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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
46/176

〈二十七〉相撲勝負

 翌昼過ぎ。

 朝早くから始まった小動物の狩りを一段落、戦士たちが食休みを楽しんでいた。

 戒めの多い戦士階級とは言え、そこは腕っ節の仕事である。

 彼らは事あるごとに、男らしさを競う。

 今は相撲である。

 車座を組み、一人一人背中から外に槍を置いて放射状の模様を作っている。

「ヨォ―――オ!」

 かけ声が響き、もつれ合った二人の男が倒れ、ドウと砂煙が立ち上る。

「サエクだ!」

「サエクの勝ちだ!」

「サエクが勝った!」

 男たちが口々に言う。

 サエクは若い戦士だ。白い大きな歯を見せて、誇らしげにこぶしを突きあげている。

 一方倒されたデアラ、サエクと同じ年の男は悔しそうだ。

 無理もなかろう、戦士たちが組んだ円座の中で行なわれる相撲は、勝敗がそのまま戦士階級の中での立場を決めてしまう。

 つまりこの勝負によって、サエクはデアラよりも有能な戦士であると見なされるのだ。

 たかが相撲と侮るなかれ。

 お互い無用に傷つけぬという了解の下で組み合い、力を競うとこの競技は、実はかなり多くの文化に見られる。

 祭りなどに好んで囃され、土地神に捧げられる物も珍しくない。

「次は俺だ!」

 立ち上がったのはバスという大柄の、がっちりとした男である。

 そのバスがソワクを指差して言った。

「さあさあ立て、俺と立ち会え! 今日こそこの神聖な狩りの大地にひれ伏させてやる!」

 鼻息が荒い。

 よき戦士と目されているがバスはまだ若く、戦士長にはなってはいない。

 そのバスが、同い年の幼なじみであるとはいえ、二十五人長のソワクにこういう遠慮を見せない口調で迫るのは、本来であれば礼を失している。

「ソワク! ソワク! さあ立て! バスを叩きのめせ!」

「戦士長の器を見せろ!」

「また目にもの見せてやるがいい!」

 周りが囃し立てる。こういう無遠慮な囃し言葉も、戦士階級の間柄ならではの気安さである。

「いいだろう」

 不敵に笑いながら立ちあがるソワク。

 長身で、立ち上がるとバスよりも更に大きい。

 横幅は負けているが、逞しさでは引けを取らない。

 ワッと歓声が上がる。

 カサも手を叩き、皆と同じく笑う。

 その大きな円陣の中で、ソワクとバスが向き合い、組み合う。

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 誰かが鬨唱をうなり始めた。

 この風習、元々は狩りの前に腕試しでもあったのだろう、それがこのような形で定着したのだとしても不思議ではない。

「ヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

 組んだ二人の身体に、力が入る。

 お互いを倒し、組み敷こうと二つの逞しい身体が揉みあう。

 殴る蹴る、顔に手をかけるなどをしなければどういうように組んでもよいというのが、一応の決まりである。

「ハー! ハー! ハッ! ハッ!」

 グイグイと押し出してゆくのは、ソワクだ。

 筋肉の塊のようなバスの巨体を物ともせず、あっという間に円陣の端に押しやる。

「イヤー! アー! ヤヤヤヤヤ!」

 歌の終わりと共にドウと切り返され、バスが横向きに倒された。

「オー!」

 砂ぼこりと歓声が上がる。

 笑って手を差し出し、バスを引き起こすソワク。

 その手を取ったバスも笑っている。

 二人は親友同士で、機会があるごとに相撲を取りあう仲なのだ。

 もっとも最近は、ソワクがバスに差をつける一方のようである。

「次は俺が戦士ソワクの相手をしよう」

 カサの隣で声がした。

 ガタウだ。

 立ちあがり、ソワクと向き合う。

「オオ……ッ!」

 先ほどまでとは、異質のどよめき。

 真剣な力の比べ合いとは言え、所詮相撲は遊びである。

 大戦士長が参加するなどとは異例で、年を取った戦士たち、多くは戦士長である彼らは皆無用の力比べを避ける。

 単純な力の勝負では若者の勢いに足をすくわれかねないし、もしも負ければ戦士長として下の者を統率するのに支障が現れる。

――ガタウは、大戦士長は、どういう心積もりなのだ。

 年長の戦士たちは気をもむ。

 思えば、この狩りの始まりからガタウはおかしかった。

 最も重要とされる一の槍をソワクにまかせ、自分はそれより重要度の一つ落ちる終の槍にまわった。

 一連の行動を、世代交代と受け取った者は少なくない。

――もしや大戦士長は、ソワクに全てを譲る腹積もりではあるまいか。

 戦士の中でも最高齢のガタウが相撲に参加するという行為を、そう受け取られるのは当然。

 年配の戦士たちが居並ぶ若者の顔を見わたす。彼らの瞳に光るの期待の目。

――もしもソワクが勝てば、全てが変わる。

 ガタウが負ければ老いた戦士の多くは勇退を余儀なくされ、押し上げられた若い戦士たちが主力となってこの戦士階級を率いるだろう。

 この勝負、二人だけの勝負では無いのだ。

 ガタウは相変わらずの無表情、だがソワクは困惑顔だ。

 このソワク、ガタウに心酔している。

 戦士になったその日から、ガタウこそただ一人本物の戦士として、憧れの目で見ている。

 だからガタウが進み出て目の前に立つと、途方にくれた様子になった。

「行け! ソワク! 大戦士長を倒せ!」

「お前の力をみんなに示せ!」

「これで勝ったら大戦士長だぞ!」

 冗談交じりではあるが、最後の一つこそ本音であろう。

 意気上がる若い戦士に比べ、ガタウ側の古参の戦士たちは物静かだ。

 みな腕組みをしてジッとガタウを見ている。

――大戦士長ガタウたる者が、なにゆえそのように軽々しき行いを。

 それを見極めようとしている。

 実際、ソワクは強い。

 狩りもさることながら、身体の頑健さでは、並みいる戦士たちの中でも群を抜いて強い。

 狩りではガタウが一番だろうが、単純な力くらべではソワクのほうが上、と断言する者もいる。

――大戦士長は、負けてしまうかもしれない。

 カサも雰囲気に危惧する。

 あのヤムナがそのまま成長したら、きっとソワクのような男になっていたであろう、と若い戦士たち皆が思っていた。

 資質には、この上なく恵まれている男なのだ。

 そのソワクが、迷いながらも車座の中央に進み出る。

 しなやかな長身はこうして見上げると、まさしく戦士の完成形である。

 一方のガタウは、静かだ。

 こちらは戦士の中でも特に背が低く、その上片腕を欠いている。

 しかし何より印象的なのは、眼窩の深いその瞳。

 闇の中の洞穴のように光の少ない目だ。

 新旧の優れた戦士二人が向き合う。

 お互いに大きな期待を背負っているが、いざ向きあえば迷いは微塵もない。

 真剣さが周囲にもひしひしと伝わる。

 世代交代の緊張感に皮膚がひりつく。

――もし負けてしまったら……。

 負けてしまえば、カサはどんな顔でガタウを迎えればよいのだろう。

 そしてソワクとガタウが組み合う。

 トジュ、下履きの腰紐にお互い手をかけ、力を入れあう。

 ソワクは両手でガタウの後ろ腰深くを掴んでいるが、片腕のガタウは右手一つでソワクの前を取る。

 そこから掛け声もなしに力を入れあう。

 相撲は戦士たちの好む遊戯とはいえ、正式な儀式でもない。

 はっきりとした作法は無く、技よりも単純な力比べの意味合いが強い。

 その二人、組み合ったまま動かない。

 力が拮抗しているのか、身じろぎ程度に動きはあるが、互いに大きく傾ぐことは無い。

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 狩りの鬨唄が二人を囃す。

 声を出しながら、両手が打たれる。

 拍子を刻みながら、この力比べを盛りあげてゆく。

「ヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

 動きがあった。

 ソワクが腰紐を取り直し、大きく力を入れ投げを打つ。

「エエイッ」

 動きはない。

「エエエイッ!」

 再び気迫充分の掛け声があがるが、ガタウの足元は根を張ったように揺るがない。

 それどころか、ガタウが腰をひねり振り払うと、ソワクの身体が大きくのめる。

 そして、

 ドウッ。

 そのまま引き倒されてしまう。

「オオ……」

 勝敗は明確であった。

 肩で息を吐き、横たわるソワクと平然と立つガタウ。

 余りの呆気無さに、ソワクが手を抜いたのではないかと思うほどだ。

「もう一度来い」

 ガタウに言われ、ソワクが再び組み付く。

「エイッ!」

「エイ!」

「エエエイッ!」

 つづけて思い切り投げをうつが、ガタウは微動だにしない。そして、

 ドウッ。

 簡単に引き倒される。

「もう一度来い」

 ガタウと向き合い、三度組み付く。

「エイイッ!」

「フッ!」

 ドウッ。

 三度投げ倒される。

 苦しげなソワク。

 ガタウの息は、チリとも乱れていない。

 ここに至って、誰も唄を囃さず、そして誰も声をあげなくなっている。

 ガタウが圧倒的すぎた。

 ソワク勝利への期待は粉々に砕かれ、若い戦士たちがうつむく。

――大戦士長の、呼吸。

 今の勝負の中で、カサは一つ、気がついた事がある。

 ガタウの呼吸の使い方が、槍を突く時と同じだったのだ。

 腹に溜めた空気を、口腔内で受け止めつつ歯切れよく吐く。

――どうしてなのだろう。

 その方が力が入れやすいのか、考えるだけでは判らない。

 代わりに頭の中で、今の身体の使い方を反芻する。

 そのカサに、ソワクとのひと勝負を終えたガタウが声をかけた。

「立て」

「え………?」

 カサは理解できない。

「次はお前だ」

――僕が、大戦士長の相手をするのだろうか。

 だがカサが立ち上がると、ガタウは周囲を見渡して言った。

「誰か相手をしてやれ」

 皆がお互い顔を見合わせる。

 何のために?

 誰と組み合っても、結果は見えているではないか、と。

――大戦士長はきっと、手塩にかけ育てたこの少年が勝つ所を見たいのだ。

 居あわせた皆が、そう思ったに違いない。

 重圧がカサに圧し掛かる。

――僕なんかが、勝てるわけがない。

 ガタウの望みに応えられないであろう事が、今からつらい。

「俺がやるぞ!」

 威勢よく立ちあがったのは、トナゴ。

 カサになら勝てると踏んだのだろう。

 肝の小さい男だが、力だけ見ればトナゴはそれほど弱くはない。

 同期の戦士たちの中でも体格のよさ、それも横幅の大きさだけならヤムナに勝るだろう。

 あからさまに侮ったトナゴの表情を見て、カサはうんざりした。

 誰に莫迦にされるのも仕方がないとは思っているが、トナゴのしつこさには疲れを覚える。

――きっと僕しかいばれる人間がいないのだ。

「さっきの力の使い方を見たか」

 ガタウの声に振り向く。

 もう自分の場所に座っている。その目がカサを射抜く。

「同じ様にやってみろ」

「え……」

 聞き返してもガタウは答えない。

――大戦士長とおなじようにすればいいのかな……。

 迷いつつ、中央に進み出る。

 そこではカサをやり込めようと息巻くトナゴが待っている。

 互いに組み合う。ガタウがやったように、カサはトナゴの前腰の紐を取る。

 こうして見比べてみると二人の身長差は丸々頭一つ分あり、体重差となると倍近く、ガタウとソワクの比ではない。

「オウ!」

 まだきちんと組み合わぬうちにトナゴが思い切り力を入れた。

 不意打ちに近い。

 早々に投げ飛ばして、笑い者にしようと言う算段だろう。

 だがカサの身体は、組み合ったままほとんど動かない。

「オウ!」

 また力を入れる、が、カサの身体は芯が真っ直ぐ立ち、危なげがない。

 それどころかカサが、

「フッ」

 力を入れると、トナゴの体が大きく揺らぐ。

「ウウオ!」

 たたらを踏んだが、何とか持ち直す。

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 カサの意外な健闘に、座が盛り上がり始める。

 先ほどの、ガタウとソワクの取り組みを思いだす者もいたろう。

「ヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ウオオ!」

 鬨声の囃す中、トナゴが焦りを見せ始める。

 だが無闇やたらな投げはカサに通用しない。

「ハー! ハー! ハッ! ハッ!」

「オオオ!」

 身体を左右に大きく振るが、カサはトナゴの力を大股に広げた足腰だけで受け止める。

――トナゴは、つよくない?

 意外な驚きだった。

 相手の顎下に頭を突っ込み腰を落とすカサを、トナゴは引き付けきれてない。

 だから力が逃げる。

――どうして力が入らないんだ……!

 ゼイゼイと息があがるトナゴ。

 何度力を入れてもカサのやや前傾した上体は揺るがない。

 引き付けきれない理由は、前腰に取ったカサの手である。

 投げをうつには、二人の腰と腰を密着させる事が必要だ。

 だが、その間合いがつめられない。

 全身の力を左腕一本に集めて押し返すカサが、力任せのトナゴを凌駕しているのだ。

「イヤー! アー! ヤヤヤヤヤ!」

「オオオッオオ!」

「フッ」

 トナゴが何度目かの投げをうつのに合わせ、カサも力を入れる。

 疲労しきっていたトナゴは、あっさりと大地に足を滑らせる。

 ドスウッ。

 たるんだ巨体が呆気なく砂に投げ出される。

「オオオオオ!」

 歓声が上がる。

 うつ伏せに両肘をつき、起き上がれぬほど疲労困憊したトナゴを、ふた回り以上も小さなカサが見下ろす格好になった。

 驚愕の眼でカサを見つめるのは、何もウハサンやラヴォフだけではない。

 若き二十五人長、ソワクも同じ眼でカサを見る。

――何と……!

 信じられない思いだった。自分がガタウに負けたのはまだ理解もできよう。

 だがこのひ弱な少年が、歳は若いとはいえあの大男を投げ飛ばすとは。

 カサが不安げに周囲を見回す。

 もしもここで誰かが挑戦してくれば、カサはそれに応えなければならない。

 恥辱に怒りを隠せぬトナゴが立ちあがり、息を切らせながら再びカサに挑みかかろうとした。

 だがそれを、意外な人物が止める。

「次は俺だ」

 立ちあがったのはソワク。

 誰もが驚く。

 トナゴもカサも、これには呆然とする。

 言うまでもないが、こういった野良相撲で、力の差がありすぎる者同士が取り組む事は少ない。

 勝敗の見えている相撲に意味はない。

 例外があるとすれば、男らしさを誇示したい者が、明らかに自分よりも強い相手に挑む場合であるが、この場合これは当てはまらない。

 ガタウがソワクの相手をした時には、よもやの可能性があったが、カサとソワクでは勝負にならないであろう。

 だが誰もソワクを嗜めぬのはその発言力と、何より今目の前で見た、予想外のカサの強さへの興味ゆえだろう。

「大戦士長ガタウ、いいか」

 ソワクがガタウに伺う。闊達な笑顔である。

 ガタウが止めれば、この勝負は預けられる事となる。

「お前とでは相手になるまい」

 ガタウは言う。

「手加減してやれ」

 止めると思いきや、許すと言う。

「オオオオオオオオオ!」

 俄然盛りあがる。

 釈然とせぬままトナゴは背を丸めて座に戻り、ソワクはやる気満々でカサの前に立つ。

 その大きさに、カサは身の縮む思いがした。

 背はトナゴよりさらに大きく、胸板厚く、腕や脚も太い。

 それもトナゴのような贅肉太りではなく、しなやかな力強さを発散する筋肉の太さなのだ。

――大戦士長……!

 カサが助けを求めてガタウをふり返るが、無表情に見つめ返されるだけで、窮地から救ってくれるつもりはなさそうである。

 カサは諦めてソワクと組み合う。

 身長差がありすぎて上手く組めないが、それでも何とか前腰を取る。

「がんばれカサ!」

「思い切り行け!」

「負けたらカサが二十五人長だぞソワク!」

 もちろん冗談であるが、そこにはカサが健闘するのではないかという期待が仄見える。

 勝つことはないだろうが、カサが粘れば面白いのだ。

 カサも腹を決めた。

 勝てはしないだろうが負けて死ぬ訳ではない、全力でやってみればいいのだ。

 戦士になってから今までの理不尽つづきに、カサにはいつの間にか妙な度胸が身についていた。

 やけっぱちではない、何もせずここにいるのではないという気概がそうさせたのだ。

 カサはためしにグイッと力を入れてみる。

――重くて固い!

 トナゴとは全く違う力感。

 足腰に安定感があり、まるで岩でも押しているようだ。

 さらに力を入れるがビクともしない。

――!!

「ムッ……!」

 歯を食いしばり、思い切り押してみるが、ソワクは崩れるどころか動きもしない。

「エイッ」

 ドタッ。

 簡単にひっくり返されてしまう。

「!」

 頭に血がのぼる。

 すぐさま起きあがり、跳びかかるカサ。

 だがやはり呆気なく倒される。まだまだ挑みかかるカサ。

「いいぞ! 下だ下だ! もっと下を持て!」

「回れ回れ! まっすぐ当たるな!」

「惜しいぞ! 今のだ!」

 口々に勝手な事を言う群集。

 カサはがむしゃらに何度も挑みかかるが、ソワクが投げをうつたびに面白いように転ばされてしまう。 もう何度目か判らないぐらいに倒された時、そこに居たガタウが言った。

「それでは、いかん」

 座ったままカサを睨んで言う。

「力の使い方を、思い出せ」

 カサは立ち上がる。今の言葉を反芻しながら、ソワクにまた組みつく。

――力の使い方……。

 カサは腰を落とし、無駄な力を抜く。

 ソワクの前を取り、今度は押すのではなく、持ち上げるように力を入れる。

――!

 誰も気づいていまい、だが組んでいるソワクには判る。

 カサの手ごたえが急に重くなった。

 大股だが膝下は地面と垂直、背筋が伸び顎を引いた姿勢。

 二人はガッチリ組みあったまま、動かなくなる。

「エイッ」

 ソワクが右手を吊り上げ、左に投げをうつ。

――おう!

 ところが、カサはこれに耐えた。

 一瞬身体が浮いたが、すぐに態勢を取りもどす。

 ソワクは力を緩めず、そもままつづけて左に投げをうつ。

 バタバタとたたらを踏み、カサはしのいだ。

「オオー!」

 歓声が上がる。

 ソワクの攻めを、カサが受けきったのだ。

――これは手強いぞ……。

 ソワクは内心舌を巻く。

 今のはかなり力を入れた。

 錬達の戦士ならともかく、生半可な戦士ならば軽く宙を舞うほど強く力を入れたはずだ。

 この小さな身体の中に、どこにこんな粘り強さがあるのか。

 ソワクは力任せな相撲をやめた。

 相手の腰紐を取り直し、今度は十分に引き付けて、思い切り投げる。

「あっ」

 声をあげたのはカサだ。

 ソワクの身体が押し付けられたかと思ったら、今までにないほど強い引きが来た。

――あぶない!

 何とか地面を蹴って立て直そうとするが、巧みな力の入れ方になす術もなく、二度爪先をついてカサは引き倒されてしまった。

「ハアッ……ハアッ……!」

 仰向けになり、荒い呼吸に胸が大きく上下する。

 そのカサを引き起こしたのは、ソワクだった。

「いい勝負だった」

 そういって、肩を抱く。

 カサはまだ息が荒い。

 返事を待たずに涼しい顔でソワクが引き下がる。

 屈託ばかりのトナゴとはちがう、堂々とした広く厚い背中。

 顔を寄せられた時、一瞬ブロナーと同じ匂いがした。

 カサは何となく恥ずかしくなって、頬を染めながらうつむく。

「皆、立て。狩りに出るぞ」

 ガタウが号令をかける。

 陽が傾き、狩りの刻限が迫っていた。

 戦士たちは残らず槍を取り、立ちあがる。

 カサも周囲にならう。

 そのカサに、トナゴが屈辱にまみれた粘っこい視線を送っている。

 ソワクもカサに視線を向けている。

――最後の投げは、完全な形で打てた。

 なのにあの少年は、倒されるまでに二度も足をついた。

――バスでさえ、あの投げに足をつくことはできなかった。

 それをあの少年はやって見せた。

 組んだ時の力の使い方は、あのガタウとよく似ていた。

――大戦士長は、冬の間じゅうあの少年に槍のつかい方をつめこんだと言うが……。

 たったひと冬。しかし今見せつけたカサの実力は、ソワクとて認めざるをえまい。

――あの少年は、いい戦士になる。

 追いあげられる立場ながら、ソワクはカサを認めるのにやぶさかではない。

 持って生まれた陽の性質もあるのだろう、ソワクは新たな競争相手の登場に小さな笑みを浮かべている。

――この俺と、どちらが優れた戦士になるだろう。

 嫌みのない不敵さがある。

 この乾いた男らしさがソワクの魅力である。

 人望の厚いところも含めて、ガタウの次の大戦士長は、ソワクしか居ないと言われていた。

 ソワクの周りにツェズン、乾燥したつむじ風が舞う。

 汗を乾かすその爽やかさこそ、彼のまとう雰囲気そのものであった。

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