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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈四十三〉べネスの集い

 エラゴステスがべネスの邑に留まっているのは、例の噂を耳にしたからだ。

――最近また、戦士が真実の地に赴いたらしい。

 それは、毎年のように砂漠の何処かでささやかれる類の噂ではあった。

 ただ今度の違いは、赴いたのが砂漠で名をはせるあのガタウという戦士の長と、それにつづけと頭角を現し始めた、いつだかの若い戦士だというではないか。

 真実の地より帰ったという人間を、エラゴステスはガタウのほかに知らない。

 少なくとも現在、真実の地に行った人間で、まだ生きていたのはガタウだけだった。

 試練。

 それはどんな人生にもあろう。

 エラゴステスもまた、試練をくぐり抜けた男である。

 ある種砂漠の試練よりも過酷かもしれず、そして避ける事を許されぬ成人の儀式。

 エラゴステスは、もろい岩盤をくりぬいた穴倉式の住居に住む民族の出自である。

 二千人にも満たぬ集落、故郷は大陸に名をはせる商人の部族が暮らす地。

 その部族では、成人した男はわが身一つで邑を出、商売にいそしまねばならない。

 それは掟であり、そうやって邑は辺境にありながらこれまで栄えてきた。

 エラゴステスの邑に生まれた男は、野垂れ死するか錦を飾って帰るか、二つに一つの道しかない。

――この世界では、勝ち残った者だけが、生きる事を許されるのだ。

 それが邑を出て成功したエラゴステスが、骨身にしみて手に入れた真実である。

 強き者が弱き者の肉を喰らう、それは世界を構築する重要な法則の一つである。

 稀にではあるが、ときに弱き者が知恵と勇気をもって強き者を倒すのもまた、真実の姿だ。

 それらは奇跡とされ、唄や物語となって世界に広まる。

 そういったものが、弱き者が生きるために必要な慰めであると、エラゴステスは看破している。

 エラゴステスもまた、弱き者たちに属する。

 短躯で醜い顔。

 女など買った事しかないエラゴステスだが、商売は常に誠実、他人を利用するが裏切った事はないというのが、この抜け目なき男の誇りでもあった。

――信用なき商売に手を染めし者は、最後に全てを失う。

 これは、故郷に残る格言であり、そしてエラゴステス自信の銘であり思想でもあった。

 人の輪を重んじぬ者は、めぐった因果によって手ひどい仕打ちを受け取る。

 商売とは最後は信頼関係なのだという事を、肝に銘じねばならない。

――俺は弱き者ゆえに、奇跡をこの眼で見たいのだ。

 腕を喰われても、ひたむきに槍を鍛えたというあの戦士たちの勝利こそが、その象徴になる。

 さて、予定には無かったこのベネスの邑への逗留だが、溜飲を下げる出来事もあった。

 やり手だが気にいらなかったこの邑の長が、その信用を大きく落としていた。

 押さえつけようと画策して、戦士たちから手ひどいしっぺ返しを受けたという。

 信用を得る事のできなかった者の末路という、まことにこの男らしい見方をエラゴステスはしている。

 その場その場の利益を追い求める者は、結局大きな金をつかむ事はできない。

――当たり前である。ばくち打ちでなければ、誰が好き好んで危険を背負い込むものか。

 信頼を積み重ね、今やエラゴステスはこの砂漠を舞台とする商人の中でも、かなり大きい商隊を率いる一人となった。


「真実の地に向かった戦士は、戦士階級の属していた男たちと揉めた為に、試練を受ける事となったという話を知っているか、エラゴステス」

 同じく滞在している別の商隊の者と話していたティグルが、エラゴステスの天幕に戻ってきた。

「はぐれ者たちが、女を拐かしたとか、そんなうわさだったかな」

 エラゴステスに言わせれば、ここでもまた人の輪を軽んじた者たちが、手酷く自業の報いを受けたというだけだ。

「あの片腕の戦士にひどく叩きのめされ、そのほとんどが不具にされ、べネスを追われたそうだ」

 かつて長き暇乞いをしたティグルだったが、亡き者たちの鎮魂を終えるとまたエラゴステスの元に戻ってきた。

――すっきりした顔をしおって。この男も心に留めた苦しみがあったのだな。

 エラゴステスはあの若き戦士の顔を思い出す。

「少年のような顔をしてあの戦士、やはり相当な手練であったか」

 この邑に滞在する商売人は、エラゴステスだけではなかった。

 新たな伝説、それも英雄譚の誕生に心躍らぬ者はいまい。

 ベネスの邑に、砂漠中から十を超える商売人が集まってきている。

 歴史を目撃し、あわよくば他の邑での商売に生かそうという魂胆ももちろんある。

 彼らは皆、新たな伝説を継ぐ戦士の帰還を待ち望んでいる。

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