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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈五十二〉旅立ち

最終章の最終話です。

カサたちに、別れの日が来ました。

 杭。

 砂袋。

 石の輪。

 カサが槍を、ゆっくりとかまえる。

 一呼吸。

 そして芯の通った小さい動作で、槍を突きこむ。



 その日が来た。

 まだ夏営地に残っていた多くの者が、同じく冬営地移動の大荷物で、カサたちを見送りに来てくれた。

 ヨッカ、トカレ、ソワク、セテ、そして戦士たち。

 ラシェの弟カリムも、セテに抱かれてカサとラシェを見送っている。

 目にはいっぱいに涙をためているが、頬を膨らませて、泣くのをこらえている。

「じゃあカリム。良い子にしていてね。お母さんの言う事、よく聞くのよ」

 カリムが拗ねたような顔でうなずく。

 カリムが成人するまでは、ベネスでセテに預かってもらうと決まっていた。

 これからカサたちが打ちたてようという未来は、楽なものではない。

 子供どころかカサですら、最初の一年を生き延びられるかどうか、判らないのである。

 そんな所にカリムは連れてゆけない、そう言ってしばらく預かる事を強引に了承させたのは、カサのソワニ(子育て階級)のセテであった。

 やがて成人したカリムを、ラシェとカサ、二人で迎えに来るという約束で。

「お母さん……」

「うん」

 ラシェとセテが抱き合う。

 どうしてそのようになったのか、これも良く判らないのだが、ラシェもセテの事をお母さんと呼ぶようになっている。

 聞いても照れて答えてくれないので、ラシェがその気になるまで、気長に待つ事にしている。。

「じゃあお母さん、お願いします」

 カサが頭を下げると、

「任せておきな、こう見えても私は、あんたを育てたソワニだよ」

 なんだか恥ずかしくなって、カサはうつむく。

 その手を、ラシェがそっと取る。

「本当は、俺も行ければ良かったんだけど」

 躊躇いがちなのは、ヨッカである。

 カサとしても、ヨッカが来てくれればそれは心強いが、ここに残した仕事があるのだというから仕方がない。

「実はさ、」

 ヨッカが恥ずかしそうに告白する。

「トカレに、子供ができたんだ」

「あれまあ!」

 セテが声を上げ、皆が驚いて二人を見る。

 トカレは照れくさそうに、だがほんの少し誇らしげに笑う。

「何て言うか、ヨッカ……」

 カサは感極まった顔で、色々考えたあげく、

「とにかく、おめでとう! 君はすごい!」

 ありきたりと自分でも呆れながら、心からの言葉で友人を祝う。

 ヨッカはカサの手首を取り、二人は固く握手し、

「また、子供の顔を見に来てよ、いや、子育てが落ちつけばこっちから行くかもしれない」

 カサの邑に、来てくれるというのである。そうなれば、それは素晴らしい事だろう。

「待ってる」

 カサとヨッカは笑い合う。兄弟のような二人の、しばしの別れである。

 次に出てきたのは、ソワクである。

「まったく、お前にはいつも驚かされてばかりだ」

 こんな時でも湿っぽくならないのは、さすがソワクである。

 彼にも大きな借りができている。

 戦士階級で備蓄していた資材や食糧の多くを、カサたちの邑のために、譲ってくれたのである。

「ソワク、いつも有難う。僕はソワクの事、ずっと忘れないよ」

「当たり前だ!」

 ソワクが大きく笑う。

 この笑いが、時にとても心強く感じられた事を思い出す。

 思い返せばひ弱なカサに、戦士階級で最初に打ち解けてくれたのもソワクである。

 エルがゼラとの別れを惜しみ、それからこちらに戻ってくる。

 どちらも目元にも泣きはらした痕がある。

 二人はとても仲の良い姉妹だったから、別れはとても寂しいものなのだ。

 その他の者たちも、親しき者たちとの別れを終え、次々とカサの下に集まってくる。

 総勢にして百と五名。

 男がいて、女がいて、中には歳経た者もいる。

 子供だけはいないが、それもやがて増えてゆくであろう。

 皆、カサを見、出発の号令を待つ。


 ザ!


 ソワクが、大きく槍を掲げ、同じく見送りに訪れた戦士たちがそれに倣う。

「では戦士カサ!」

 ソワクが、とっておきの別れの言葉で、カサを送りだす。

「また狩りの空で会おう!」

 カサは笑顔を返し、

「大戦士ソワク! また、狩りの空で!」

 そして希望に胸を膨らませた、カサを信頼してくれた者たちに向かい、空の遥か果てまで届くような大きな声で、カサが号令を発する。



 「出発!」










 蒼穹。

 カサたちの行ってしまった邑はずれで、ヨッカが不思議な物を見つける。

 杭と、砂をつめた革袋と、獣の牙を使った槍先のない槍。

 立てた杭に、革袋を結びつけたであろうそこに、深く槍が刺さっている。

 全体どのように刺したのか、革袋は弾け、杭は粉々に裂けている。

 槍身には小さな石の輪が通っている。

 唐杉がようやく通るほどの、小さな石の輪。

 カサだ。

 ヨッカは、そう確信する。






 こんな唄がある。

 “砂漠の唄”という名の唄だ。

 彼らの営みを包み込むように、高くから俯瞰した唄。

 その唄を、この物語の最後に記しておこう。



  さあ 見て御覧なさい

  砂漠を 低く這う風が

  今 砂を巻き上げる


  この砂は 風に乗り

  何処かの大地に 横たわる

  誰かの骸に 堆く積もる


  そして その上に

  私たちの天幕は 立っているのですよ

  私たちは 立っているのですよ



 これだけ栄えた、砂漠の支配者であった彼らだが、ある刻を境にその足取りはプツリと途絶えている。

 彼らに何が起きたのか、そして彼らがどこに消えたのか、それを知る者は、今では一人も残っていない。

 ただ、この目蓋を刺すほど青い空だけが、そのすべてを見ていた。

 砂漠に消えた伝説。

 彼らが受けたものと同じ風が、今も砂漠に吹いている。

以上で本編は終了です。

幕引きとなる『終幕』は、本日、深夜24時投稿予定です。

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