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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第一章 少年
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〈五〉大巫女・マンテウ

 邑のマンテウ、齢定かでないほど皺に埋めつくされた顔の大巫女に、あの少年を戦士として扱うよう言われた時、ガタウも他の大人たち同様怪訝に思った。

 この夏の成人の選抜がすすむセイリカ、大天幕のなか、中央でたき火を前にした大巫女を取りまく、各職業の長たち、特に子育ての職にある者は騒然とした。

――なにゆえ?

 選ばれたその子は、特に体が大きい訳では無し、血気盛んと言う訳でも無し。

――素養が、無いのではないか?

――何より、幼すぎはしまいか?

 戦士選抜の段に、カサの名前が大巫女の口からあがった時、同席した長たちからも、そんな声が口々にあがる。

「……あの子を、戦士として、この夏、成人させるよう……」

 反発の声のあがる中、モゴモゴと呟くように、単語をひとつひとつ、区切りながらつぶやく大巫女。

 しわがれたその声は、意外なほどよく通り、天蓋に響く。

「……大戦士長、ガタウ……」

 マンテウ、大巫女が緩慢に首をめぐらす。

 髪飾りのまとわりついた長い髪のすきまから、唯一老いを感じさせない、澄んだ金色の瞳、だれもが怯むその視線をガタウにやる。

――無言。

 ガタウは動じない。

 同じく無言を返す。

 乾いた漆黒の瞳。

 大巫女とは対照的な、大戦士長の瞳。

 共通するのは、有無を言わせぬその眼力。

 ぱち、ぱちと、二人のあいだで、たき火の乾いた枝が爆ぜた。

 ぴりぴりと、刺激物をはらんだ空気が、天幕内に充満する。

「……お前様の、意見を……」

――ゴクリ、誰かがつばを飲む。

――ガサ、ゴソ、そこかしこで身じろぎの音。

「意見は、無い」

 この緊張感の中でも、ガタウのうなるような声の抑揚はかわらない。

「大巫女の言葉には、したがう。それが戦士だ」

――ふうぅ……。

 ため息ともうなりともつかぬざわめきが、天幕に満ちる。

「……ガタウよ……」

 大巫女が、呼ぶ。

 臆する様子なく視線だけを返すガタウに、大巫女は、小さく口の端をつり上げた。

「……お前は、相も、変わらず……」

 ふっ……、ふっ……。引きつるように、肩をゆらす。笑っているようだ、と気づいたのは、ガタウだけである。

 すべての職における新成人の名が読みあげられ、儀式は終わりを告げた。

 炎の前の大巫女が、まだ若い巫女見習いの娘に手をとられ出てゆくと、列席していた長たちも、一人また一人と席を立った。

 だれも居なくなった天幕の中、ガタウは一人、弱りゆく炎を見つめていた。

 そこで名の挙がった、カサ、という少年の事を、ガタウは知らない。

 この小さな集落で、顔さえ見た事が無いかもしれない。

 ガタウの交友はきわめてせまく、戦士階級以外で関わりのある人物といえば、邑長と、あの大巫女くらいのものか。

 妻を取らず、子供もいない。この男の人生は、ただ槍と共にあった。

 眉間にしわが寄り、失われた左腕を、我知らず撫でる。

――困難な狩りになりそうだ。

 どこか予感めいた気持ちで、ガタウは考える。

 ガタウというこのたぐいまれなる戦士は、もう長いあいだ、狩り以外の事を考えずに生きていた。

 片腕を失った時、そう生きると決めたからだ。

 フォッ、ひとつ揺らいで炎が消えた。

赤く焼けた炭も、しだいに闇へと溶け込んでゆく。

――ふうむ。

 一息うめいて身を起こし、天幕を出た。

 見下ろしてくる夜空は、いつか見た夜空に似ている気がした。

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