〈十二〉少年と少女の距離
カサとラシェが、並んで座っている。
二人の距離は、一人分狭まっている。
荒れ狂っていたカサの心も今は治まり、虚脱し呆然と遠くをみている。
ラシェも落ち着いている。胸に抱えていた足も、今は楽に崩している。
目の焦点はあってないが、顔にも安堵が浮かんでいる。
そうして、一体どれほどの時間が過ぎたのか、遥かなる地平に朱がさし、やがて光が砂漠を照らし始める。
暁光。
まばゆい光が正面から、カサとラシェを迎えた。
世界が眼を覚まし始める。ラシェが腰を上げる。
「……行かなきゃ」
カサの、何かを請うような表情。ラシェの胸が痛む。
「水、朝以外は汲みに行きくいから……」
一緒にいたいと言う想いはラシェも同じだが、それは許されないのだ。
諦めてカサも立ち上がる。
名残り惜しいが、ラシェに迷惑をかけてはいけない。
「ラシェは明日、フェドラィ(冬営地)に移るんだよね」
「うん」
ラシェは不思議そうな顔をし、
「カサも行くのでしょう?」
カサは首を振る。
「僕は、行かない」
「どうして?」
「大戦士長が残るから……。戦士になってから、ずっとそうしてきたから……」
カサが黙り込む。
フェドラィに行かない事が、どういう事か、ラシェには解らない。
「じゃあ、いつフェドラィに移るの?」
また首を振る。
「移らない。もうずっと、フェドラィには行ってない」
「ずっとパラバィ(夏営地)にいるの? ヒルデウールが訪れても?」
まさかそんな事はないだろうと、ラシェは思っていたのだが、
「うん」
カサがあっさりと頷くので、
「それで、大丈夫なの?」
また首を振る。
「大変だよ。いつも死ぬかと思うぐらい」
思い出しているのだろう、カサの表情がつらそうにゆがむ。
ラシェは言葉が見つからない。
夜が明けるまでに、いろんな話をカサから聞いたが、ここまで酷い目に遭っているとは思わなかった。
べネスの人は皆、サルコリよりも楽に生きているのだと思っていた。
無言の間。
陽がまた上がり、世界が光度を増してゆく。
ラシェがつま先に落としていた瞳をカサに戻す。
「じゃあ、」
二人は見詰めあい、照れて笑う。
カサの頬の涙の跡、朝陽に照らされるその顔は、ラシェが思っていたよりも男らしく、胸がまた高鳴る。
「行くね」
一歩、後ずさり、クルリと踵を返す。
「あ……」
何か言わなければ、カサが口を開く。
「あ、ありがとう……!」
歩き始めていたラシェが、振り返る。
前髪が乱れ、くすぐったそうに直す。そのしぐさにカサの胸が高鳴る。
「じゃあね」
「じゃあ」
ラシェが早足に去り、カサはその背を、いつまでも見送っていた。




