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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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〈六〉幼なじみ

 夜、カサが自分のウォギで身体を横たえていると、人目をはばかるようにヨッカが訪ねてきた。

「カサ……いるの? カサ……」

 ひそひそと声をかけてくる。身を起こすと、腰に痛みが走った。

「大丈夫? 食べものもってきた」

 戸幕をくぐり、遠慮がちに入ってくる。

「うん……ありがとう」

 細枝をへし折るような軋みに全身をこわばらせながら、ヨッカを迎える。

「大丈夫か? 寝てたのか?」

「ううん。大丈夫。寝てないよ」

 実際は、疲労が限界を超えて眠れないのだ。身体は鉛のように重いのに、眼だけが爛々と覚めている。

「食える?」

「うん」

 向かい合わせに座るヨッカの手から赤い実をとる。

 口に入れると、きつい酸味があった。

 赤花の干した実だ。

 咽喉をじんわりと通り抜けた爽やかな香りが、枯れ果てた身体に滋養をしみこませてくれる。

「うまいか?」

「うん」

 嬉しかった。

 しばらく前に干し肉を口にしたが、一口も食べられないまま吐き出してしまっていた。

 疲れ果てた胃に、獣の肉は重すぎたのだろう。

 空腹は感じるが、食欲がないという状態である。

 二つ三つと実を口にするカサを見て、ヨッカが嬉しそうに言う。

「まだいっぱいあるから、いっぱい食べろな」

「うん」

 だが、赤花の干した実といえば、邑ではぜいたく品である。

 そうそう食べられる物でもない。

「これ、どうしたの」

「母さんが、もっていけって」

「……母さんが……」

 セテが? カサのソワニが? なぜ?

「母さん泣いてたよ。カサが出てったあと。いっぱい泣いて、それで言ってた。カサには死んでほしくないんだって。今までセテの育てた子が、二人戦士になったんだけど、どっちもすぐに死んじゃったんだって。戦士には優しくしちゃだめなの、知ってた? 優しくすると、そのあとすぐに死ぬんだって。それでセテの子も死んじゃったんだって」

 カサは無言だ。

 どう受け止めてよいか判らない。

 そんな話を聞いてもカサの心の傷は癒えないし、セテに対する感謝の気持ちがわくでもない。

「あ、そうだ。これ」

 ヨッカが懐に入れていた物を取り出す。

 木製の玩具。

 二枚の板を蝶つがいで向かい合わせに組んだもので、浮き彫りされた合わせ目を開くと、閉じた面に一人ずつ人形が掘りこまれている。

 右が赤、左が青で塗られている。

 それ以外にもいくつかカサの私物だった物を出し、

「ないとこまるだろ?」

 そんな事はない。

 幼い頃はお気に入りの玩具だったが、成人の儀から今まで忘れていたぐらいだ。

 だから複雑な面持ちで、

「うん。ありがとう」

とだけ言っておく。

 そこでヨッカが黙ったので、ウォギの中で向かい合う二人の間に居心地の悪い沈黙が満ちた。

 ヨッカは理解していないが、それは戦士の居場所に子供が入り込んだ為の沈黙だ。

 それまで、カサだけの居場所なんてものはなかった。

 同じブランギに住み、同じ玩具を使い、一緒に遊ぶ二人には、遠慮なんてものがあろうはずはない。

 カサはまた悲しくなる。

 兄弟と言ってもいいヨッカとの間にまで距離を感じる。

 最後の絆さえ、己の手の平には残らないのかと。

「顔、痛いの?」

 ヨッカがカサを指して言う。

 包帯を取った顔には、獣の爪あとが平行に四本、長く残っている。

「ううん。大丈夫」

 この傷は残らないだろうと言われた。

 実際深い怪我ではなかったし、かさぶたも自然にはがれ始めている。

「う、腕は?」

 カサは気がついた。ヨッカはそちらが聞きたかったに違いない。

「……うん、時々ズキズキするけど」

 夜ごと疼く。

 それで眠れない夜も多い。

 だがカサはその事をヨッカに告げない。

 言っても仕方ないからだ。

 以前のカサなら、こんな些細な隠し事はしないだろう。

 無意識に、周囲と距離を取ろうとし始めている。

「そっか。よかった」

 ヨッカが歯を見せて笑う。

 そのよく輝くつぶらな瞳が好きだったことに、カサは初めて気づいた。

――いつだってヨッカは僕のそばにいたのに。

 カサは、自分という存在を遠くから見ることに慣れはじめている。

 それとともに、カサという少年が備えていた爛漫さは消えてゆき、やがて屈託ばかりが残ることだろう。

 それは大人になる、という事である。

 それから少し話をして、ヨッカは帰っていった。

 あとには孤独ばかりが残ったが、カサはそれが悲しいとは思わなかった。

 ヨッカが帰った後で、ホッとしている自分に気づき、カサは己に幻滅した。

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