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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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〈一〉邑

今回より、第二章の本編となります。



  戦いこそ儀式

  死が赤い血と共にある

  踊り戦いの唱を謡い

  白い槍先を突き上げ

  陽に赤く灼けた砂を踏み鳴らし

  獣の匂いのする風を震わす

  巨きし獣と戦って打ち倒し

  少年は血を知り戦士たる




 眼を覚ますと、バライー、家族用天幕の芯柱が見えた。

 布地越しの光で、日がずいぶん高い事を知る。

 包帯に覆われた目蓋がかゆい。眉間を掻こうとして気づいた。

――そうだ、右腕はもう無いんだ。

 手をついて身を起こす。が、片手ではつり合いが悪く、右に傾いて倒れ、包帯に巻かれた右肩を地面に打ちつけてしまう。

「………………!!!」

 息もできないほどの激痛。

 包帯の内側に血が滲んでゆくのがわかる。

 痛みにこらえながら、これからはただ立ちあがるだけでも、もっと気をつけなければならない、右腕が無い身体に慣れねばならないのだとカサは思い知った。

「どうした」

 バライー入り口で、戸幕を持ち上げたガタウが居た。訪れたところなのだろう、手に椀を持っている。

「起き上がろうとして……」

「転んだか」

 椀を置き、カサを起こす。体の向きを変え、芯柱に背をもたれさせてやる。

 ガタウの胸元の牙が、ジャラリと鳴る。

「これを飲め」

 そう言って持ってきた椀をつき出す。

 カサは口をつける。

 苦いが、この味にもずいぶんと慣れた。

 安静にしているあいだ、ずっと口にしてきた薬湯の味だ。

 怪我をした直後には、湯に溶かず薬草を練ったままのものを口の中に放り込まれていた。

「もう傷は心配ないだろう。身体はまだ重いか」

「少し。まだ外に出てはいけないんですか」

 先の黒い槍と、着替えと隅に壺がいくつかあるだけの殺風景な屋内、ガタウのバライーだ。

 邑に帰ってからも、カサはずっとここでガタウに看病されていた。

「少しなら、構わん」

 自分でもちかけておいて、許しが出た事に、カサは驚く。

 理由なく、許されぬものと諦めていたのだ。

 ガタウに支えられ、バライーを出る。

 久しぶりの陽の光は、強すぎて、眼が痛いぐらいだ。

「眩暈はせぬか」

 少し待つと、目が慣れてくる。

 たくさんの天幕が立ち並ぶ、いつもの邑の風景。

 少しさびしげに見えるのは、カサの心情のせいだろう。

「もう平気です。ずっと中にいたから」

「歩けるか」

「はい」

 一人で立つ。力が入らずめまいがのこるが、歩けないほどではない。

「行くか」 

「はい」

 カサは歩き出す。ガタウはふり向かずに言う。

「今晩もう一度ここに来い。陽が落ちて一刻後だ」

 ガタウの用件を、カサは察していた。

 自分は、戦士から外されるのだろう。

 当然だ。幼く、腰紐抜けで、しかも片腕の自分など、かの狩りの地では何の役にも立たないのだから。

 安堵するとともに、それは奇妙に寂しくもある。

「はい」

 カサはそれだけ答えた。



 カサの住んでいたあたりには、ブランギ、大家族用の天幕がいくつもある。

 カサが住むと言うよりは、成人しない子供たちの住むあたり、と言ったほうがいいだろうか。

 この部族にはソワニと呼ばれる者たちがいる。子育て階級とでも言おうか、主に女の職種で、育児のほかに邑の軽作業などもする。

 カサの前を、何人かの子供たちが駆け抜けていった。

 ソワニたちが働くこのあたりには、当たり前だが子供が多い。

 彼らはここで遊び、食事を摂り、寝起きし、成人してゆく。

「あ……」

 一人、前を見ずに走っていた子供が、カサの胸にぶつかってきた。

 カサより二つばかり年下の子だ。

 人口千人程度の集落では、子らは皆、顔見知りである。

「あ、ごめんなさい……」

 とつぶやいてから、後ずさった。

 息を呑んでいる。

 その眼は顔を巻く包帯と、根元から欠けた右腕に注がれている。

「カサだ……」

 誰かが言った。

 シン、と、空気が静まる。

 その場にいた子らは皆足を止め、声をなくしてカサを見ている。

 いや、子供だけではない、食事の準備をしていたソワニたちも、みな黙りこくり、複雑な眼差しでカサを見ている。

 得体の知れない居心地の悪さ。

 カサは慌てて左手で包帯された右腕を隠し、足早に彼らの中を突っ切った。

 子らはみなカサを穢れのように避け、そのくせ、カサが去ろうとするその後についてくる。

 息を切らせ、ブランギの一つの前に立つ。

 三歳で親元から離されて以後、カサがずっと寝起きしてきたブランギだ。

――お母さん……!

 ブランギには、天幕ごとに一人ソワニが居り、子らは自分のソワニを母と呼ぶ。

 カサのソワニは、セテと言う縦にも横にも大きな女だった。

 体つきが示す通り、豪儀で快活な、優しいソワニだった。

 戸幕を跳ね上げ、中に入る。

 皆が居た。

 血の繋がらない兄弟たちと、セテが、いや、母が。

「……カサ……!!」

 セテも、カサの腕を見て息を呑む。

 そして、兄弟で一番親しかった、一番の親友だった、ヨッカも。

「……ただいま」

 家族たちの視線に悲しくなりながらも、声をしぼりだす。

 だが、帰ってきたのは、思いもかけない冷たい言葉だった。

「何をしに来たんだい」

 セテだ。カサが見たこともないような冷たい眼をしている。

「お前の家は、ここじゃないだろう」

 殴られたような衝撃が、カサを襲う。

――なぜ……?

 あんなに優しかったセテが、なぜこんなにもよそよそしいんだろう。

 カサは訳が判らなかった。セテは、カサの母なのに。カサは、セテの息子なのに。

「あんたは成人したんだよ。ここにはもう、あんたの居場所なんか、無いんだ」

「母さん!」

 叫んだのは、ヨッカだ。

 カサは飛び出した。戸幕を跳ね飛ばし、集まった見物人を押したおし、人だかりを割って駆け抜けた。

「カサ……!」

 後ろから追いかけてくるヨッカの声も振り切り、カサは駆けた。

 片腕を欠き、釣り合いが取れていないため、その走り方は無様であった。

 残されたブランギの中で、セテのすすり泣く声が聞こえた。

 その悲しい声は、カサには届かない。

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