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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第三章 砂漠
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〈十八〉助言

「どうしたの?」

 カサの異変を最初に指摘したのは、ヨッカであった。

「え?」

 質問がだしぬけで、カサには訳が解らない。

「カサ、にやけてる」

「え?!」

 一瞬で顔が真っ赤になる。

 深夜、ラシェに逢いに行く事を考えて、早めに寝ていた所を、食事を持ってきたヨッカに起こされた。

 ヨッカの焼いたヒシをほお張りながら、思い出すのはラシェの事ばかりで、そこにこの指摘である。

――まさかヨッカ、ラシェの事に、気づいてるんじゃないだろうか……。

 それが考えすぎなのに気がつくほど、カサは人生経験豊かではない。

 咀嚼していた口は止まり、背中には汗が浮いている。

「カサ顔赤いけど、平気なの?」

 経験のなさではヨッカも似たり寄ったりなので、鋭く追及もできない。

「カサ、居るか?」

 ウォギの外から声。返事を待たずに戸布を持ち上げて入ってきたのは、ソワクだ。

「よおヨッカ」

 ヨッカに気楽に声をかける。対してヨッカは緊張する。

 二人は一応顔見知りではある。前に一度、同じようにカサの天幕で顔を合わせたのだ。

 ソワクはいつもの調子で、すぐにヨッカに対して気安くなったのだが、ヨッカの方はまさか戦士の、それも名のある職長(この場合戦士長)に対して気軽に言葉をかける訳にもゆかず、終始固くなりっ放しであった。

「丁度良い。相手は多い方が良いからな」

 そう言って当たり前のように酒壺を置き、

「さあ飲むか!」

 と威勢がいい。

「僕は少し寝るよ」

 カサが、相手をしてられないというふうに横になると、

「おいおい、まだこんな時間だぜ? 日が沈んでから、まだ二刻(二時間)経ってないじゃないか」

 そこでヨッカが要らない口を挟む。

「カサ、何かおかしいんです。食べながら笑うし、寝てる時も笑ってたし」

「ほう……」

 さすがにソワクは気づいたようで、意地の悪い笑いを浮かべる。カサは無視しようと後ろを向いたが、

「カサ、女か?」

「ちっ、違うよ! 何言ってるの、ソワクは!」

 カマをかけられて、カサは首まで真っ赤になる。

 語るに落ちるとはまさにこの事だ。

「良いんだ良いんだ、それで誰だ? どんな娘だ?」

「違うって、言ってるのに!」

 声を上げるも、むきになるという事自体、肯定したも同然なのだ。

「カサに? 好きな子がいるの?」

「い……っ」

 いない、とは言えなかった。

 兄弟同然に育ったヨッカをたばかるのは、さすがに心苦しい。

「へえ……」

 ヨッカの何か言いたげな態度に気がつかなかったのは、カサに経験が足りない所為であろうか。

「どうした? お前にもいるんだろう?」

 気づいたのはもちろん、ソワクである。ヨッカの首をぐいと抱え込み、酒を注いだ椀を押し付ける。

「飲め。それから聞いてやる」

 勧められるままに椀を干すヨッカ。

 飲み干して一息、おもむろに語り始める。

「トカレっていう、僕と同じカラギ(食糧管理階級)の、二つ上の娘なんだけど」

 酒精の力か元の性格か、ヨッカは物おじせずに言う。

「ほう」

「優しいんだ」

 背を向けたまま、ヨッカの言葉にカサは聞き耳を立てている。心に浮かぶのは、ラシェの姿だ。

「どんなふうに?」

「失敗して叱られても、かばってくれるし、残ってする仕事が有る時には、手伝ってくれるんだ」

「お前だけにか?」

 首を振ったようだ。身じろぎの音だけでカサには判断する。

「みんなに。誰にでも優しいんだ、トカレは」

 ヨッカは誇らしげだ。その気持ちが、カサにも解かる。

「いい娘じゃないか。声をかけてみろよ」

「かけてるよ。毎日話す」

 かあっ、と天を仰ぐソワクの姿を、カサは見ないでも想像できる。

「そうじゃなくて、誘えって言ってるんだよ。二人っきりになるんだ。仕事以外で」

「そんなの、そんなの俺には無理だよ…」

「何言ってるんだ。いつも手伝って貰ってるんだろ?」

「う、うん……」

「その礼だって、そう言うんだよ。解るか?」

「うーん」

 ヨッカが渋る気持ちは解る。

 ソワクの言うやり方は、ヨッカやカサには露骨な誘いに思えるのだ。

「それで上手く行くのかなあ」

「そんなの判らねえよ」

「そんな、それじゃ声なんてかけられないよ!」

 これだけ人をけしかけておいて、判らないとは無責任である。

「判らなくても行かなきゃならないんだよ。その娘、結婚してないんだろ?」

 頷いたようだ。

「ならばそれこそ早く行かないとダメだ! その娘を好きなのは、きっとお前だけじゃないぞ。他の奴に取られたらどうするんだ」

「うーん、それは嫌だけど……」

「だから何とか二人っきりになれ」

「でも、お礼って、何すればいいか判んないよ」

「何でもいいんだよ。綺麗な物あげるとか、要は二人っきりなる事が肝心なんだ」

「そんなの、トカレに気持ちがばれちゃうじゃないか!」

「ばれないでどうするんだ! ばれてからが勝負だろう! 獣の狩りと一緒だ、向かいあって、こっちの槍の強さを見せる。向こうは槍に反応する。女の子から好きになって貰おうなんて考えるな。男だろ」

 例えが戦士階級以外には通じなさそうではあるが、ソワクの意見自体は的確である。

 好きになって貰うのに、自分から好きだと伝えるのは、率直ゆえに効果的なのだ。

「そうかなあ……」

 ヨッカは懐疑的なようだ。

「そうさ。俺の話をしてやるよ、まあ聞け」

 ソワクの頭に酒精がたっぷりめぐり、例によって例のごとき状態になったので、カサは夜具を引き寄せてひと眠りする。それでも頭の中ではそれまでのソワクの言葉が渦巻いている。

ーーもしも僕が、ラシェに気持ちを伝えたら、どうなるんだろう……。

 ラシェはカサに応えてくれるのか、それとも突っぱねられてしまうのだろうか。

 何の結論も出ないまま、時間だけが過ぎた。

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