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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第一章 少年
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〈十五〉殺戮

今回、一部非常に文圧を上げた箇所があります。

かなり力を入れた部分でもありますが、大変残酷な描写をしております。

気分が悪いと感じたのなら、読み飛ばすことをおすすめします。

――この間際で臆すとは腰紐抜けめ……!!!

 ブロナーはかまわずに槍を突き込むが、動揺は槍身に伝わってしまっている。

 槍先がわずかにそれ、動く的に追いつけず、腰骨にはじかれわき腹の皮一枚を削ぐ。

「……ぐっ!」

 槍を引かんとするが遅し、前肢をついたコブイェックはあっという間にブロナーに迫り、その鋭利な爪で顔を薙ぐ。

 バチュ!

 ぬれた音が響き、ブロナーが棒立ちで倒れる。頭部を走る太い血管が切断され、いくつもの血流が噴き出す。

「……ヒィッ……!」

 誰かの悲鳴。ギリギリで保たれていた興奮が、一瞬で恐慌に変質する。

「ゴアアアアアアアアアアアア!」

 餓狂いが吼えた。

 それだけで戦士たちはただの烏合の衆に、円陣包囲は散在するただの獲物の集まりに変ずる。

 横たわるブロナーに三度振りかぶった爪を叩きつけて止めを刺し、それから右手に居たウォナに飛びかかる。

「ウワアアアア゛ッ!」

 悲鳴むなしく前肢の一撃で脛骨が折れ、薙がれた首が捻じ曲がる。

 そして餓狂いがラヴォフを見た。

 釘づけになるラヴォフ。

 威嚇に上げたままの槍先を下ろしてもおらず、まったくの無防備であった。

――ラヴォフが殺される……!

 誰もがそう思ったその時、掛け声が上がった。

「ヤアアアアアア!」

 ヤムナだ。

 槍を低く持ち、猛然と突進する。

「エイ!!」

 掛け声とともに腰に構えた槍を突き出した。

 体重の乗った、力強くしなやかな身体から繰り出される一撃。

 狙いは膝。脳裏にえがくのは、大戦士長ガタウの強烈きわまりない一の槍。

 その威力を疑うものはいなかった。

 ズカッ!

 骨を打つ乾いた音。

――……そんな!

 ヤムナの渾身の一撃、餓狂いの右膝のやや横側から入った全身全霊の力を込めた槍先は、人の頭ほどある大腿骨骨頭部にはばまれ、小指の先ほども刺さっていなかった。

 それどころか、ヤムナの両手は反動に暴れる槍身を押さえきれず、勢いに負け手放してしまっていた。

「ヤ……ム……!」

 ヤムナの名前を、カサは最後まで呼ぶことが出来なかった。

 徒手のままつんのめるヤムナに、

 身体をめぐらせた餓狂いがのしかかり、

 右前肢を、

 振り払うように叩きつける。

 ヤムナの頭から血煙が舞う。

 ブロナーと同じように、棒立ちで後ろに倒れる。

 意識がある者の動きではない。

 そしてその咽喉笛に、餓狂いがゆっくりと喰らいつき、大きな牙を食い込ませる。

 メキ。

「カハッ」

 ズタズタに切り裂かれた血まみれのヤムナの顔、その目に一瞬意識の光が戻る。

 喘ぐようにその口をパクパクと動かす。

 信じられない、そんな顔をしている。

 コブイェックの凶悪な牙のまわりで噴出した血がプクプクと泡をつくる。

 ガリン。

 頸骨の砕けるおぞましい音に、全身が総毛立つ。

 ゴボリと大きな血の塊を吐いて、ヤムナが絶命する。

 手足が痙攣し、やがて収まり、餓狂いは満足したように、ヤムナから牙を離す。

 ヌルリ、獣の口の中で長い舌が旨そうに血を舐めとる。

 更なる獲物を追いもとめ、巨体には似つかわしくない小さな目で彼らを一瞥する。

 彼らの心が恐怖に塗りつぶされてゆく。

「ウアア! ウワアアア!」

 一人が逃げ出した。

 ソナジという背の高い男だ。

 狩りの術すべて放り出して逃げる。

 コブイェックは、獣は、背を見せたものを追う。

 四歩で追いついた餓狂いがソナジの背に鋭い爪をあびせる。

 ショオが裂け、背中の皮膚が爪の数だけパックリと割れた。

 悲鳴もあげられずうつ伏せに倒れたソナジにのしかかり、ヤムナの時と同じように、今度はうなじに食らいつく。

 コキリ。

 またもや頸の骨が折れる音。

 あまりにあっさりと、戦士たちが死んでゆく音。

 カサにはまるで、その音が自分の頭の中で鳴ったように思えた。

 そして、コブイェックの目が、ゆっくりと、カサを向く。

 血に飢えた、餓狂いの目。

 カサは硬直する。指一本、動かす事すらかなわない。

 絶望。

 カサが対峙したのは、そういう名前の獣であったかもしれない。

 そして血に粘ついた絶望の口が開く。

「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 吼え声はその音圧だけで子供のカサを消し飛ばさんばかりだ。

 三歩よろめき、槍を構えなおすカサ。

 震える手つきで相手の眉間に向けた槍は、コブイェックにとってそこらの木の枝と変わらない。

 カン!

 前肢で槍を払いのけ巨大な牙をむいてカサに襲いかかる餓狂い、頭から降ってくる大きな牙、それをさえぎって両手でつかんだ槍身を餓狂いの口元につきだしたカサ、奥歯に食いこんだ堅い唐杉の槍身を物ともせずかみ砕く餓狂い、左右真っ二つに折れる槍、カサが何かを叫ぶ、誰も指一本動かせないのは誰も次の獲物になりたくないから、押し倒されたカサの右の二の腕に餓狂いが喰らいつく、絶叫、餓狂いが首だけで軽々とカサを持ち上げ天高くふりまわす、右腕二の腕の皮膚が裂け脂肪を割り筋肉が千切れる感触、絶叫、地面に叩きつけられる、一度、二度、気絶、そして覚醒、さらに叩きつけられる、今度は岩、背中に受ける衝撃にカサの悲鳴が圧し潰される、頭上の月がうるさい位に眩しい、やや傾斜を帯びた不自然に広く平たい岩肌がまるで祭壇のよう、餓狂いがいつもそこで気に入った獲物を解体する習性があることを勿論誰も知らない、右上腕骨が根元から砕ける感触、絶叫、カサと餓狂いの目が合う、狩る者と狩られる者、苦痛と恐怖と恐怖と苦痛でカサ自身カサ自身の声すら聞こえていない、誰も指一本動かせないのは誰も次の獲物になりたくないから、力なく垂れる右腕の震える指先から血がとめどなくこぼれ落ちている、血を失いすぎて視界が黒くかすみ、血の赤と獣と闇の黒に塗り潰されてゆく、カサは絶叫していて餓狂いが右腕をかみ砕いていて右腕からは力が抜けていて震える指先からは血がとめどなくこぼれ落ちていて不自然に広い岩肌は餓狂いが気に入った獲物を解体するところで勿論そんなことは誰も知らなくて誰も指一本動かさないのは誰も次の獲物になりたくないから、だから、


  だから、

  カサが左手に折れた槍を

  手離さずに持っていたのは

  奇跡といえた。


 恐怖と混乱に弾けそうな頭の中で、カサは、その手の槍とその意味を思い出した。

――……!!!

 声にならない本能が脳内で吼える。カサは左手の中で槍を短く持ちかえ、右腕を食らいつづけるコブイェックの下あごの更に内側に突きたてた。力ない槍先は、剛毛におおわれた強靭な皮膚の表面にすら達しない。邪魔臭そうにコブイェックの前肢がカサの顔面を押さえこむ。その爪が顔の右半分を引き裂く。ヌルリと頬にへばり付いたのは、爪に絡んだ誰かの皮膚。

――……!!!

 折れて短くなった槍尻を、自由な左の膝で蹴りこんだ。

 ビュル!

 顎下の肉が薄い箇所に、槍先が深くすべり込んだ。

 たまらずのけぞる餓狂い。

 カサの腕に食い込んだ牙が、血の粘りを引いて離れる。

「ゴアッ!! ……ゴッ…ゴゥッ……!!」

 狂ったように首を振り、突然の痛みから逃れようとするが、槍は深々と口内に喰いこみ、不器用な大きな前肢では容易に抜けない。

 顎の裏側から骨の隙間を突いた槍は、舌を貫いて口蓋を破り、先端が浅く脳に達していた。

 餓狂いはしばらく苦しげにのたうち回っていたが、自らを苛む痛みから逃れられぬと知ると、燃えるような怒りの目をカサに向けてくる。

 金色の双眸、夜行性肉食獣のたて長の瞳孔がキュルリと細く引きしぼられる。

 口元から垂れる唾液にさっきよりも濃い血の色が混じっている。

 刺さったままの槍をつたって、その赤い液体が糸をひいて落ちてゆく。

 カサはその眼をにらみ返す。

 恐怖も苦痛も、今は無い。

 ただ朦朧とした意識の中で、最後まで戦いをつづけよと戦士の本能が叫ぶ。

 祭壇の上のカサに、餓狂いがにじり寄る。

 力なく横たわるカサ。

 交わされた視線がからみついて離れない。

 餓狂いの激しい怒りがカサに向けられている。

 カサを殺す気だ。

 カサの皮膚を引き裂き、肉を破り、骨を砕き、内臓を引きずり出し、四肢をもぎ取って、カサがカサであった身体の一片に至るまで破壊しつくす気だ。

 だがカサは牙で噛み砕かれた怪我からの失血がひどく、身体の力はすでに失せ、そしてその手にもう武器は無い。

「は――……は――……」

 頭の中で聞こえる呼吸は、カサ自身のものだ。

「ブフッ……ブフッ……!」

 餓狂いが近づいてくる。

 一歩、そしてもう一歩。前肢を上げのしかかろうとしたその時。

 ボッ!

 餓狂いの胸で何かが破裂した。血飛沫がカサの顔に降りかかる。

 体内から胸の毛並みをかき分け、カサの鼻先に見えたのは、獣の毛並みより黒い、闇を吸いこんだような……。

――……槍先……。

 心臓をつらぬかれ、のけぞって痙攣する餓狂い。

 前肢を大きく広げ、天を仰ぎ立ちすくむ。

 顎下から垂れさがるカサの槍が、痙攣にあわせて揺れる。

 ゴボリ、血を吐く餓狂い。槍尻から血のかたまりが落ち、岩肌と地面に赤が散る。

 キュルリッ!

 槍先がねじられ、胸に吸い込まれて背中側に抜ける。

 餓狂いが膝をつき、地響きと砂煙を立て後ろに倒れた。

 その向こうに、槍を低くかまえた背の低い隻腕の男の姿。

「……大戦士長……」

一部描写により、ご気分を害された方がおられましたら申し訳ありません。

ですが残酷さの必要な物語なので、改稿にあたって割愛することは致しませんでした。

その点、ご了承ください。

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