺産代わりに譲り受けたのだ」

「成る程」

 世事雑事にはとんと興味が無い彼女で或る、あっさり得心する。タンブラアを持った手で私を指差し、

「あの物語を、纏める積もりは無いのか?」

 其れは本にする積もりなのか、と言う質問の裏返しで或る。しようにも当てが無い、と正直に答えると、

「知り合いに出版等に携わる者が居る。良ければ紹介するが?」

「いや、結構だよ」

 此れは只の手慰みで、元よりそんな積もりは無い。取り敢えず全て書き終えてから決めようと思って居るの。いざ気持ちが起これば、自費で出版して友人に配ろう、程度には夢想していたが。

「そいつは面白そうだと云って乗り気で居たのだがな」

「見せたのか?」

 流石に不機嫌に成る。彼女を信じて読ませたのに、他人に見せるとは何事か。

「話しただけだ。見損なうな」

「そうか。済まない」

「いや、良いさ」

 其れから意地悪気な笑いを浮かべ、

「君が書く所が、面白いと其奴は云って居た。其の意見に、私も大いに賛成した物だ」

 笑い話にするとは悪趣味な者共だが、其れで友人の言って居る相手が想像着いた。彼女の学友且つ悪友の、出版会社支配人で在る。此方も同じく美人で独身と来て居る。世の独身男性にとっては勿体無い話だが、いずれ譲らぬ毒舌家で鳴らして居る。

「特に少年と少女の逢瀬が良かったな。君の青春時代を垣間見た気がするよ」

 其の発言が正しく的を得ていたので、私の狼狽振りと云ったら無かったで在ろう。せめてアルコホールの御陰で充血した顔を悟られずに済んだ位か。

 確かに彼女の云う通り、この物語は私の最も幸せな記憶と、そして思い出すのも苦痛な記憶を、幻想と言う工作機械で不器用に繋げた物で在る。この物語の中には、私が他人に見せない一面が、正しく映写機の如く映し出されて居るに違い無い。

 私がこの物語を読まれる事を、此れ程恥ずかしく思う事こそが、其の証左と云えよう。

次回より四章本編。

本日正午に投稿。

カサに試練が訪れます

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