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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈三十二〉死線への順序

 到着して早速ガタウは荷をほどき、

「必要な物以外を全て埋めて、明日一番に狩り場の最奥に入る」

 その眼光は、緊張のためいつもに増して鋭い。

「そこは、この狩り場のように生易しい場所ではないぞ」

 狩り場を生易しいと思った事などない。

 それよりもさらに剣呑な、真実の地とは。

 カサが生唾を飲む。

 それから覚悟を決め、頷いた。

「はい」

 狩り場の奥。

 そこに砂漠の真実がある。

 何としてもそこにたどり着き、カサはラシェとの未来をつかみ取らねばならない。

 どこかから来たマリーシャが砂を運び、カサの視界を奪う。

「ウ……」

 風が通り過ぎた後、はるか先に聳え立つ巨大な岩石の山。

 それがまるで背を丸めた獣の姿に見えて、体の芯がゾクゾクと震える。



 ラシェが砂漠の遥か遠方、夕陽に向かってひざまずき、額に手を組んでいる。

 あの祭り以来ラシェは陽が沈む一刻の間、必ずここでカサが旅立った方角に祈るようになった。

 祭りで得たあの予知。

 心が震えるような啓示。

 カサと、カサが率いる人々。

――カサは、皆にとって特別な人間なのだ。

 そのラシェを、少し離れてエルが見つめている。

――どうしてあれだけ、一途に想えるのだろう。

 真実の地からのカサの生還に、エルはあきらめの気持ち芽生え始めている。

――信じれば、つらい目に遭うかもしれないのに。

 知り合って一月程度なのに、エルとラシェはまるで親友のようだ。

 ゆっくりと、太陽が地平線に消えてゆく。

 残光の西空にラシェは祈りつづけている。



 陽が沈んだ。

 カサは火をおこし、ガタウと簡単な食事を採る。

 普通の食事ができるのは、これで最後だ。

 明日からはショオの下に着込んだ胴巻きに詰めた、肉片と塩の塊で腹を満たさねばならない。

 ならば今晩と明日の朝くらいは、たらふく詰め込んでおこうと、ガタウとカサは普段よりも多めの食事を用意する。

 その時である、ガタウが思いがけない提案をしたのは。

「その革袋は、酒か」

 カサが提げている革袋の、一つを指す。

 出立間際にヨッカから手渡された物だ。

「は、はい。カラギの友達が、くれたんです」

 正直に言うと、扱いに困っていた。

 ガタウの前で飲む訳にもゆかず、かといって捨てる事などできない。

「それは持ってゆけぬぞ」

「ええ……」

――仕方ない、埋めていこう。

 カサがそう諦めた時である。

「仕方ない。飲んでしまおう」

 ガタウが言った。

「え!」

 驚くのも無理なかろう、カサの知るかぎりガタウは、いかなる時も酒を飲まかった。

「だ、大戦士長も、お酒を飲むんですか?」

 ガタウがにらむ。

「……戦士、ガ、ガタウも、お酒を飲むのですか?」

 訊きなおすと、

「飲む」

端的に言う。

 呆けているカサの手から革袋を引ったくり、ガタウは歯で栓を抜いて思いきりあおる。

「あ……!」

 ガタウの喉が何度も動き、ヨッカの造った酒を、一気に嚥下してゆく。

「ふむ。よく熟れている」

 満足げに味わう。

 唖然とするカサに革袋を押しつけ、

「飲め」

 強いる。

 呆気に取られたまま、カサは革袋に口をつける。

「良く味わっておけ。明日は死ぬかもしれん」

 酒が喉に引っかかり、むせそうになる。

 何とか甘い塊を飲み下し、顔をしかめてガタウを見ると、その目に悪戯っぽい光が宿っているのに気づく。

――案外、悪趣味な冗談が好きなのかな……?

「酒も久しぶりだな」

「なぜ今まで、飲まなかったのですか?」

「飲みすぎた戦士が、翌日に殺される。そういう場面を何度も見てきた。俺が大戦士長になって、戦士が一夜に飲む酒の量を決めた」

 なるほど、カサは納得する。

 自戒を好むガタウらしい。

「あいつも、酒が好きだったな」

 誰を思い出しているのだろう、しんみりとガタウが漏らす。

 そのうち頭に酒精が回ってくると、酒の場の勢いに助けを借りて、カサは気になっていた事を訊いてみる。

「大戦士長は、なぜ真実の地を目指すのですか?」

 なぜカサに伴って来たのか、何か理由がある筈だった。

 ガタウは酒を一口含み、

「邑には戻ったが、俺はあの地に大切な何か置いてきてしまった。だからお前が行かずとも、俺はまた真実の地に赴くつもりだった」

 常になく長い言葉を連ねる。ガタウもまた、酔い始めている。

――大戦士長の失ったもの、それはいったい何なのだろう。

「本来なら、ソワクに大戦士長の座を譲れるだけの力がつけば、すぐに来るつもりだった」

 ガタウは、いつになく饒舌である。

「だがお前を鍛えるうちに、優秀な素質を見出し、俺はしばしの時をお前を戦士に育てることに使う事にした。お前に俺の持つ全てを叩き込むためには、今日この日まで待たねばならなかったが」

 ガタウは、己がすべてを奪ったこの地に、再び挑む日をずっと待っていた。

 ガタウが試練に挑んだのは、カサと同じ二十歳。

 その日から幾星霜、三十年以上もの間、この男はこの日を待ちつづけていた。

 その執念、カサごときが知るに余りある。

「……ガタウ」

 カサは、考えのめぐらぬ頭でもう一つ訊ねる。

「何だ」

 それはカサの心を縛りつづける、結び目の解けぬ革紐のように固く封じた過去。

 この記憶を、ガタウの目から見たかった。

「僕と同じ年に成人したヤムナを、憶えていますか?」

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