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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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〈二十一〉ガタウの技量

「フッ」

 ドシンッ。

 カサの小気味良い打ち込みが響く。

 ガタウと二人きりの鍛錬を、数え切れない日時繰り返してきた。

 いまだ威力は不足しているもの、最近は小さな石輪を使っての打ち込みにも力がこもるようになっている。

「フッ」

 ドシンッ。

 槍先が正確に石輪の中心を射抜く。

 瑠璃色の内円が刃こぼれのように欠けているのは、わずかな失敗の名残だ。

 カサの打ち込みは、日増しに確実さを強めてゆく。

 それでもガタウはまだ満足しない。

「フッ」

 ドシンッ。

「あっ」

 カサの手に、石が砕ける感触があった。

 案の定石輪は割れている。

 内側が大きく欠け、かろうじて輪の体裁を残しているが、内輪が広がり、鍛錬にはもう使えない。

 あきらめて取り替える。

 ここ数日調子が良く、一つも石輪を壊していなかっただけに、カサは悔しさを隠せない。

「その突き方で、コブイェックを仕留められると思うか」

「え……」

 どう言う事だろう。

 ガタウの言葉を飲み込むのに時間が掛かったのは、侮る響きがなかったせいだ。

 それでは獣は倒せまい、と言う揶揄ではない。

 カサは答えられず、

「……わかりません。僕は、獣を仕留めた事がありません」

 ガタウに強がっても仕方がないし、腰の引けた事を言えば叱責されるであろう。

 だからカサはただ正直に答える。

「あの砂袋の向こうを突けと、何度も言った。その意味を考えた事は有るか」

「……」

 何も言い返せないのは、自分の中にはっきりとした答えを持っていないからだ。

――僕は僕なりに、がんばっているつもりだけど……。

 だがそれでは何かが足りない事を、カサも気がついている。

 気がついてはいるが、それが何かが解らない。

「お前はこれを、砂袋だと思って突いている」

 ガタウの言葉には、カサを責める色はない。

「それではいつまで経っても判るまい」

 痛烈だった。

 ガタウの言葉は、カサ自身気づかぬうちに心の中で当たり前のように感じていた間違いを、見事に言い当てて見せた。

 ガタウのいつも通りの口調が、カサを更に落ち込ませる。

 だが何故いまさら言うのだろうか。もっと早くに言ってくれれば、と思わずにはいられない。

 ガタウの真意は推し量れないが、

――たしかに、僕はこれを砂袋としてしか見ていなかった……。

 それでは、いつまで経っても役に立つまい。

 砂袋を突く様に、獣を突ける訳がないのだから。

 ずっとそうだった訳ではない。

 この訓練を始めた頃は、その先にいつも獣の影を見ていたはずだ。

 それがいつの間にか、ただ突くだけの対象になってしまっている。

 カサは恥じらい、視線を足元に落とした。

「戦士が槍を突くのは、狩りの為だ。何時たりともそれを忘れてはいかん」

 ガタウはカサから槍を取り上げ、かまえる。

「あの砂袋を、コブイェックだと思え」

 足場を正し、腰を下ろす。

「槍を突く時は常に、狩りの最中だと思え」

 槍先を低く下げ、射抜くように杭に結んだ砂袋を見る。

 にわかに膨れ上がった迫力に、カサは気圧される。

「突く時は、獲物の命を」

 ガタウの声に力がこもる。

「奪うと思え」

 ガタウが鋭く動く。突き込んだ動作すら、早すぎて見えない。


  ボッ!!!


 たった一撃、舞いあがる砂煙が、一歩離れていたカサをも覆う。

 槍先が炸裂した。

 いや、砂袋が炸裂したのだ。

 つめこまれた砂がまきちらされ、カサは咳き込む。

 やがて粉砂のもやが晴れ、カサはそこに信じられない物を見る。

「槍が……」

 ガタウが突き込んだ槍先は、革袋を貫通し、地面に立てた杭まで断ち割って突き刺さっていた。

 ビィン。

 低い音を立て痺れる槍身は、革紐をぶら下げた飾り石の中空を見事に通り抜け、振動が石輪を震わせながら槍尻へ追いやり、ポトリと地に落とす。

「今日はこれまでとする」

 カサが振り向いたときには、ガタウはもう背中を見せている。

――これが、砂漠で最強の一の槍!

 カサは驚愕に声もでない。

 心で、今の一撃を反芻する。

 隻腕の、砂漠で最高無比とうたわれた戦士の背中。

 完全に破壊された砂袋。

 そして杭をつらぬき、まだ音をたててしびれる自分の槍。


 狩りの時が、すぐそこまでせまっていた。

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