〈十八〉助言
「どうしたの?」
カサの異変を最初に指摘したのは、ヨッカであった。
「え?」
質問がだしぬけで、カサには訳が解らない。
「カサ、にやけてる」
「え?!」
一瞬で顔が真っ赤になる。
深夜、ラシェに逢いに行く事を考えて、早めに寝ていた所を、食事を持ってきたヨッカに起こされた。
ヨッカの焼いたヒシをほお張りながら、思い出すのはラシェの事ばかりで、そこにこの指摘である。
――まさかヨッカ、ラシェの事に、気づいてるんじゃないだろうか……。
それが考えすぎなのに気がつくほど、カサは人生経験豊かではない。
咀嚼していた口は止まり、背中には汗が浮いている。
「カサ顔赤いけど、平気なの?」
経験のなさではヨッカも似たり寄ったりなので、鋭く追及もできない。
「カサ、居るか?」
ウォギの外から声。返事を待たずに戸布を持ち上げて入ってきたのは、ソワクだ。
「よおヨッカ」
ヨッカに気楽に声をかける。対してヨッカは緊張する。
二人は一応顔見知りではある。前に一度、同じようにカサの天幕で顔を合わせたのだ。
ソワクはいつもの調子で、すぐにヨッカに対して気安くなったのだが、ヨッカの方はまさか戦士の、それも名のある職長(この場合戦士長)に対して気軽に言葉をかける訳にもゆかず、終始固くなりっ放しであった。
「丁度良い。相手は多い方が良いからな」
そう言って当たり前のように酒壺を置き、
「さあ飲むか!」
と威勢がいい。
「僕は少し寝るよ」
カサが、相手をしてられないというふうに横になると、
「おいおい、まだこんな時間だぜ? 日が沈んでから、まだ二刻(二時間)経ってないじゃないか」
そこでヨッカが要らない口を挟む。
「カサ、何かおかしいんです。食べながら笑うし、寝てる時も笑ってたし」
「ほう……」
さすがにソワクは気づいたようで、意地の悪い笑いを浮かべる。カサは無視しようと後ろを向いたが、
「カサ、女か?」
「ちっ、違うよ! 何言ってるの、ソワクは!」
カマをかけられて、カサは首まで真っ赤になる。
語るに落ちるとはまさにこの事だ。
「良いんだ良いんだ、それで誰だ? どんな娘だ?」
「違うって、言ってるのに!」
声を上げるも、むきになるという事自体、肯定したも同然なのだ。
「カサに? 好きな子がいるの?」
「い……っ」
いない、とは言えなかった。
兄弟同然に育ったヨッカをたばかるのは、さすがに心苦しい。
「へえ……」
ヨッカの何か言いたげな態度に気がつかなかったのは、カサに経験が足りない所為であろうか。
「どうした? お前にもいるんだろう?」
気づいたのはもちろん、ソワクである。ヨッカの首をぐいと抱え込み、酒を注いだ椀を押し付ける。
「飲め。それから聞いてやる」
勧められるままに椀を干すヨッカ。
飲み干して一息、おもむろに語り始める。
「トカレっていう、僕と同じカラギ(食糧管理階級)の、二つ上の娘なんだけど」
酒精の力か元の性格か、ヨッカは物おじせずに言う。
「ほう」
「優しいんだ」
背を向けたまま、ヨッカの言葉にカサは聞き耳を立てている。心に浮かぶのは、ラシェの姿だ。
「どんなふうに?」
「失敗して叱られても、かばってくれるし、残ってする仕事が有る時には、手伝ってくれるんだ」
「お前だけにか?」
首を振ったようだ。身じろぎの音だけでカサには判断する。
「みんなに。誰にでも優しいんだ、トカレは」
ヨッカは誇らしげだ。その気持ちが、カサにも解かる。
「いい娘じゃないか。声をかけてみろよ」
「かけてるよ。毎日話す」
かあっ、と天を仰ぐソワクの姿を、カサは見ないでも想像できる。
「そうじゃなくて、誘えって言ってるんだよ。二人っきりになるんだ。仕事以外で」
「そんなの、そんなの俺には無理だよ…」
「何言ってるんだ。いつも手伝って貰ってるんだろ?」
「う、うん……」
「その礼だって、そう言うんだよ。解るか?」
「うーん」
ヨッカが渋る気持ちは解る。
ソワクの言うやり方は、ヨッカやカサには露骨な誘いに思えるのだ。
「それで上手く行くのかなあ」
「そんなの判らねえよ」
「そんな、それじゃ声なんてかけられないよ!」
これだけ人をけしかけておいて、判らないとは無責任である。
「判らなくても行かなきゃならないんだよ。その娘、結婚してないんだろ?」
頷いたようだ。
「ならばそれこそ早く行かないとダメだ! その娘を好きなのは、きっとお前だけじゃないぞ。他の奴に取られたらどうするんだ」
「うーん、それは嫌だけど……」
「だから何とか二人っきりになれ」
「でも、お礼って、何すればいいか判んないよ」
「何でもいいんだよ。綺麗な物あげるとか、要は二人っきりなる事が肝心なんだ」
「そんなの、トカレに気持ちがばれちゃうじゃないか!」
「ばれないでどうするんだ! ばれてからが勝負だろう! 獣の狩りと一緒だ、向かいあって、こっちの槍の強さを見せる。向こうは槍に反応する。女の子から好きになって貰おうなんて考えるな。男だろ」
例えが戦士階級以外には通じなさそうではあるが、ソワクの意見自体は的確である。
好きになって貰うのに、自分から好きだと伝えるのは、率直ゆえに効果的なのだ。
「そうかなあ……」
ヨッカは懐疑的なようだ。
「そうさ。俺の話をしてやるよ、まあ聞け」
ソワクの頭に酒精がたっぷりめぐり、例によって例のごとき状態になったので、カサは夜具を引き寄せてひと眠りする。それでも頭の中ではそれまでのソワクの言葉が渦巻いている。
ーーもしも僕が、ラシェに気持ちを伝えたら、どうなるんだろう……。
ラシェはカサに応えてくれるのか、それとも突っぱねられてしまうのだろうか。
何の結論も出ないまま、時間だけが過ぎた。




