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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈四十一〉斑の追跡者

 カサは満身創痍である。

――なんて奴だ……!

 背後を見る。

 闇と砂を含んだ風にさえぎられて見えないが、"斑"の気配がもうそこまで来ている。そしてその気配は、幾日にもわたってカサを追い回しているのだ。

 恐ろしい敵であった。

 ガタウが相打ちに持ち込んだあの獣よりもさらに大きく、機敏にして老獪。いかにカサが命がけの槍を突けどその全てを楽々としのぎ、熾烈極まりない攻撃を仕掛けてくる。それも思いもかけない方向から。

 カサは、じわじわ追い詰められていた。

 疲れを知らぬ追跡者に、身も心も消耗しきっている。

「うっ……!」

 吐く。先ほど無理に詰め込んだ干し肉だ。

 噛んだままの状態で、ほとんど消化できていない。

――吐いちゃいけない……。

 ガタウがそう言っていた。

 だからカサはガタウに従う。

 ガタウは間違えない。ガタウは嘘を言わない。生前見せたガタウの強さのみが、今のカサを支えている。そこにしがみつかねば、疲弊した心は今すぐにでも折れてしまう。

「グ……ッ」

 吐いた物を、地に口をつけ、カサは砂ごとすすりこむ。無理やり飲み下し、追っ手を確かめる。

 背後を見たのが、いけなかった。

 ブン!

 風を切る音。

 転がってかわす。カサの上体があった所に奴の前肢がふり抜かれる。間一髪である。カサはうろたえる事なく冷静に槍をくり出す。足運びに砂煙が舞い、槍先と爪が交錯し、火花が散る。

 獣が吼え、カサも吼える。



 気がつくと、倒れていた。

 逃げながら力尽き、気を失っていたようだ。

 体を起こす。

 手元には槍、背負った荷物は、いつの間にかすべて失っている。

 胴巻きはまだ残っているが、獣の爪に大きく裂かれ、中に収納していた肉が、いくつか零れ落ちている。

――これがなければ、自分は死んでいただろう。

 ガタウの周到さにカサは深く感謝する。胴巻きは食料を収容するだけではなく、獣の爪にさらされたカサの身代わりにもなってくれた。

 手ごたえは、有った。

 槍先についた血はまだ新しい。

 痛烈な一撃を奴に叩き込んだ。

 あの程度で死ぬとは思えないが、後肢の片方を破壊したので追跡は困難になるはずだ。

 不思議な事に、奴に追い回されるようになって、他の獣に出くわさなくなった。

 獣たちも気づいているのであろう、カサがこの地の王の標的になった事を。

 獲物を横取りすれば、それはその獣にとって死を意味するのだ。

 カサは立ち上がる。

 ここで距離を稼ぎ、傷や体力を回復しなければ、カサの命など今日すら乗りきれない。

 心もとなくなった干し肉を口に放り込み、槍一つを手に、カサは歩く。

 後方に、腹をすかせた斑の気配に怯えながら。



 カサが深手を負った。

 失った右腕をまたやられた。

 骨が小さく露出し、出血している。

 裂けたショオで縛って止血し、最後の肉を食って胴巻きを棄てる。

 カサに残るはたった一本の槍。

 だが今やカサには、その槍を振るう力すら残っていない。

 後肢をつぶしたと油断して、前方への注意がおろそかになっていた。

――まさか、あの状態でこっちに気取られず追いこし、待ち伏せするとは……。

 必死に抗戦したが、獣を止めるに足りうるほど有効な打撃を加える事はできなかった。

 それどころか、大きな傷を負わされてしまう始末。

 力量の差は、歴然としている。

 カサでは勝てない。

 そして、逃げ切れない。

 今やカサは、自分がどこに向かっているのかも、分からなくなっている。

 何と莫迦莫迦しい事か。

 逃げようにもこんなに煙った空では太陽すら見えず、方角もおぼつかない。砂漠の真実どころか、邑への道程も判らない。今のカサは、ただあの強大な獣の姿におびえ、逃げ惑っているだけの小動物だ。

――死んでなるものか……。

 カサは歯噛みする。

 その意識に閃くのは、ラシェの姿。

 花の香りをまとう、涼しげな瞳の優しい少女。

――死んでなるものか……!

 カサは歯軋りする。その脳裏に浮かぶのは、道半ばに斃れた、ガタウの姿。

 ガリッ。

 歯を食いしばりすぎて、奥歯が欠ける。

 カサは歩く。ひたすらに歩く。


  ビュウウゥッ……!


 やがて風が砂煙をさらい、前方の視界が大きく開ける。

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