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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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〈十六〉成長

「まだヒルデウールが終わった訳ではない」

 翌日、流されてきた木切れを拾いながら、ガタウが言う。

 すでに雨雲は去り、空は一面深い青だ。

「え……」

 カサは絶句する。ではカサが耐えていたあれは何なのか。

「一つで終わらない冬もある」

 つまり、ガタウはこう言うのだ。

「もう一度、来るかもしれないってことですか?」

 ガタウが頷く。カサは途方にくれる。

 再び、あのヒルデウールを乗り越える自信はない。

「そんな……もう一度なんて、僕はだめです……」

 ガタウはカサをにらむ。

「一度耐えてしまえば、次からは何とかなる」

 そして足元の小枝を拾い上げ、

「何事も無理と言うな。言えば本当に出来無くなる」

 叱責される。どうやらカサの弱気がガタウの神経にさわったようだ。

「は、はい……」

 カサは小さくなって答える。



 幸い次のヒルデウールが夏営地を訪れる事はなかった。

 風は乾き、空は取りもどした蒼穹を手離さなかった。

 枯れ谷を河へと変えた流れも、翌日には砂の大地を取りもどす。愛しげな若芽は、いつしか太い茎を地に張り巡らし、強い生命力を支える根を大地深くにもぐりこませている。

 カサとガタウも、日常を取りもどしつつあった。

 固く打ち込んだ杭に縛りつけた砂袋を、来る日も来る日も打ち込みつづける日々だ。

 ドシンッ。

 祭りの大打鼓のように、幾拍子かおいて響く低い音は、カサが砂袋を突く音だ。

 それを、何も言わずにガタウが見守る。

 ただ傍らに立ち、カサを見ているだけ。

 最近では日がな何も注意せずにいるという事も多い。

 カサの打ち込む動作に完璧に満足している訳ではない。

 ガタウの眼から見れば、いまだ粗削りである。

 技を磨く作業というのは,膨大な繰り返しである。

 その中で、精神と肉体が勁く鍛えられ、運動神経が動きの無駄を削ぎ落とし、一つ技として結晶してゆく。

 まだ幼いが、戦士として着実に進化しつつあるカサに、ことさら雑念を吹き込む必要はない。

 ドシンッ。

 石の槍先が、目印となる石輪の中央を強くたたく。

――良い突きだ。伸びがある。

 腰のひねりも踏み込みも申し分ない。

 まだ全体的に筋力が足りないが、そちらは時間の問題であろう。カサはまだ十五歳(十二・三歳)にもならないのだから。

――後はこれと同じ事が、実際の狩りで出来れば良いのだが。

 コブイェックにひどい手傷を負わされたカサが、次に獣と対峙した時に、怯んでしまわないとは限らない。

 カサが懸命に獣に対する敵愾心を引き出そうとするのは、おのれの奥底に怯える心が見えてしまうからだろう。

 だからそれを否定しようと、必死になる。

――実際に獣を前にしてそれが出来るかどうかは、その時になって見なければ判らん。

 カサの厳しい未来を予見しながらも、ガタウは助言を与えない。

 カサならその壁を乗り越えるかどうかは、備わった資質によるのだ。

 獣に襲われ、新顔の戦士三人と錬達の戦士一人を失ったあの夜、獣に唯一の痛手を与えたのは他ならぬこのカサだ。

 それも今よりもさらに細い身体で。

 死の淵にありながら、カサの選んだ戦い方を後に検分しながら、ガタウは驚きを禁じえなかった。

――よくぞコブイェックの気迫に飲み込まれなかったものだ。

 実質獣との一騎打ちでありながら、犠牲が腕一本で済んだというのは、熟練の戦士でもできる事ではない。

 運が良いと言うだけでは足りない、絶望の中での決死の選択が、カサを救ったのだろう。

 そこにガタウは、可能性を見た。

 生と死の狭間で、生きるために足掻ける心こそ、戦士として最も必要な資質なのだ。

「フッ」

 ドシンッ。

 カサの肌にうっすらと浮いた粒の細かい汗がはじける。

 ガタウが、そのカサを鋭い眼差しで見つめつづける。

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