〈三十二〉戦士たちの別れ
戦士たちの別れは淡白であった。
充分な数の獲物を手にしたイサテの戦士たちは、一礼し、朝早くに去っていった。
パデスの離別の挨拶は丁重で、この交流が短い間であったが有意義であったと、ベネスの者全てに対して深く謝意を示した。
カサも別れを寂しく感じた。
せっかく仲良くなったノキと、また離ればなれにならなければならない。
たった十日あまりの事であったが、戦士の中に同じ年頃の友人がいないカサにとって、誰にでも気安いノキの存在は大きかった。
ノキも、とび抜けて優秀なカサに友人がいない事に驚き、残念がってくれた。
「さよならカサ、また狩りの空で」
「さよならノキ。また狩りの空で」
お互いの手首をつかむ、砂漠式の握手で二人は別れた。
一方こちらも気の合うソワクとパデスは、お互いに目配せをしただけで、無言のうちにそれぞれの集団に戻る。乾いた砂漠の風のように、後にひかない別れである。
「ゆくぞ!」
パデスの号令のもと鬨の声をあげ、イサテの戦士たちが一足先に帰路につく。
去ってゆく彼らに、残されたカサが名残惜しげな視線をおくる。
カサと彼らの間の空間を、スェガリ、獣の臭いが混じる風が吹きさらってゆく。
やがてベネスの戦士たちも、狩り場を去る日が来る。
ひとたびの静寂を取りもどした大地も、すぐ訪れる幾多の戦士たちの足音に、また眼を覚ます事だろう。
夜が訪れ朝が来て、人の営みはつづいてゆく。
戦士が邑に着いてすぐに迎え出てきたのは、小さな子供たちである。
「戦士だ!」
「戦士が帰ってきた!」
「おうい!」
男の子たちにとって、戦士は憧れの対象である。
多くの男の子が、戦士になる事を夢見、お気に入りの戦士に自分を重ねて得意になる。
そんな子らが、邑の入り口にちらほらと姿を見せている。
そんな彼らの目当ては、ただ一人。
近ごろ頭角を現す有力な戦士長候補であり、あの大戦士長ガタウの後を継ぐ者と噂される若い戦士、カサ。
彼を見るために、朝早くからここで待っている男の子も少なくない。
その、カサである。
ヨッカからあらかじめ聞かされていたが、彼らの開けっ広げの笑顔に、カサは戸惑う。
批判の槍玉にあげられこそすれ、歓迎には値しない人間だと、カサはずっと思われていた。
四方から投げかけられる視線の中に、知った顔がある事に気づく。
「……カサ! ……カサ!」
ラノだ。戦士たちを遠巻きに追いかけながら、声を潜めてカサを呼んでいる。そのラノに、何人かの友達たちもつづいている。
まわりの目もあって、返事を返す訳にもいかないカサは、首を小さく振ってラノたちに応える。
ラノたちが笑い声を上げて走ってゆくと、カサはホッとする。
――戦士たちが集まっている所に来ちゃいけないって、後でちゃんと言っておこう。
ため息をつくカサ。
その安堵の奥底に、むずがゆさがある。
ずっと疎まれてきた自分が、急に子らに懐かれるのに、戸惑いと照れくささがないまぜになる。
まとわりつく子供たちを引き連れ、戦士たちが邑に戻る。
次回、三章最終話。
あの娘との再会です。




