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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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〈八〉蛮勇の果て

 あの夜。

 ガタウが野営地を見まわると、戦士たちの中に何人か姿が見えない者がいる事に気がついた。

――肝練りか。

 すぐにそう読めたのは、いない面子が新顔の戦士ばかりあったからだ。

 狩り場の怖さを知らない若い戦士は、己を誇示するために知らず無茶をする。

 鼻の奥に焦げくさい剣呑を嗅ぐ。

 今回の狩りで、これまで犠牲者が出ていない。

 子供は獣の本当の怖さを知らないから、危険に気づかないうちにコブイェックの縄張り奥ふかくに足を踏み入れてしまう恐れがある。

 そして予感は当たった。

 ガタウが彼らの足あとを追うと、そこではもう殺戮が繰り広げられていた。

 四人の戦士を餌食にした獣が、次なる獲物に襲いかかろうとしていた。

 恐怖にすくんだ少年を、巨体があっという間に飲み込む。

 悲鳴。

 聞くものの神経を総毛立たせる、子供の悲鳴。

 それがマンテウに授けられたあの少年だと気がつく。

 死んではいない。ガタウが駆けつける。

 獣はカサに気を取られてこちらには気づいていない。

――ただ一撃で決めねばならぬ。

 二撃目はない。

 怖気の立つほど冷たい死の指先が、ガタウの頬を甘美に撫でる。

 だがガタウに焦りはない。

 この程度の死線、幾千と踏みこえている。

 獣の背後にまわり、右手に持った槍を低くとる。

 真っ黒な槍先が、背後からその心の腑を狙う。

 心臓を外してはいけない。

 身体を貫通してもいけない。

 子供の身体も貫いてしまう。

 その時、目の前のコブイェックに異変が起こった。

 子供を離し,のけぞって大きく身をよじったのだ。

 好機、足音を殺して獣に迫る。チラリと、獣の喉に刺さる槍が見えた。

 獣が立ち上がり、怒りに吼え、再び少年に襲いかかる。

 だがガタウの槍がそれを許さなかった。

 正確に心臓を貫いた槍先は、充分な手ごたえを残してコブイェックの息の根を止めた。

 倒れた獣を見て目を見張る。

 顎の下に、半ばから折れた槍が刺さっている。

 少年が、あの不自由な体勢から槍を突きこんだたのだ。

 少年に駆け寄り、助け起こす。

 息はあるが危険な状態だ。

 何より獣に噛み砕かれた右腕は、骨がめちゃくちゃに折れてあらぬ方にぶら下がっていた。

 だがガタウが驚いたのはその傷の深さではない。

 この小柄な手負いの少年が、生死の間際で獣にこれだけの反撃をせしめたその潜在能力だ。

 あの時、ガタウもまた、カサの中に優秀な戦士としての資質を見た。

 戦士をやめさせよと言う声もあったが、ガタウは承知しなかった。

 喧々囂々、様々な意見が出された。

 そのほとんどがカサに戦士への資質を疑問視するものだった。

 そして結論はマンテウ、部族で最も歳経た最高権力者にゆだねられたのだ。

――大戦士長ガタウの、申すとおりに……。

 古木の木肌のような、皺に埋もれた口から低い声がもれた。

 それで決まりだった。

 納得せぬ者は多かったが、大戦士長とマンテウが決めたのならそれ以上の反論は無駄である。

 そしてガタウは、この少年につきっきりで槍の手ほどきをする事となった。



「フッ」

 ドシンッ。

 小さな身体から繰り出される、強力な一撃。

 ガタウは目を開いた。最近、もの想う時間が多い。

――マンテウがこの少年を選んだのは、間違いでは無かった。

 カサが一体どれほどの戦士になるか、それはガタウにも判らない。

 カサの将来にについて、ガタウは何も期待していないのだが、それはそもそもガタウは何かに期待しない男というだけだ。

 ガタウに異を唱えた戦士の中には、カサが己と同じく腕を無くしたからだ言う者もいたが、それもいずれ黙るだろう。

「フッ」

 ドシンッ。

 飛びちる汗。

 カサが渾身の力で槍をしごきつづける。

 何かを振り払うように。

 ガタウはその様子を、もの言わず見つめている。

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