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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第二章 戦士
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幕間

この一節は、非常に読みづらい文章で描かれております。

本編とは直接関係ない内容となっておりますので、面倒であれば飛ばすことをおすすめします。

 友人が私の元を尋ねて来たのは、広葉樹色づく頃で或った。丁度其の頃、図書館で改築が進んでおり、私は自宅での作業が増えて居た。改築前は蔵書の運び出し等、年甲斐ない身体労働に明け暮れていたが、実際改築が始まると最早何もする事が無い。

 無いで済ませる訳には行かぬので、溜まっていた何時やっても良い様な仕事を之幸いとこなしてしまう事にした。とは云え手持ち無沙汰な時間が増えてしまったのは事実で、根が怠け者なので有ろう、狭い我が家の書斎で日がな本を読んで過ごす事も多々有った。

 そんな折の訪問で有ったので,私としても大歓迎で或った。

「この本は何か」

 足の踏み場も無い廊下を見て云う。

「ああ。書庫に収まり切らなくて、急遽預かる事と相成ったのだ」

(あぶ)れ者が溢れ物を引取ったと云う事か。面白い」

「酷い言い草だ」

 性質の悪い冗談を、二人で笑い合う。遠慮が無いのは友人だからだと思いたいが、彼女は相手が誰であれ始終、()の調子で或る。学者気質と云うのは如何(いかん)ともし(がた)き物と、古来相場が決まっている物だ。

「土産だ」

 包装紙に包まれた程好い大きさの箱を押し付けて来る。油性インクの薫りがきつい。

「有難う」

 茶を淹れて持って行くと、友人は手前で持って来た土産の包みを勝手に開け、二人分の紅茶にウヰスキーの琥珀を少し注ぎ込む。

「ふむ。良き茶葉だ」

「海外からの取り寄せだ。貿易商の友達が居てね」

 好物なので或る。淹れ方にも拘りが有る。貧乏な放蕩者の、ささやかなる贅沢で在る。

「知って居るか。茶と言う物は雨が豊富に降る所で無ければ美味く出来無いのだそうだ」

「ほう」

 ならば、()の砂漠の民はこの茶の味を知らずに生きて居たのであろうか。興味に任せ、遠回しに質問をぶつけて見る。

「ふむ、どうで或ろうな。然し茶と云う物は存外良く広まっている物なのだぞ。大陸中原よりやや北方に住むと云う遊牧民族達は、動物の乳から分離した脂に混ぜて飲むと云う」

 其処で思い出した様に、彼女が付け加える。

「以前君が云っていたあの砂漠の民族、憶えて居るか」

「唄の」

「そう唄の。彼等も茶を嗜んでいたと云う記録が有るのだぞ」

「ほう」

 正中の答えを知って、我知らず感嘆が漏れた。

「とは言え我々の様な飲み方はするまい。茶とは古来飲み薬や保存用の食料として用いられて来た物だ。成分のみ抽出などせず、矢張り茶葉ごと食していたのでは或るまいか」

 そんな彼女の薀蓄に任せ、私の中の想像力は勝手な彼等の姿を膨らませて行く。今私達が口にするこの紅茶が、千年の時を越え、私と彼らを繋げる働きをする様だ。

 と、私を呼ぶ声に我に帰る。

「うん。何か」

 友人が不機嫌そうに言う。

「人の話は聞く物だ」

「済まない」

 私は恥じて詫びるが、

「気分を害した。何か食う物を持って来い」

 口調が乱暴になっている。こう言う彼女には逆らわぬが良い。

「甘い物で良いか」

「甘い物は駄目だ。塩辛い物の方が良い」

 飲む気なのだ。最初から其の積もりで或ったのだろう、昔からアルコホールには滅法強い女で或る。

「少し時間が掛かっても良いか」

「成る丈急げ」

 まるで女王気取りで或る。腰を上げ、慣れぬ厨房に立ち、幾つかの物を切ったり焼いたりして持って行く。両手が塞がっているので、横着して膝で書斎の戸を開けると、当の友人はカップを片手に私の机に腰を乗せ、何かを熱心に読んで居る。

「おい」

 慌てて非難の声を上げるが既に遅い。

「面白いな」

 笑って云う。見透かした様に、度の弱い眼鏡の奥の、切れ長の眼を此方に向けて来る。其の眼に揶揄(からかい)の光を見付けて、私は内心苦り切った。

「未だ途中なんだ」

 だから読むな、と言う意味で或る。だが彼女は気にせず原稿用紙を捲る。

「君にこんな才能が有るとは」

 自分の書く物語が奇妙で稚拙、そして陳腐なのは存分に判って居る積もりで或る。だから読まれたく無いのだ。我知らず赤くなる頬を打ち消す様に私は言った。

「手慰みだよ」

 強がって居るが、嘘で或る。私はこの自分の物語に、強く感情移入して居る。私は彼女から書きかけの用紙を取り上げた。矢張り、と云うべきか、其の手のカップに入っていたのは紅茶では無く、彼女が持参したウヰスキーで或った。

 その日はかなり遅くまで飲み、且つ語り合った。其の主な主題は、私の書きかけの物語で或った。酔いと夜が深まるにつれ、私の舌は軽く成り、又彼女も其の様で或った。

 其の中で一つ、心に残って居る会話が在る。

「現在進行形で書かれて居るのが面白い。まるで君は、彼等の隣に居る様だ」

 彼女の其の分析が、私がこの物語を書く距離感を的確に捉えて居たので、内心腑に落ちた。確かにこの物語を書く時、私の精神は千年の時を越え、彼らに寄り添って居る様に感じる時が或る。

 ()くして、友人は私の書く此の物語の、最初の、そしてたった一人の読み手と成った。

次回より第二章の本編となります。

本日正午に投稿いたします。

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