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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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〈二十八〉地下茎

 戦士たちの狩りがつづく。

 この遠征で、狩ったコブイェックの数は十三を超えた。

 ガタウはいまだ、一の槍を見せていない。

 それをいぶかしむ者は多いが、ガタウと言う男は、己の真意を他の者に見せない。

 狩りで怪我人が二人出たが、どちらも傷は深くない。

 死者はまだ、出ていない。

 狩りは、順風に進んでいると言えるだろう。

 今のところは。

 疑い深い者は、凶事の前触れのようにも感じている。

 去年の狩りが、そうだったではないか、と。

 風が吹く。

 獣の臭いを含んだ、ありとあらゆる風が、戦士たちの周囲を渦巻く。



 ガタウに申しつけられ、カサが落ち木を拾いに野営地を離れたのは、陽の落ちる一刻ほど前の事である。

 焚き火の燃料はカサたちのような若い戦士が集めてくるのが慣例になっている。

 槍や天幕によい木があれば、それも拾う。

 これで野営地から離れてしまう事も多い。

 狩り場奥深くとまではゆかぬが、獲物が多いあたりまで出張る事もある。

 もし獲物を見つけたなら、小さな物なら一人で狩り、大物なら他の戦士を呼びに帰る、といった按配の仕事である。

 枯れた枝の多い灌木を引きずり上げ、縞トカゲの子を払いのけた時である。

 背後で足音。

 ウハサンやトナゴがカサに近づいて来る。

――また何か、いやなことを言うつもりなのかな。

 何を言われても無視を決め込もうと、枝拾いをつづける。

 ドッ。

「うっ!」

 腰に衝撃が来た。つんのめって倒れる。

 バシッ。

 肘に硬いものが当たる。槍で打ち据えられたのだ。

――僕は、殴られたのか?

 カサは混乱する。

 何故自分がそのような目に遭わされなければならないのか、判らない。

 腿の裏側を打たれる。

「ううっ!」

 容赦なくカサを痛めつけるつもりだ。

 その後は滅茶苦茶だ。体中、どこと言わず打たれる。

 逃げようともがくが、取り囲まれてはそれもできない。

 抵抗する気も起こらず、ただ小さく身を縮めてやり過ごす。

「思い、知った、か」

「コイツ、何も、喋らないぞ」

 トナゴ、ウハサン、そしてラヴォフの三人が息荒く背を丸め、左手だけで頭を覆っているカサを見下ろしている。

「おいテメエ」

 ラヴォフがカサの首筋を踏みつける。

「う……う、ぐ……」

 咽喉が圧迫されて、声も出せない。

 こんな事には慣れているのだろう、ラヴォフの暴力は的確で容赦が無い。

 これに比べれば、トナゴやナサレィたちの苛め方など可愛いものだ。

「あんまりでかい顔すんじゃねえ。ガキはガキらしく端っこの方で小さく膝でも抱えてりゃいいんだよ」

 槍尻で耳を打たれる。

「ぐあ……!」

 痛みが脳天にズンと響いた。

 手で覆わぬ所を狙うあたりに、ラヴォフの陰湿さが現れている。

「ああ? 答えろよ。ああ?」

 グリグリと踵で押しつぶすように体重をかけてくる。

「ご……あ、えあ……!」

 気道がふさがれ声が出せず、カサが苦しげにもがく。

「なんだよオイ!聞こえねえぞ!」

 さらにカサを踏みつける。酸欠で顔が青黒くなり始め、さすがに危険だと思ったか、

「おい、やばいぞ。あんまりやると、大戦士長にばれる」

 ウハサンが嗜める。

 そのうろたえた様子が更に調子に乗らせたか、ラヴォフは踏みつける足にさらに力を込める。

 ギチギチと、カサの首筋が軋む。

「……グ……」

 苦痛に、カサの顔がゆがむ。

 ラヴォフは笑っている。この上なく楽しげに。

 誰が見てもやりすぎだが、ラヴォフのゆき過ぎた怒りには、理由がある。

 あの夜ラヴォフは餓狂いに引き裂かれ、死ぬはずだった。

 それを救ったのは、ヤムナ、そしてカサ。

 屈辱だった。

 彼とて死にたかった訳ではない、もう一度同じ事が起これば、ラヴォフは何を差し置いても自分の命だけは守ろうとするだろう。

 だが平穏な日々に戻った時、ラヴォフは誰かのおこぼれで生きる事が許せない。

 自己愛が強く他罰的であり、命を救われたならば、救った相手を憎むその心理。

 ヤムナは死んでくれたが、のうのうと生きているカサは邪魔なのだ。

 ミリッ……!

「……!!」

 カサの意識が遠のく。咽喉が潰され、呼吸ができない。

――殺すつもりか……!

 カサの眼に火がチラついた。

 左手を回し、ラヴォフの足首を取る。

「あん? 何だテメエ」

 それを捻ってはずす前にウハサンが声をあげる。

「やばいぞ! 人が来た!」

「……チッ!」

 ラヴォフが足をどける。カサが大きく息を吸い込み、咳き込む。

「ゲヘッゲヘッ! ゲッへ…!」

 口の中に嫌な味が広がる。吐き気がこみ上げてくる。

「覚えとけ。お前は弱いガキなんだよ」

 まだ荒い息のままカサはラヴォフを見あげる。

 その眼に今まで見た事もない鋭さが宿っているのに、ラヴォフは苛立ちを覚える。

「テメ……!」

「早く!」

 ウハサンが急かし、ラヴォフたちは舌打ち一つ残して立ち去った。

 いや、トナゴ一人が残っている。

「何してんだトナゴ!」

 ウハサンが堪りかねて怒鳴る。

 ガッ。

 そのトナゴが、カサの腹を蹴り飛ばす。

「これはあの時の分だ」

 そう吐き捨てて、トナゴも他三人につづく。

 あの時とは、相撲の事を言っているのだろう。どこまでも姑息な男である。

 彼らの姿が消えてから、カサは身を起こす。

 周囲を見渡すが、ウハサンが言ったような人影はない。

 ラヴォフを止める為の方便だったのかもしれない。

 立ちあがって背を伸ばす。

 節々が痛むが、動けないほどではない。

 砂を払い、また木々を集めだす。

――何のために、こんなことをするのだろう。

 彼らの魂の卑屈さが、カサには理解できない。

 どうやらラヴォフたちには、カサが恵まれて見えるらしい。

 そうしたいなら、幾らでも変わってやるのに。

――まいにち槍をしごいて、ヒルデウールをあじわって……。

 死ぬような思いをしてまで、カサは人より上になど見られたくはない。

 もし人前に出る事をやめてよいと言われたなら、カサは迷わずそうするだろう。

 腕一杯の枝を抱えて、カサは野営地に戻った。

 そこでニヤニヤとカサを見て笑うナサレィに気がついた。

「随分やられたじゃないか」

 腕を組み、おごった口ぶりで言う。

「相変わらずだらしがねえな」

 ナサレィの横でデリがニヤニヤと笑う。

 いつもナサレィにくっついている少年で、およそ主体性がない。

 ナサレィに追従しておこぼれに与るのが、そのまま生き方になってしまったような人間だ。

「また俺たちも可愛がってやろうか」

 そして下品に笑う。

 カサは二人を無視して通りすぎる。

「オイ! 答えろよカサ!」

「耳をやられて聞こえないんじゃねえのか?」

 かまって欲しそうに張り上げた声を、ゆっくりとした足運びでやり過ごし、枝を集める場所に運んで行く。

 途中、何人かが腫れたカサの顔を見て眉をひそめたが、誰も何も言わない。

 彼少々顔を腫らした程度、戦士階級では子供の喧嘩にすぎない。

「終わりました」

 ガタウの元に戻り、それだけを伝える。

「そうか」

 ガタウが返す。それからカサを一瞥し、

「顔をどうした」

 と訊くが、

「別に……」

「そうか」

 それで終わり。もう何も訊かない。

 カサが何も言わないのなら、ガタウも何か手を差し伸べる必要はない。

 戦士階級は、問題ある者を優しく諭すような甘い社会ではないのだ。

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