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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈四十六〉脱出

 夕刻。

 カサはついに狩り場を抜ける。

 ここまでくれば安心だ。

 獣が狩り場を出る事はない。

「やった……!」

 カサは歓喜する。

 状態はひどいものである。

 返り血を浴びたトジュはあちこち破け、体中生傷だらけで、持っているのは半分に折れてしまった槍の成れの果て。

 それでもカサの表情は晴々としている。

 カサはついに、試練を成し遂げたのである。

 狩り場の外で、埋めていた荷物を掘り出して、カサは何日かぶりの食事にありつく。

 弱りきった胃に干し肉は重かったが、それでも咬みつづける事で、何とか腹に収めた。

 しばらく考えた末、ガタウの分の荷物は置いてゆく事にする。

 持って帰るのは手間だし、何よりも、ガタウのために何も残さないというのは、あまりに薄情だ。

 その日はそのままここで過ごす事にし、久方ぶりに獣の脅威のない安らかな夜を迎え、カサは眠りを満喫する。


  ガタウの夢を見た。

  ガタウが遠くから槍を振りあげ、

  何か叫んでいる。

  何かを知らせようとしているようだが

  それが何なのか、

  カサには解らない。


 まどろみから覚めると、もう憶えていない。

 カサは何か忘れ物をしたような気持ちになりながらも、荷物をまとめて帰路につく。

 遠ざかる狩り場を、カサは一度だけふり返り、感慨深げに見つめる。

――この地でこれまで、多くの戦士が死んでいったのだ……。

 ヤムナ、ブロナー、カイツ、そして、ガタウ。

 言い伝えのように、彼らの魂は今もこの狩りの地で、自分たちを見守ってくれているのであろうか。

――ガタウ……。

 皆に崇められ、一人戦い死んでいった寂しい戦士。

 それはカサにとって、かつてない大きな別れであった。

 今、カサは一人でここにいる。

 それが何と奇妙に思える事か。

 今までは何も感じなかったその土地が、まるで意識を持っている生き物のように思える。

 寂しげな顔をこちらに向け、カサを呼んでいるような気さえする。

 巨石が並び、地平が煙り、上に岩というにはあまりに巨大な、隠しきれぬ真実の恐ろしさを見せつけてきた場所。

 カサは長い事そうして、人を寄せ付けぬ、だけど多くの生命が生きるその地を見つめ、気が済むと


 ザ。


踵を返して歩き出す。

 もうふり向かない。

 感傷など後から幾らでも噛みしめればよい。

 今はただ、一刻も早くラシェに会いたかった。

 途中、水袋の中身が心もとなかったので、行きにガタウと寄った昔の邑跡へ向かう。

 太陽や星を読み、方角を測る。

 途中、何度か首筋がチリチリと焦げるような感覚があったが、長い緊張がまだ残っているのだと気にせず歩みを進める。

 このわずかな遠回りですら、カサにとっては一月以上の長い道のりに感じられる。

――ラシェ……。

 心はもう、夢想を始めている。

 自分が帰れば、ラシェはどんな顔をするだろうか。

 もちろん喜んでくれるであろう。

 邑に着いたら家族用の天幕をもらい、一緒に住もう。

 カリムも成人するまで、三人一緒に住めばいい。

 荷物を背負い、折れた槍を杖にカサは歩く。

 空には、群れて飛ぶ渡り鳥。

 カサはそれを見上げ、時々一人で嬉しそうに笑う。

 顔は安堵に緩みきっている。

 希望に満ちた足取りは軽く、その眼は幸福に溢れる未来しか見ていない。


 そのすぐ背後。

 迫りくる怒れる餓えた牙に、カサはまだ気づいていない。

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