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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第三章 砂漠
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〈三〉ガタウの訪問

 三人目の訪問者は、足音を聞かせなかった。

「どうぞ」

 戸幕が上がり、中に黒い人影が滑り込んでくる。

 足音がない歩き方と鋭い瞳は、夜闇に出会えば、肉食獣にでも鉢合わせたかと思うであろう。

「どうしたんですか? こんな遅くに」

 今夜は来客が多いなと、手入れしていた槍を傍らに置き、カサが問う。

「一度尋ねたが、来客があったので、出直した」

 三人目の客は、大戦士長ガタウである。

 来客とはヨッカかもしくはソワクであろう。

「酒の匂いがするな」

「ソワクが……」

「そうか」

 最後まで言わせず、ガタウが頷く。

 カサは少し気まずくなった。

 ガタウが酒を飲まないのは、皆知っている。

 そのガタウを差し置いてカサだけが酒を飲むのは、ガタウがそれを責めずとも気が引けた。

「槍の手入れか」

「はい」

 槍は戦士の魂を導く道具だ。

 だから戦士は槍の手入れを疎かにしてはいけない、これはガタウの口癖のような物である。

 だから、と言うわけではないが、カサは槍の手入れをしつこいくらいにきちんとする。

 槍先を滑らかに削り、槍身をしごいて堅くする。

 師たるガタウの教えを守らねば、とする生真面目さの表れでもあるが、万事淡白なカサには、他にする事もない。

「この冬はどうする」

「残ります」

「そうか」

 短い問答だったが、それで十分だった。

 戦士になって以降、カサは冬営地に移った事がない。

 ヒルデウール荒れ狂う夏営地でガタウと二人、ひたすら槍の修練に努めてきた。

 この冬も、そうするつもりだった。

 カサにとっては、考えるまでもなく当たり前の事である。

 槍をしごきつづけたあの冬以来、カサはたくさんの事柄を、人生から切り捨てた。

 己が不具者であるという認識。

 それは何一つ不自由のない人間として、人と人との間に埋没するのを許されないと言う現実であり、人並みの幸せを手に入れる事が叶わないという証だ。

 気温が低く、資源の少ない冬営地での生活は、部族にとって、長い休閑期に当たる。

 戦士たちは食料獲得のために狩りに出るが、何日もかけて遠征したり、巨大な獣を狩ったりなど、労力の要る仕事はない。

 冬は安息の季節なのである。

 そしてその時期に、カサとガタウはひたすらに精進を重ねるのだ。

 怠惰な眠りも、満足な食事も、安全で暖かな天幕の中も振り払って、ただ槍をしごきつづけるのだ。

「そうか」

 ガタウが同じ言葉を繰り返す。

 そのまま立ち去る気配を察して、カサは捕まえるように反射的に声をかけた。

「ソワクが、レトの件で、気落ちしていました」

 何故そんな事を口走ったのか、判らない。残っていた酒気が、口を軽くさせたのだろうか。

「そうか」

 ガタウの返事は、たいてい同じ単語の繰り返しである。

 ガタウが立ちあがる。

 長居を好まぬ男である。用件が済めば、いつもさっさと帰ってゆく。

「お前は、祭りには行かぬのか」

「え?」

 しばし、質問の意味を見失う。

「祭りだ」

 祭り、という言葉の意味が飲み込めず、返事が遅れる。

「いえ……」

「そうか」

 ガタウが音なくウォギを出てゆく。

 残されたカサは、一人ガタウの残していった言葉を反芻しながら、その意味を汲み取ろうとした。



 祭り。

 あらゆる人種、国、集落に、祭りは存在する。

 人々の心を高揚させ、まとめる祭り文化は、人々の娯楽であり、政治(まつりごと)であり神事である。

 砂漠に生きる彼らにも、もちろん祭りはある。

 唄と、笛と、打鼓、そして踊り。

 魂を溶け合わせ、肉体を触れ合わせる祭りが、彼らの祭りである。

 酒と、火と、踊り。

 男女が出会い、契りを交わし、将来を約束しあう。

 彼らにとっての祭りとは、恋の季節の、一つの頂点である。

 月夜闇夜に燃え盛る炎、赤々と照らされる男女、満腹になるまで食らい、酩酊するまで飲み、一心に詠い、無心に踊る。

 彼らにとっての祭りとは、砂漠の中の、生命の体現である。

 彼らにとっての祭りとは、苛烈な環境での、魂の咆哮である。

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